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ヤフオクで売り出された2chまとめブログはそれからどうなったのか
ネット上では、サイトの運営企業が突然変わることというのはよくあります。それはそのサイトが何らかの事情(そのサイトの売却や、元の運営会社の撤退や倒産)で譲渡されるケースが多いからですが、最近では個人が運営しているサイトでも譲渡されることがあります。昔から、過去の運営者が何らかの都合で運営できなくなったために次の管理できる人に渡すといったことはファンサイトなどでよく見られましたが、最近では金銭的に譲渡されることもよくあります(あとはもとの運営者が起業するってことも)。
で、その中にはオークションを使ったりして、個人で売りに出すケースもあります。そして、それで話題になったブログがありました。今日はそれについて。
最初に2chまとめブログを売りに出した『After』
まず、2008年9月に、とある2chまとめサイトがヤフオクで出品されます。
■livedoor ニュース – 【トレビアン】2chまとめブログがヤフオクに出品?
このサイトは『After』というもので、総アクセス数3,374,117、総記事数333、総コメント数15,898だったということ。ともあれ一番最初にヤフオクに出品された2chまとめブログだったために、話題となりました。
■超人気ブログが『Yahoo!オークション』に出品された! – ロケットニュース24(β)
ヤフオクの当時のページは消えておりましたが、結果としては83000円で落札されたということ。
■After|JKさやの2chまとめブログ
■参考:2chまとめブログが83000円で落札される。5万円くらいまで競ってたんだけど俺 | インターネット広告屋の社長日記
ちなみにその落札者が女性だったのも、話題となりました。
■2chまとめブログの買収で話題の『Afterの管理人・現役JKさや』に会ってきた。 – これはえがいblog
なんと53万円で売れたブログ
そしてもうひとつ、今年の5月にオークションに出されて話題になった2ちゃんまとめブログがありました。それは『アルカン速報』という2chまとめブログ。
■アルカン速報、売却のお知らせ。 – アルカン速報
■| ^^ |秒刊SUNDAY | 人気コピペブログ『アルカン速報』が売却するようです。
これを見ると、だいたい1日4万~7万程度のアクセスがあったようです。
で、これもヤフオクに出されましたが、その結果がこちら。
■2chコピペブログ 「アルカン速報」 – Yahoo!オークション
その落札価格は535,000 円という超高値。でもこの手のオークションではイタズラ入札が多いので、そうだと思っていました。
ところが後日、そこに新しいサイトが開設されました。
それについてのブログ主の経緯。
■よろしくお願い致しますsan*****と申します – アルカン速報
この文面を信じる限り、本当に53万で落札したようです。世の中には金持ちがいるんだなあと思ったりします(まあ自作自演という可能性もないとは言えませんが)。
あと、正式名称は今でも『アルカン速報』なのに、看板が「53万速報」となっているあたりがポイントのようなそうじゃないような。
ちなみに両者ともFC2ブログであり、FC2の規約としては「FC2の事前の許可を得ることなく第三者に譲渡及び販売・貸与してはならない」とあったみたいですが、その点は許可が下りたということです。
二つのブログの価格差
ちなみに、何でこの価格差がついたかというのは、以下のサイトで分析がありました。
■2chまとめブログオークション、アルカン速報53万とAfter8万円の違い | インターネット広告屋の社長日記
まあ、知名度の差はありますが、オークションの妙という点もあるようで。
そして両者とも、今でもきちんと更新されています。
私のブログは売れるかな?
ちなみにこのブログなど私が運営してるブログ、なんかの間違いでウシジマくんに追われることにでもならない限り売るつもりはないにしても、いくらぐらいで売れるでしょうかと考えてみたことがありますが、正直あまり高値では売れないという結論に達しました。というのは、文章が中心コンテンツであるため、その運営者によって大きく特色が変わってしまうために、その譲渡されても保たれるサイトとしての価値はそんなにないと思うので。まあ私よりすごい書き手はいくらでもいるでしょうが、そういう人がいるならいちいちサイト買収する必要もないでしょうし。ついでに言えばあまり特定商品と直結していないので。あえて言えばゲームミュージックなブログ=ゲーム、ゲームCDってとこかな。
これらのことはテキスト中心のものが多い個人サイト全般に言えるでしょう(逆に言えば、そう言った譲渡をするためには、管理人の個性を消さなければいけないのかも)。
まあその金銭にならない特色が個人サイトの管理人それぞれの自負であり、更新の原動力であると思ったりします。
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『ぽんぽこたぬきのおまんじゅう』はそれからどうなったのか
- 2009-07-08 (水)
- ニュースのそれから

今日の話題はおそらく20歳以降、且つ関東ローカルなネタだとあらかじめお断りしておきます。
東京銘菓とコマーシャル
東京銘菓は何か、というと浅草の雷おこしの他には何があるか、東京出身の自分にもよくわかりませんが、『銘菓ひよこ』と、がひとつあると思います。これはCMなど広告が多いことから知名度が高いというのもあるでしょう。
ついでにCMで有名な東京の菓子としては、王貞治氏が現役の時から出てた亀屋万年堂のナボナもありますね(ちなみに今の社長は元巨人の国松彰氏)。
まあ、これもCMが有名な東京のお菓子屋だけど、これは東京以外にもあるかな(関西ではそんな知名度高くないようですが)。
さて、実は20年前くらいにはもうひとつ、東京銘菓としてCMがわりと打たれていたものがあります。それがロバ製菓の『ぽんぽこだぬきのおまんじゅう』、正式名称は『ぽんぽこ』というもの。
CMのインパクトがあった銘菓『ぽんぽこ』
15年前くらいまでは、東京ローカルではこのCMがしょっちゅう流れていました。
そして、子供心にこのCMは非常にインパクトに残っていました。というのは見ての通り音楽が軽快で、且つかわいらしいたぬきがアニメーションするので子供心にウケがよかったことがあります。あとこのCMこれ単体で見るとわかりませんが、実は当時(1980年代~90年代)にしても明らかに古いCM映像だったのですよね。つまり(おそらく)長年ずっとこの同じCMで放映されていたのです。それこそ『ペヤングソースやきそば』の柔道Ver.くらい。後期には劣化画線が入っているような記憶もあります。周りはバブル的なCMが多い中でこれが流れると、インパクトがありました。
投資が影響で倒産したロバ製菓
では、この銘菓『ぽんぽこ』は今売っているのか、というの売っていません。何故なら製造元のロバ製菓が潰れてしまったからです。
倒産したのはどうやら15年ほど前のバブル崩壊時。どうも創業者一族が相場や不動産などに手を出して、それがバブル崩壊の煽りで失敗したという、当時の会社にわりとあった話。ちなみに菓子はちゃんと売れていて儲かっていたようですが、それを食いつぶしたようで。私のおぼろげな記憶なのですが、たしか当時のニュースでもこれが特集されて、頑張っていた従業員に給料が出ないまま解雇となったことがとりあげられていました。
当時の専務が作った『ぽんぽこおやじ』
しかし実は現在後継と言えるものはあるとのこと。それはロバ製菓で専務をしていた人が、現在も所沢で『ぽんぽこおやじ』なるものを製造しているそうです。羽田や成田、東京駅やパーキングエリアで売っているとのこと。
■もう一度食べたい:ぽんぽこたぬき 名を変えて復活 製造元倒産、元専務が同じ形で – 毎日jp(毎日新聞)
■ぽんぽこおやじ – 東京名菓 たぬきのお饅頭 「東京ぽんぽこ本舗」
ちなみにこのソースによると、『ぽんぽこだぬきのおまんじゅう』が出来たのは昭和38年ということなので、その当時のCMが平静の時代まで流れていたという感じですかね。それはたしかにインパクトあるなあ。あと、あの歌は80年代に放映された新オバケのQ太郎のオバQの声だった天地総子さんが歌っていたとのことです。
しかし、500人も従業員がいて、しかも本業は儲かっていたのに投資で潰すとは。おそらく日本には似たような例がたくさんあり、人知れず消えた商品もまだまだあるのでしょうね。
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酒田短期大学はそれからどうなったのか
- 2009-06-21 (日)
- ニュースのそれから

大学淘汰
最近とても忙しくて、更新がどのブログも滞りがちになっています。すみません。まあなんとか最近は隙間にネットを見るだけの余裕くらいは出来ていたので、ニュース見たりブクマとかしているのですが。
で、その中のひとつにこんなものが。
■asahi.com(朝日新聞社):兵庫の聖トマス大学が学生募集停止へ、閉校の可能性も – 関西住まいニュース
■NIKKEI NET(日経ネット):社会ニュース-内外の事件・事故や社会問題から話題のニュースまで
ここ最近になって、大学の募集停止が相次いでいます。しかし似た様な動きは数年前から存在しました。特に短大においては数年前から関連大学、またその他大学への合併(事実上名前が無くなるところ多数)、それに募集停止が相次いで起こっていました。
■大学・短大増える募集停止 - 朝日新聞(2003.3.13)より
■*募集停止・破産アーカイブ: 大学職員.net -Blog/News-
■参考:Category:日本の大学 (廃止) – Wikipedia
■参考:Category:日本の短期大学 (廃止) – Wikipedia
ただ、15年前位をピークとしてそれから日本の受験年齢人口がどんどん下がるので、大学や短大が淘汰されるということはその当時から言われていました。それが現実のものとなっただけでしょう。まあ景気の悪化がそれを加速している面はあると思われますが。
さて、この短大の閉鎖の中で、ひときわ注目を浴びたものが数年前に起こりました。その短大の名前は「酒田短期大学」。
酒田短期大学
酒田短期大学は、山形県の酒田市にあった短期大学です。1966年に東北短期大学として開学。しかし当時から経済科入学定員150人に対し入学生59名と定員割れを起こしていたようです。その後、1968年に酒田経済短期大学に改称。その後1973年に酒田短期大学に改称となります。その後経営法人が変わったり、女子短大になって元の様に共学に戻ったりといろいろ迷走していたようです。
留学生問題
そして2001年、この酒田短期大学のことが全国的なニュースになります。それは留学生問題。
この大学では、この数年前から入学者が激減し、一学年の定員が100人にもかかわらず、全校あわせて81人の学生しかいなかったとということ。そこで考え出したのが中国人留学生の入学。春と秋の2回、中国で選考を行い、 その前の秋に140人、その春に226人の中国人を入学させたとのこと。その結果、当時は2学年で352人が在籍していたそうですが、うち339人が中国からの留学生だったようです。
そして、10月から中国人265人が入学する予定でしたが、ここで仙台入国管理局から待ったがかかり、在留資格が認めらなくなります。つまり入学が不可能になったということ。その理由として先代入国管理局は「既に1学年の定員(100人)を超過しており、これから入学しても十分な就学活動ができるとは認められない」と定員の大幅超過を理由としています。
しかし定員だけではなく、もっと問題となっていたことがありました。それは事実上ここが日本の学生ビザでの日本への労働目的の入国の足掛かりになってしまったことです。留学した生徒の多くは授業に出席せず、労働による賃金獲得を行っていたようです。地元で大学の用意した中華料理店で働く場合もあったようですが、多くは首都圏に赴き、ひどい場合は風俗産業で働いていたということもあったようです(ちなみに「首都圏の4年生大学編入のため」という理由付けがなされ、それをサポートするというか理由付けのためか、都内に授業を放映するサテライトスタジオを儲けていたとのこと)。
入国管理局での差し止めも、それが影響していると思われます。
■メールマガジン 大学情報 No.0031 2001.11.1
■☆学生352人中339人が中国人!酒田短期大学
また、経営陣が、留学生に対して支出される数千万円に上る補助金を不正に得ていたという問題も報道されました(ソースが見あたらなかったので、それが事実かどうか確認出来ないのですが)。
経営難
そして、この問題もあり、且つ留学生の入学も非常に困難になったことから、同短大が経営難に陥ります。
一時期は、「みずほ学園短期大学」と校名を変更し、来年度の学生を募集していたらしいですが、当然集まるはずはなく、さらに経営のめどが立たなくなります。
その結果2002年10月、全教職員解雇の上、休校になってしまいました(ここで教員との未払い問題についても問題になっていた様な記憶があります)。
倒産、そして解散命令へ
そして2003年1月、酒田労働基準監督署により倒産認定となります。その後校地や校舎の大半が差し押さえられ、再開のめどがさらに立たなくなります。
そして2003年3月、最後の卒業生6人が卒業。この時にはすでに中国に帰国した留学生や、山形短大に編入した学生もいたとのこと。
事実上、大学の機能はこの日で終了します。
初の解散命令
その後、文部科学省による調査が行われた結果、私立学校経営に必要な財産がないことや、法人運営に必要な評議員会が置かれていないことなどの法令違反が解消されないなど再建の目処が立たないと判断され、大学設置・学校法人審議会に方針を諮り、了承を得た結果、解散命令をだすことが決定します。
そして2004年7月14日、文部科学省より学校法人瑞穂学園に対し、私立学校法違反により解散命令が出されました。これは国所轄の学校法人へは初の解散命令となりました。
■全国国公私立大学の事件情報: 酒田短大に解散命令へ 大学法人で初めて 文科省
その後の酒田短期大学(跡地)
さて、閉校した後どうなったのか、というのをネットで調べてみたら、それを掲載されている方がおられました。
利用はされず、そのまま廃墟のようになっているということみたいです。
大学・短大は変わってゆくのか
ただ、最初のニュースでもあったように、ここまでアレではなくても、閉鎖してしまう大学というのはこれから増えてゆくのでしょう。なるべくこのような廃墟になったりしないことを祈りますが。
社会の様々な様態も変わりつつある現在、このような変化に伴って、社会人入学の拡大などで必ずしも大学は20代前後の人が大半を占めるところではなくなったりなど、大学の存在意義も変わっていくところがあるのかもしれません。
——————–
◆他参考
■酒田短期大学 – Wikipedia
■国土コピペ省 Ministry of Land, Copy and Paste: 酒田短大に解散命令 文科省方針 国所轄法人では初
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PCメーカーのソーテックはそれからどうなったのか
- 2009-05-17 (日)
- ニュースのそれから

今、パソコンを売っていてそれなりにシェアを取っているメーカーというのはわりと限られていますが、2000年前というのはまだPC普及期であったため、今とは違うメーカーがいくつも存在していました。例えば外資系の「コンパック」や「ゲートウェイ」、そして国内では「ソーテック」。
1984年設立のPCメーカー「ソーテック」
PC歴が5年以上の人は、「ソーテック」の名前をご存じの方も多いと思われます。というのは5年前くらいまではわりと低価格帯のブランドとしてはかなり有名な存在だったのですよね。
この会社は1977年、大邊創一氏がマイコンショップ工人舎を設立したのが前身で、その技術部門が分かれて1984年4月にソーテックが設立されます。で、当初は主にOEMでPCの製造をしていたみたいです。
そして1997年、PC分野では当時韓国でサムスンやLGに続いて大きなメーカーであり、ソーテックの生産依託先でもあった三宝コンピュータの傘下に入ります。そしてここから「PC STATION」など、独自ブランドの国内販売を強化していました。
ちなみにソーテックは韓国メーカーだという話が有名になった後も何度か聞かれましたが、これは上の様に一時期韓国メーカーの資本下にあったためと思われます。
iMacの類似品「e-one」
さて、この2000年あたりの主流は圧倒的にWindowsとなっていて、一般層にはAppleのマッキントッシュの選択肢はほとんどないくらいでしたが、ここでAppleからあるものが発売されました。それは「iMac」。
それまでにないスタイリッシュなデザイン、手ごろな価格など数々の特徴が人気となり、一般層からも多くの購入者を生み出し一躍ヒット商品となります。
すると、WindowsパソコンでもiMacに似たデザインの商品が次々に出されることになります。そしてソーテックもその「e-one 433」という、ブルーのスケルトンボディを採用したiMacに似たWindowsマシンを販売することになりました。まあはっきり言ってしまえば、ほとんどWinパソコンのiMac。これは当時のWin系パソコン雑誌などにもよく掲載されていたりしたのもあって、話題になりました。ただ、一番の話題は「これ、訴えられるんじゃね?」っていう方向ででしたが。
そして予想通りアップルはソーテックをはじめとしたこれらの類似品を出したメーカーに対し、アップルが提訴して、1999年9月20日に東京地方裁判所により製造・販売を禁止する仮処分が下されました。
■東京地裁、e-oneに対し製造および販売禁止の仮処分決定 ※e-oneとiMacの画像有り
この騒動で業績が低下したため、キョウデンと資本・業務提携し、三宝の出資比率を下げたとのことです。
ソーテックの知名度上昇
しかし、この騒動はプラスに働いた面もあります。それはこれで低価格帯PCを売る「ソーテック」というブランドの知名度が上がったこと。2000年前後はパソコンの発展期でPCの販売戦争が始まっていましたが、当時のパソコンの平均価格はほとんどが大メーカーから出ているもので、20万以上というのが多かったのです。しかしそこでソーテックは低価格路線を打ち出し、10万円台やそれ以下のデスクトップパソコンを展開し、安価でPCを購入したいけど、自作まではできない人達の間で注目が集まります。
そして2000年には、ナスダックジャパン(現ヘラクレス)にも上場します。
ちなみに下のは、当時の雑誌に載っていた広告。

サポートの悪評
しかし、ソーテックについては低価格の評判に反して、あまりよくない評判もありました。それは壊れやすい、そしてサポートセンターになかなかつながらない等。ローコストのしわ寄せが品質管理とサポートに来てしまったということがよく噂されました。
実際、当時私が勤めていた会社でもテスト用の新PCをソーテックので入れたのですが、1日で動かなくなってそのまま送り返した経験があります。まあ初期不良はどのメーカーでもあるので一概にソーテックだけ飛び出て悪いとは言えませんが、サポートのつながり辛さは本当だったと思います.。
以下Wikipediaより。
品質管理の甘さ(これは後年ソーテック自身が認める事になる)により多くのクレームを引き起こし、ネット上(特に2ch)で『総鉄屑』と呼ばれる大騒動となった。サポートの電話も混雑して繋がらず、ソーテックも「電話1台しかないんか」と題する自虐的広告を出す程だった。
創業者社長退任&工人舎設立
そして、2000年代中盤になると、DELLなど海外メーカーも低価格路線をスタートして、ソーテックのアドバンテージがなくなってきます。といってもこの時代はパソコン需要がだいたい満たされたせいで、どのメーカーも売り上げを落としていたのですが。
そんな中の2004年、キョウデンが持ち株をロスチャイルド・三井物産合弁のアクティブ・インベストメント・パートナーズに売却し、創業者の大邊社長が退任します。
この時、大邊社長は工人舎という会社を設立し、そちらに移りました。これは前身の会社と同じ名前です。
ソーテック、オンキヨーの傘下→解散
その後もソーテックは低迷を続けます。打撃の決め手となったのは、韓国に設立した関連会社ソーテック・コンピューター・コリアの社長が業務商は委任を行ったことが引き金となり、業績が悪化して解散を決定したことでしょう。
結果2007年7月2日にはオンキヨーによる公開買い付けおよび第三者割り当ての引き受けにより、オンキヨーの子会社となることが決定しました。
そして2007年7月15日、オンキヨーに吸収合併されることで上場廃止。解散となります。
ソーテックブランドは残る
現在ですが、PCブランドとしてのソーテックは現在でもオンキヨーのものとして存続しています。
■パソコン(PC)・ノートパソコンなどの購入・通販サイト|ソーテック
また、工人舎は現在人気のネットブック市場でその名前をよく見かけます。
■製品情報 | KOHJINSHA ※トップページを全面フラッシュなので、製品ページ。
PCメーカーの栄枯盛衰
あと、最初にソーテックに出資していた三宝コンピュータも、昔は韓国3位と言われていましたが、2005年には倒産してしまいました。
■レノボ、韓国第3のメーカー「三宝コンピュータ」買収へ動く?:コラム – CNET Japan
あと、最初に挙げたコンパックはヒューレット・パッカードと合併(事実上の吸収)し、ゲートウェイもミニノートで有名なエイサーの子会社です。それと一番衝撃的だったのはIBMですね。PCブランドをレノボに譲渡するなんて、10年前では全く考えられませんでしたから。
あとそれらPCを売るパソコンショップもいろいろ変化し、ソフマップはビックカメラグループに、九十九電機は倒産してヤマダ電機傘下になりました。
PC関連企業ってのは浮沈が激しいのだなと実感させられます。
今は、ミニノートでそれなりに新しいメーカーが目立っていますが、数年後には様相は全く変わっているでしょうね。
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叶姉妹のアニメDVDはそれからどうなったのか
- 2009-05-13 (水)
- ニュースのそれから

叶姉妹のアニメ
ほんのちょっと前のことですが、こんなニュースがありました。
■ねとらぼ:このままでは1枚3万円 叶姉妹アニメDVD、予約受け付け延長 – ITmedia News
これは、芸能人である叶姉妹のアニメ化するという企画から。一見変わった企画ですが、Puffyなどアニメ化されているものはすでにあるので珍しいとまでは言えません。そういえばだいぶ前にはt.A.T.u.のアニメなんてものも計画されていたようですね。中止にはなったようですが。
■参考:PUFFY、米国でアニメ化!全米メジャー・デビュー作も発売に – CDJournal.com ニュース
■参考:t.A.T.u.はあれからどうなったのか – Timesteps
さて、この叶姉妹のアニメDVDですが、販売方法は特殊な方法がとられていました。それは「ギャザリング販売」という方式で、インターネットで予約者を募り、購入者が集まれば集まるほど価格が安くなるというものでした。最初は1枚3万ですが、1,500枚以上からどんどん安くなり、90,001 枚以上では2,625円になるという宣伝がなされました。
しかし、上のニュースの様に売れ行きは伸びず、予約終了間際になっても200枚前後しか集まらずに、それがニュースサイトなどにとりあげられました。
結局1枚3万円
で、予約延長も終わり、最終的にどうなったかというのは以下の通り。
■叶姉妹のアニメDVD予約受付が終了、価格は1枚3万円に
■【パーティやフィギュア特典も!】叶姉妹アニメーションDVDセット【ネットプライス】
販売数は265枚で、価格は最高額の1枚31,500円だったとのこと。
そして先着500名への特典されていた叶姉妹との “ABUNAIプライベートパーティー”への参加、大型フィギュアのプレゼントなど、は購入者全員がこれら全ての特典を受けられることになったとのこと。
ちなみにこういう場合、メンツのためにギリギリまで(499枚とかまで)水増しするのはよくあることなのに、それをしなかっただけでも立派だと思います。
プライベートショー開催
で、ネットで検索してたら、そのプライベートパーティに行ってきた方のレポートがありました。
■スリット備忘録 : ABUNAIプライベートパーティー – livedoor Blog(ブログ)
どうやら読ませてもらった限り、ファンならわりと充実したイベントのように思えます。3万でアニメDVDのみを買ったとしたら損した様に思えるかもしれませんが、アニメDVDつきのプライベートショーのチケットを買ったとすれば、ファンならそこまで損をした気にはならないような感じもします。
何故売れなかったのか
では、何でこのアニメは売れなかったのか、というかそもそもなんで叶姉妹のアニメを出そうと思ったのか。あくまで予想ですがおそらく、ターゲットのミスではないかと。芸能人のアニメ化自体は成功する要素はあります。実際Puffyのアニメはアメリカでわりとヒットしたとの話ですし。
■参考:PUFFY : 米で大ブレイク中のPUFFYのアニメがついに日本で放送開始! / BARKS ニュース
ただ、叶姉妹だと明らかにファン層がアニメの視聴層と重ならなかったのではないかと。おそらく実写の方ならもっと売れたのではと思えます(まあそのぶん制作コストもかかるでしょうが)。ただ、ある意味でこのアニメ、見たい気はします。
ちなみにテレビアニメのDVDでも、このような方式にしたらどうかなあとか思ったりしたのですが、1000枚を切るものが多数出ている昨今、よほどのものじゃないと最高額コースでしょうね。
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1990年代の有害コミック運動はそれからどうなったのか
- 2009-05-10 (日)
- ニュースのそれから

今、書店でマンガを買おうとすると、一般向けとは別に「成人コミック」というマークがついているものがあり、棚が隔離してある場合があります。このマークは1990年過ぎくらいからつけられ始め、1996年にある程度の形が統一されたようです。このマークについては以下に書きましたので、興味があればご覧下さい。
■関連:コミックの自主規制マークについて考えてみる – 空気を読まずにマンガを読む
さて、これがつけられるようになったきっかけは、1990年代過ぎに起こった「有害コミック運動」というものから。20代後半以降の方は覚えていらっしゃる方もいるかもしれません。あの運動は今では考えられないかもしれませんが、本当にちょっとでも裸の出てくるマンガはなくなるのではないかと当時まだ成年コミックを見ていなかった歳の自分でも思ったりするくらいの勢いでした。
というわけで、その運動、及び規制に対する反対運動がどうなったのか、ということについて、書いてみようと思います。
M事件からの動き
『有害コミック運動』の流れというのが急速になったのは、1988~1989年に起きた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件、通称M事件(犯人である宮崎努の名前から)の発生があるでしょう。
ちょうどこの時期、埼玉にそんな遠くない東京に住んでいた私は、学校や家庭含め警戒態勢に入っていたのを覚えています。それほどインパクトがあり、痛ましい事件でした。
そして、この犯人がビデオやマンガを多く所持していたことから、ここに報道がクローズアップされることとなります。正確に言えば運動が加速したのはこの事件というよりは、この事件による数々の報道と言ったほうが正しいかもしれません。ただ、その中には事実に基づかずに偏見的な先入観でなされた報道も多いと聞かれます。ただ、事件のインパクトと報道の大きさ、さらに当時オタクがかなりマイノリティーであったためにそれがこのまま受け入れられ、いわゆるオタクバッシング的な動きに繋がります。
よくネット上で言われるのは、コミケに来たリポーターが「ここに●万人の宮崎努がいます」と言ったという話がありますが、これは真偽の程が確認できていません。ただ、そう言われるくらいマスコミなどでもオタクに対する風当たりが強くなっていたというのは事実でしょう。
■モラル・パニック – Wikipedia
■参考:ここに10万人の宮崎勤がいます 都市伝説 – 色々威
コミック規制運動始まる
さて、自主的か、それとも報道に影響されたか、この動きはマンガにも広まってゆきます。
犯人逮捕から1年くらいが経った1990年9月上旬、和歌山県田辺市の「コミック本から子供を守る会」という組織が、規制を求める運動を展開。ここから各地のPTAなどでコミック本規制運動の波が広まってゆきます。
そして翌年1991年の春にかけて、それらの運動は激しい盛り上がりを見せ、出版社などには苦情が相次ぎました。そこでこれらの会社は「成年コミックマーク」の表示とその策定基準の作成などに追われることになります。
同時に各自治体では、これらコミックの有害指定運動が盛んになります。ここで有害と指定されたものは今で言う成年コミック的なものだけではなく、大出版社(小学館、集英社、講談社など)から出されているものの対象になりました。それも少年誌から青年誌まで幅広く。ジャンプやマガジンに連載されているものまで対象となりました。また、永井豪氏、ジョージ秋山氏といった大御所まで入っていました。
この頃の大まかな流れは、以下のページにあります(それ以前、以後の規制についても触れられています)。
出版社の自粛
そして、連載作で指定されたものは、どんどんと連載が終わってゆきました。
最初のリンク先でも書いたのですが、これら有害と指定されたものの単行本は、大出版社からは廃刊となり、裁断されてしまった例がほとんどだったようです。また、そこまでにはならなくても次の増刷分から修正を余儀なくされた作品もありました。例外的に講談社の少年向けではないものには「成年コミック」のマーク付きで発刊されました(それで救われたのが安達哲氏の名作『さくらの唄』など)。
さらに既存のコミックの性的描写も自主規制という形でかなりなくなった感じでした。当時私はまだオタクでもないマンガを読む中学生くらいでしたが、その急激な変化に妙な違和感と「何かが起こっている」というような感覚を受けた記憶があります。
幸い時代が変わり1990年代後半になると、そこで廃刊となったものも復刊され始めました(遊人『ANGEL』、上村純子『いけないルナ先生』、山本英夫『おカマ白書』等)。
曖昧な「有害」の基準
しかし、これらの「有害」基準はかなり厳しいというか妙なものであり、議論となりました。例えば版画的な絵の『百八の恋』という作品は主人公の自由さを出す意味で裸にはなるのですが、欲情を目的としているとは思えません。それなのに指定を食らったりしました。さらにジョージ秋山氏の『ラブリン・モンロー』という作品は、ある戦争下の国の娼婦の物語なのですが、なんと全キャラは全部動物の擬人化描写。たしかに娼婦ものなので交尾はありますが、なんというか動物の交尾にまで指定をかけてしまったということになります。
■参考:有害コミック規制の波に巻き込まれた『百八の恋』と『ラブリン・モンロー』 – 空気を読まない中杜カズサ
とにかく、もう裸が出ているとダメ、という雰囲気だったのですね。
おそらく当時の基準からすると『To Loveる』だったらおそらく指定されていた様な気がします(実際指定された『いけないルナ先生』あたりのエロ度もそのくらいだし)。実際、桂正和氏の代表作でもある『電影少女』も有害指定を一部自治体から受け、修正して発刊することになりました。
パソコンソフトにも押し寄せる規制
この一連の流れの影響は、当時まだ市場が小さかったパソコンソフトにも影響してゆきます。1991年11月、京都府警察本部はパソコンゲームソフトを製作する会社を「わいせつ文書図画頒布」容疑で捜索します。
■参考:沙織事件 – Wikipedia
その後、1992年7月、宮崎県で全国初のパソコンゲームソフトの有害指定を受けますが、その中にはガイナックスの発売した『電脳学園』も指定され、後に取り消しの行政訴訟へと発展します。
これらの流れが、後のコンピュータソフトウェア倫理機構の設立へと繋がってゆきます。
規制反対運動
しかし、尚も運動は激化し、まるでそのままお上推薦のもの以外のマンガはなくなる勢いにまで発展するところでした。大げさではなく。まだ子供と言える年齢だった自分でそう感じたのですから、リアルタイムでこれを見ていた人は本気でそう思っていたかもしれません。
しかし、そんな激しい規制運動の動きの中、各地の弁護士会、出版労連、そして日本ペンクラブなど作家の団体は、これらの規制運動に各立場から疑問を呈し、反対の声が上がり始めます。その動きの一つが、1991年結成された「『有害』コミック問題を考える会」。ここでは条例強化反対を掲げ、集会が行われ、多数のマンガ関係者が参加したとのこと。
『コミック表現の自由を守る会』結成
さらに1992年3月、マンガ家や作家、書店主など出版に関係する人達を中心として「コミック表現の自由を守る会」が旗揚げされます。発起人は石ノ森章太郎、さいとう・たかを、ちばてつやといったコミック会大御所の面々。
ちなみにこのあたりで、発起人のひとりである山本直樹氏の「Blue」が都条例で「不健全」指定され、廃刊になります。これは性描写やドラッグを含むものの青春群像的なもので、この作品が有害論争のひとつの中心となります。
そして、雑誌やメディアなどでは、これらの有害問題や法規制についての議論が巻き起こります。
その後、規制運動はやや下火に
しかし1990年の半ばにさしかかると、さすがに時間が経ってやや冷静な議論や思考が行われる様になったのと、「成年コミック」マークが機能して、ゾーニングが出来る様になったためか、それまでの激しい規制の波はだんだんと影を潜めてゆくようになり、マンガ雑誌にも次第とそれらしき描写が復活してゆきます。
「『有害』コミック問題を考える会」は「マンガ防衛同盟」と改称後、2001年には「発展的解消」を遂げており、その活動は「NGO-AMI」へと継承されているとのこと。
そして『コミック表現の自由を守る会』についてもおそらく活動は無い模様。代表の石ノ森氏も1998年に亡くなりました。
これらが遺したものは何だったのか
さて、これらは何だったのか、というのは様々な考え方があるでしょう。ただ、ゾーニングを残したのはプラスだったかもしれませんが、多くの負の遺産も遺してしまったかもしれません。こういった成年的な描写に対して、個人的には子供に見せるのには困るものもあるのでゾーニングはやむを得ない思う面もあるのですが、そのゾーニングなど基準というものの信用性をあの過激な運動で表現側が全く信じられなくしてしまったのは大きいのではないかと。なんというかゾーニングを盾にして大人が見る表現媒体全体を規制する動きに繋がるのではないかという感じで。
現在でもコミックなど規制の動きが出てくると非常にピリピリするのは、あの時の過剰な悪夢が記憶に蘇る人も多いのではないかと。最近児童ポルノ法改正の議論が交わされますが、これに反対意見が多いのは実際に被害を受けている人を軽視しているのではなく、一度でも認めてしまうと段階的にこの時の激しい規制がそのまま、いやそれ以上に行われるのではないかと思っている人が多いのではないかとも思えます(つか、この問題も非常に複雑なので、表現の自由だけでは語れない側面も多いのですが長くなるのでそれはまたの機会に)。実際、その当時の規制推進派が現在政治家として有力な地位にいる例は多いとのことなので(これは党を問わずに)。
ちなみに今回調べてみたら、以下の様なエントリーもありました。本当かどうかは詳しく調べていないのでわかりませんが。
■90-91年の「有害コミック」撲滅運動と、宗教右翼 – カルトvsオタクのハルマゲドン/カマヤンの虚業日記
■「有害コミック」撲滅運動の歴史と背景/田辺市/痛みを想像するとい – kitanoのアレ
時代により基準は変わる
ちなみにこの1990年あたりの有害コミック騒動の前も、1970年代にはジョージ秋山の『アシュラ』『銭ゲバ』、それに永井豪の『ハレンチ学園』などが批判を受け、追放運動まで起こりました。しかし現在、『銭ゲバ』はドラマ化され、永井豪氏は記念館が設立されるようです。
■中日新聞:永井豪記念館へGO! ハニーもデビルマンもいるZ:石川(CHUNICHI Web)
また、1980年代にはマンガの神様と言われた手塚治虫が、『ジャングル大帝』などの黒人描写で批判を受けたのも有名です。そして前述の様に、当時有害コミック指定を喰らったものでも、現在では名作と言われているものもわりとあります。
このように時代によって基準は変わるものです。故に全てを一元に規制する「表現規制」はその社会状況と照らしあわせて十分双方の議論を重ね、慎重を期さなければならないでしょう。
■参考:有害コミック/ 同人用語の基礎知識/ ポルノコミック
■参考:阿部定事件(無限回廊 endless loopさん)
※下の方の「『愛のコリーダ』摘発事件」。ここで東京地裁は「わいせつの基準は社会通念の変遷によって変わる」とした。
今、あの1990年代あたりに小中学生だった人は、今は20代後半から30代になっています。その時のことをどう思っているでしょうか。
また、現在規制が行われたとして、そのことは数十年後、どのように受け取られているでしょうか。
〓参考文献〓
・『誌外戦 コミック規制をめぐるバトルトイヤル』コミック表現の自由を守る会(創出版)
・『有害コミック問題を考える』(創出版)
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