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ジンバブエはあれからどうなったのか
- 2008-10-15 (水)
- ニュースのそれから

以前、『空気を読まない中杜カズサ』のほうで、「ジンバブエで起きてるハイパーインフレについてのメモ 」というのを書いたのが、2008年の3月。そしてその後選挙が行われて大混乱となったまではよくニュースで出てきたのですが、その後ニュースソースが無くなってきました。しかしハイパーインフレはそう簡単には収束しないでしょうし、動向が気になっていました。というわけで今回、調べてみることにしました。
ジンバブエの歴史その1・独立と経済混乱スタート
まず、基礎知識から。現在アフリカのジンバブエでは、世界一のハイパーインフレが巻き起こっています。その理由は主に、ムカベ大統領の独裁による、極端な政策によるものと言われています。それに関しては有名なコピペがあります。
ジンバブエの簡単な解説
今までずっと少数派の白人が政治の実権を握っていたが、民主的な選挙で、黒人政治家が増える
↓
とうとう初の黒人大統領が誕生
↓
何を思ったか「植民地時代に強奪された白人の土地資産を黒人へと無償かつ強制的に権限を委譲しなさい」法案を提出
↓
大半の白人が安値で土地資産を売り払って外国へ。
↓
今度は外資系企業に対して「保有株式の過半数を譲渡するように、逆らったら逮捕」法案を提出
↓
外資系企業が国外逃亡する
↓
別に国連もアメリカも、どこの国も経済制裁してないのに、経済制裁と同じ状態に陥る
↓
何もかもの物資が国内で不足するので、「市場に出回っている物資が不足するなら、物資を持つ物は絶対に市場に売らないといけない」法案を提出
↓
物資の強制売却で、さらに物資不足が深刻化。当然需要と供給バランスが崩れて高値になる。
↓
物資が高値に成り過ぎて買えない人が続出
↓
「物資を絶対に安値で売らないといけない」法案を提出
↓
調達コストよりも遥かに安値で売らないといけなくなったので、当然のごとく利益が出ないから国内企業が次々と倒産する
↓
安定していた経済が、脅威の失業率 & ハイパーインフレ になるのを一年も経たずして達成。おめでとう。
↓
失業者があらゆる物資を強奪し、社会不安が増大、交通機関や警察機関も機能しなくなる。政治も収拾がつかず無茶苦茶に。
「何を思ったか」のところは、乱心したようにも見えますが、調べてみると、こういう行動をとったのにもちゃんと理由があったようです。
もともとこの国は第一次世界大戦後にイギリスの植民地に組み込まれ、イギリス領南ローデシアとなりますが、国土のほとんどは白人農場主の私有地となり、住民達は先祖墓参りの自由すらないくらいの厳しい統治下に置かれていました。しかし、1960年代から黒人による独立運動が行われ、白人政府と内戦状態になります。そして1980年の総選挙の結果、ジンバブエ共和国が設立され、黒人政権が樹立します。そして1987年より、現大統領ロバート・ムガベの独裁が始まります。ただ、この時点ではこの国はアフリカ有数の農業国でもあり、食料が足りていたというのもあったのか、一般民衆レベルでは黒人と白人の表面的な争いはそれほどなかったとも言われています。
彼は最初こそ白人と黒人に宥和政策を進めましたが、すぐにそれが行き詰まります。それはイギリスから手に入れるはずだった独立援助金がほとんど手に入らなかったこと、それに経済政策に失敗したこと。最初はその収入をあてにして白人の持っている農場を平和的に買収して、それを黒人に分配するつもりだったらしいのですが、これが頓挫してしまいます。しかしすでに黒人、特に紛争時に活躍した人には恩恵を授ける約束をしているのに、それが履行されないと、不満が大きくなってゆきます。
そして1990年代半ばになると経済は混乱し始め、だんだんと大統領に不満が集まりはじめます。1997年には、IMFに支援を求めましたが、土地問題での譲歩を拒否したため、断られたということです。そしてインフレが加速します。
ジンバブエの歴史その2・ムカベ大統領の独裁
そこで2000年8月、ムカベ大統領がとったのが、コピペの「植民地時代に強奪された白人の土地資産を黒人へと無償かつ強制的に権限を委譲しなさい」法案。これにより白人が土地を売り払って外国に出てしまったのですが、その農業技術や経営ノウハウまでも同時に流出してしまったために、アフリカ有数の農業国であったこの国は、一気に食糧不足となってゆきます。
しかもそれに先駆けて1年前、ジンバブエは隣国コンゴの内戦を鎮めるために派兵します。表向きこそコンゴのカビラ大統領の援助ですが、その裏にはこの国でムカベ大統領が所有していたダイヤモンド鉱山を守るためという私的な事情もあったようです(もちろんその他資源を狙っていた可能性も高いですが)。前述の政策は、その批判を逸らすものであったとも言えるでしょう。
そして2007年8月23日、国内の外資系企業に対して株式の過半数を「ジンバブエの黒人」に譲渡するよう義務付ける法案を国会に提出、9月26日に通過した。これにより外資はほぼ逃亡。そのほか焼け石に水な法案を出しますが、こうなるとハイパーインフレを止めることはできません。そして日増しにその勢いは加速してゆきます。
ジンバブエにで行われている非人道的行為
ちなみにコピペはお笑い系を含みますが、この影では多くの野党支持者や反政府者が弾圧され、処刑されていることも付け加えておきましょう。
2005年5月には、地方の貧しい都市地域および周辺都市地域を標的に大規模な強制退去と住居破壊を行うという「ムラムバツビナ作戦」も行われています。
さらにこのあたりで、白人の農場に黒人が押しかけて占拠するという事件も起きていますが、これも民族主義を煽るムガベの意図だったと言われています。
■参考:ジンバブエ:煽られる人種対立
混乱する選挙
さて、ここからは例のコピペの続きになります。2008年3月29日より大統領選挙が始まり、野党がムカベ大統領下ろしにかかったのですが、1度目の選挙の結果が何故か公表されず、過半数をとってないから決選投票という宣言がなされます。その後決選投票の無効を求める野党を弾圧、投票を強行し対立候補が強引に下ろされ、一方的勝利宣言をします。
■ジンバブエ決選投票、野党候補が撤退 - MSN産経ニュース
これに対して同年7月11日、国際連合安全保障理事会にジンバブエ政府非難と、ムガベ大統領ら政権幹部の資産凍結・渡航禁止などの制裁決議案が提出されますが、中国とロシアが内政問題であるとして拒否権を発動し、否決されました。
ちなみに中国はこの頃アフリカ諸国に援助をしており、ジンバブエもそのひとつでした。4月にはジンバブエではおそらくは野党弾圧のため中国から武器(AK-47自動小銃の弾薬300万発、携行式ロケット弾1500個、迫撃弾3000個以上などが含まれているという)を輸入しますが、これを積んだ船舶の荷下ろしを南アフリカが拒否。その結果船がさまよい続けることとなりました。その後積み荷はアンゴラ経由で入ったそうです。
■南アフリカ、中国船のジンバブエ向け武器の荷下ろしを拒否 写真4枚 国際ニュース : AFPBB News
■中国船のジンバブエ向け武器、アンゴラ経由に変更 国際ニュース : AFPBB News
現在の政局と経済
その後も国内は混乱し、ようやく野党と与党の間で話し合いがもたれ、連立政権樹立を盛り込んだ合意書に署名しましたが、主要閣僚の人選をめぐり与野党の話し合いが難航しており、今も経済危機が続いているとのこと。そしてハイパーインフレも相変わらず進行中です。去年までのインフレ率は以下の通り。
■RBZ:: About The Bank
■参考:世界で最も価値の低い通貨トップ5 - GIGAZINE
物価上昇率は約220万~900万%(加速度的なインフレにより、実体は不明)、失業率は約80%(2007年:政府発表)(実体は不明)とのこと。
■参考:外務省: ジンバブエ共和国
以下に、実際にジンバブエのインフレを体験された例がわかりやすく、そして詳しく書かれています。
■青年海外協力隊体験記 ジンバブエ インフレーション(Zimbabwe.NETさん)
ジンバブエの2008年3月のインフレ率が過去最高の355,000%に達成したと政府統計局から発表がありました。年率355,000%%の意味は、一年前の物の値段が約3550倍になったということです。日本だと、100円ショップの名前をを355,000円(35.5万円)ショップに変更する感覚?なのです。
今なお続くハイパーインフレ
しかし、ここで驚いてはいけません。上記のは約半年前のもの。では今のインフレ率はいくらか。なんと発表された7月の値は2億3100万%とのこと。
■Zimbabwe July annual inflation jumps to 231 million percent - Investing | Africa - Reuters.com(英語)
■参考:ジンバブエ・ドル - Wikipedia
ただし、あまりにゼロがつきすぎたために、デノミネーションが2008年8月1日行われ(それ以前にも行われていたのですが)、ジンバブエ・ドルは10桁切り捨てられました(100億ジンバブエドル→1ジンバブエドル)。ただ、このハイパーインフレの中では、デノミも焼け石に水としか思えません。ましてや世界経済の混乱がこの国にどう影響を及ぼすのかは全くわかりません(あ、でも海外と経済的連結が断たれているからなあ)。
おそらく、政治的、経済的混乱はまだ続くでしょう。そして最近のレポートが以下にありました。
■超インフレの国ジンバブエはいま…… | エキサイトニュース
これによると、一応は小康状態といったところでしょうか。あとジンバブエドルではなく、米ドルがかなり流通しているのかな(少なくとも外国人に対しては)。
ともあれ、この混乱が収束することを願っています。
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SCOはあれからどうなったのか
- 2008-10-12 (日)
- ニュースのそれから

「SCOグループ」もしくは「SCO」と呼ばれた会社をご存じでしょうか。おそらくは知らない人も多いし、ネットにやや詳しい人でも、もう忘れてしまった可能性が高いと思います。しかしながらこの会社、一時期はネット界を騒然とさせることを言い出したのです。それは「すべてのLinuxユーザーは、権利をもっているうちに使用料を払え」(だいぶ意訳ですが)。
SCOグループってどんな会社?
まず、SCOグループとはどういう会社か、そして何でLinuxの権利を主張したのかから見てゆきましょう。
SCOグループはもともとカルデラ社(Caldera Inc.)という会社でしたが、2001年5月7日、The Santa Cruz Operation,Inc.という会社から、UNIX資産とSCOブランドを買収しました。ちなみにThe Santa Cruz Operation,Incは、1995年、当時AT&TのUNIXの資産を入手していたNovell,Inc.からUNIXの権利とUnixWareビジネスを譲り受けていました。
そして2002年8月26日、社名をCaldera Inc.からSCOグループ(The SCO Group, Inc.)に変更します。ちなみにSCOというのは、この時に譲り受けたSanta Cruz Operationの略称です。
■スラッシュドット・ジャパン | CalderaがSCO Groupに名称変更へ
■参考:SCO - Wikipedia
SCO、IBMを訴える
しかし、2003年3月7日、SCOグループは、IBMを提訴します。理由は、SCOが権利を持っていると主張しているUNIXコードに基づく機能をLinuxに不正に組み込んだというもの。しかしこれはIBMだけではなく、多くの人にとって寝耳に水の出来事でした。なぜなら、オープンソースであLinuxの存亡にもかかわるから。そのためこの問題に関しては、Slashdot 米本家、日本ではスラッシュドット・ジャパンを中心に非常に盛り上がりました。そしてそこがずっとこの問題を追ってきたので、/.Jのトピックを参照させてもらうことにします。
まず、提訴が起きた時のトピック。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOがIBMをUNIXに関する秘密情報の漏洩で訴える
で、IBMがLinuxをプッシュしていなければ、Linuxが普及するはずがなく、SCOのPC用の正統UNIXがもっと売れていたはずだ。IBMは Linuxをプッシュするのに、大昔に秘密保持の対象としてライセンスしたUNIXの技術を不当にLinuxコミュニティに渡したのだから、SCOのPC 用UNIXが売れなかった分としてIBMは10億ドル以上の損害を賠償せよ、と請求している。
このなんだかなあな要求に、首をかしげる人続出。そしてLinuxがどうなるか気になりはじめます。
ただ、IBMもこの無茶に思える要求には従いませんでした。そしてその100日後の2003年06月17日、SCOはIBMへのライセンスを打ち切ります。そしてそして、損害賠償の請求金額を3倍の30億ドルに引き上げました。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOがIBMのUNIXライセンスを打ち切り
SCO、Linuxユーザーも標的に?
そしてこのあたりから、Linuxの使用者に対しても、料金を取るそぶりを見せ始めます。
■スラッシュドット・ジャパン | Linux免罪符始めました by SCO
■スラッシュドット・ジャパン | SCO税は早期割引でも$699
■スラッシュドット・ジャパン | SCO近情報告:次の標的はBSD、Novell、エンドユーザ、開発者
これに世界中のLinuxユーザーは大激怒し、SCOグループへの反発を強めます。それは調べることでSCOの主張の矛盾点を探し出そうという試みだったり、こんなのだったり。
混迷の裁判
そしてIBMも、2003年08月08日、SCOに対して反訴を行います。
ちなみにこのあたりで、こんな動きも。
■スラッシュドット・ジャパン | 自社株売却をがんばるSCO経営陣
そして2003年後半、裁判が始まりますが、何故かSCOから侵害の証拠が出されません。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOに証拠提出命令
■スラッシュドット・ジャパン | SCOは「侵害の証拠」を非公開のまま法廷に提出する予定
■スラッシュドット・ジャパン | SCOが証拠書類を提出、でも一部だけ
SCO混乱、そしてNovellとの裁判追加
そしてこの妙に引き延ばしっぽい裁判など、なんだかSCOが暴走しているんじゃないか、言いかえればネタになるような行動ばかり起こすようになります。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOがNovellを名誉棄損で提訴
■スラッシュドット・ジャパン | SCO曰く「北朝鮮はLinuxでスパコンを手に入れる」
■スラッシュドット・ジャパン | SCOが遂にLinux採用企業を提訴
マイクロソフトの影?
さて、この頃何でSCOはこんな裁判を起こしたのか、という議論が盛んになります。そしてその中のひとつには、Linuxを恐れたマイクロソフトがLinux潰しのために仕掛けさせたという噂も流れます。たしかにLinuxを使うと金をとられるということになれば、Linuxの勢いは止まりかねません。
そして、噂を超えるある情報も流れます。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOへの資金提供におけるマイクロソフトの影を投資会社が認める
ただ、真相は今でも藪の中です。
逆境のSCO
しかしそのSCOの見苦しさを見たのか、2004年春になると、SCOにとっての逆境となります。
■スラッシュドット・ジャパン | BayStar CapitalがSCOに出資の償還を要求
■スラッシュドット・ジャパン | Royal Bank of CanadaもSCOから脱出、SCOはレイオフを開始
■スラッシュドット・ジャパン | 投資会社BayStarがSCOを提訴
あと、こんなのも発覚。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOによる著作権侵害が発覚
そして、年始めで矛先を向けたNovell社から、「当時のNovell経営陣が著作権を譲渡する意志がなかったことが明記されている」という切り札を出されてしまいました。これで、SCOの主張自体が大きく揺らぎます。
■スラッシュドット・ジャパン | Novellが対SCO裁判で切札を提出
裁判の結果、そして倒産
その後、IBMとの裁判は2006年11月30日に判決が下され、SCOの主張のほとんどを却下されます。やはり前述のように証拠の提出が不完全だったために、侵害行為の多くを明確にしていないということで却下されたようです。
■「SCOの主張は不明確」:Linux裁判でIBMに有利な判断–米連邦地裁:ニュース - CNET Japan
そしてNovell社との裁判も2007年の8月、Unixの著作権はNovellが保有しているという判決が下されました。
■スラッシュドット・ジャパン | Unixの著作権はNovellが保有、SCOが敗訴
■SCO 対 Novell、『UNIX』の著作権をめぐる裁判に判決 - japan.internet.com Webビジネス
そして、そのほんの少し後の2007年09月15日、とうとうSCOは倒産してしまいました。もっとも、このだいぶ前から死に体だったようですが。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOがChapter11による破産保護を申請
まだ終わりではないぞよ、もうちょっと(略)
しかし、ここでびっくり、さらにまた新しい展開が。なんと
■スラッシュドット・ジャパン | SCO Groupにオイルマネー注入? 再建目指し、訴訟継続へ
■SCO、1億ドルの投資受け再建目指す。訴訟継続も - ITmedia News
どうもオイルマネーらしいです。そして訴訟も継続らしいですが、この大不況の中でどうなっていくことやら。生暖かく見守っています。
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英会話教室のNOVAはあれからどうなったのか
- 2008-10-08 (水)
- ニュースのそれから

ここ数日、留学仲介会社「ゲートウェイ21」が破綻した問題がニュースで流れています。
■経営破たんした留学仲介会社に債権者ら殺到 - 社会 - SANSPO.COM
ここで過去に似たようなことがあったなあと思い出すのが、英会話教室NOVAの破綻。これもたしか急に潰れて、すでに前金を納めた受講生が被害に遭ったり、外国人講師への給与未払い問題が出てきましたね。
さて、ここのところニュースが途絶えていましたが、この事件はあれからどうなったのでしょうか。
NOVA破綻まで
まず、破綻までの経緯は、いつもながらまとまっているWikipediaを参照されるとよいでしょう。
単純に社長の放漫経営のように思っていましたが、それに至る過程もどうも根が深いようです。特に経営破綻前数ヶ月がかなり慌ただしい。仕手戦もあった感じだし。
そして、2007年10月26日の経営破綻の時は、前述の受講生への返金問題や講師への未払い問題、そして社長の放漫経営についてかなりの報道がなされましたが、その後はどうなったのでしょうか。
NOVA破綻後
まず、2007年11月6日、スポンサー企業として英会話教室経営のジー・コミュニケーションが継承します。ただし、無茶な拡大を広げてきたNOVAの教室を全部継承できるはずはなく、30教室で、その後、200教室体制を当面の目標にするとされました。しかしながら、受講生がそれまでに払った前払い授業料は承継ぜず、同様の受講内容を通常の25%での受講料で受講できるとされました。つまり事実上、受講生の払い戻しは不可能となったわけです。
あと、講師の方も大量に解雇され、講師での収入をあてにして日本で生活していた外国人は失業状態となり、社会問題にもなっています。一部、そういった外国人を支援する動きもあるようです。
ちなみにうちの近くにあったNOVA、まだ看板は出たままなのにずっと教室は閉鎖されています。全国各地でこのように、整理の進んでいないとことが多くあるのでしょう。
そして現在、NOVAのホームページは破産管財人のページになっています。
ここで、その後のニュース、対応などが書かれています。
ちなみに英会話としてのNOVAは、前述のジー・コミュニケーションのHPにあるようです。
今再開されているNOVAは、ここの管轄ということみたいですね。
そして今年6月、元社長が業務上横領で逮捕されました。
■猿橋NOVA元社長、業務上横領容疑で逮捕 国際ニュース : AFPBB News
その後起訴され、もうすぐ公判が行われるでしょう。
放漫経営の恐ろしさ
いくら有名な企業でも、そして社長が景気よさそうでも、破綻する時はあっという間だということがわかります。
最初のゲートウェイ21もそうですが、こういったものに先払いをする時は、十分にその会社が今大丈夫か、注意をしたほうがいいでしょう。両者ともその分野では大手と言われていたのに、最後はこうなってしまったのですから。
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PSE法問題はそれからどうなったのか
- 2008-10-05 (日)
- ニュースのそれから

私が『ゲームミュージックなブログ』で、ブログ執筆を始めてからわりとすぐ、インターネット上で騒ぎになった出来事があります。それがPSE法問題。
これは、PSE法、正確には電気用品安全法により、一部の中古電子機器が中古ショップなどから消えるという話が広まったことから起きた騒動です。そしてその中にはセガサターンなどひとむかし前のゲームハードも含まれていたために、ネット上のゲームユーザーの間でも話題になりました。ただ、この問題が騒ぎになった過程はちょっと複雑なので、まず軽く説明しようと思います。
電気用品安全法とは
この電気用品安全法、何も中古の規制を目的として設けられた法律ではありませんでした。これは旧来の電気用品取締法を改正した形で2001年4月1日に施行されたものであり、主な目的としては名の通り電気用品の安全を確保するための手順をふまえた法律でした。それまでの安全確認は複雑で、非関税障壁と輸入業者や諸外国メーカーなどから捉えられ、批判されていたことから、検査においての自主性を促すために手続きを大幅に緩和するための改正であったとされています。
そしてその中には、販売事業者にPSEマークがつけられているかを確認する義務が追加され、さらにはそれに違反した場合の罰則も強化されました(最大で1年以下の懲役または100万円以下の罰金法人にあっては、1億円以下の罰金が科せられる場合あり)。しかし、これが問題のひとつとなります。
猶予期間と中古品についての解釈
さらに、制定された2001年4月1日から、一定時間の猶予期間が設けられます。しかし逆に、この最中の動きが混乱のもととなってしまうのです。
猶予期間は2006年4月1日まで。しかし、その間は別に従来通りの販売をしてよかったため、メーカーなど製造業者はともかく、小売り、とりわけ中古品を扱うショップはそのまま扱い続けました。それに、従来の経済産業省の方針では、「中古は関係ない」という見解だったようで、販売業者も自分たちにはさほど関係ないとそのまま扱い続けたようです。
しかし、この猶予期間が近づくにつれて、問題が浮上してきます。まず、猶予期間の終了間際になって、この規制が「新製品だけでなく中古品にも適用される」との見解が急に示されてしまったこと。これだと小売りにも前述のような確認義務、そして罰則が適用されることになり、多大な手間がかかることになります。それ以上に、現在抱えている在庫がすべて金をかけて点検しないと、販売できなくなる(もしくは未点検の罰則適用となる)ために、小規模なリサイクルショップは閉店するしかないのでは、という流れになってしまいます。
こうしたことの経済産業省の言い分は「もともと中古品を規制の対象とする意図はなかったが、一部の悪徳業者によって技術基準を満たさない製品を中古品と称して売り抜けるという脱法行為が見られたため、やむなく中古品も規制の対象とした」としているとのこと。ただ、中古品については法律でも書かれておらず想定外だったため、内部でも方針が曖昧だったということです。
中古品がPSE法対象となることの問題点
問題点は、前述の者も含めて以下の通り。
・リサイクルショップが買い取りに対して多大な点検の手間を要するようになる
・中古屋の在庫が扱えなくなり、店を閉鎖せざるを得ない。
・価値のある中古機器(音楽機器、ゲーム機)の流通が止まってしまう。
・明らかにリサイクルの動きに逆行する。
・ヤフオクなど、個人売買での規制が行われるのかわからない(どのくらいで業者とみなされるのか曖昧)。
PSE法反対運動
この問題は2006年に入り、猶予期間の終了が近づいてきたあたりから顕在化し、最初に語ったように「中古のゲーム機が、音楽機器がもう買えなくなる」というので騒ぎとなります。
設立間もない私のブログでも、この問題をとりあげました。
その後、経済産業省部長のブログが炎上、閉鎖したりしています。
そして高級音楽機器などが取引不可の懸念があるとして松武秀樹が発起人となり、坂本龍一ら日本の著名音楽家・約120名の呼びかけで規制緩和を求めるインターネット署名を経済産業省に提出するといった、ネット外の動きも起きてきました。
また、国会や地方議会でも、この問題について質問があったり、採り上げられたりしたようです。
方針転換
それらの動きを受けてか、2006年3月14日、経済産業省は以下の方針を発表(Wikipediaより)。
ビンテージものの電子楽器や音響機器、写真関係機器については、以下の要件を満たす場合は簡単な手続きで売買ができるようにする。
1. 電気楽器、電子楽器、音響機器、写真焼付器、写真引伸機、写真引伸用ランプハウス又は映写機のいずれかであること。
2. 既に生産が終了しており、他の電気用品により代替することができないものであって、かつ、希少価値が高いと認められるものであること。
3. 旧法(電気用品取締法)に基づく表示等があるものであること。
4. 当該電気用品の取扱いに慣れた者に対して国内で販売するものであること。
しかし、この騒動時に検査機器を購入してしまった業者は存在しますし、4/1をもって閉店を決めてしまったリサイクルショップもあったようです。ちなみに私もこの時期、サターンやドリキャスがもう壊れても手に入れられないかもと思い、あちこちのショップを回ったのですが、上のことからか在庫処分モードに入っていた店も数多くあり、サターンは3000円、そしてドリキャスは1000円と2000円で確保できました。その後ドリキャスは1台壊れたので、今2台目を使っています。
さらにWikipediaではこんなことも。
しかし、その判定が明確でないほか、実際の取締りを行う警察関連や、この法令により各企業の保有する対象機器の財産評価が低下し、それが金融機関の貸し剥がしまで招いて企業倒産が続出し、税収の減少という影響まで受けかねない立場の国税庁や税務署などの関連省庁にさえ十分な告知を行っていなかったという姿勢に、各方面から批判が続出している。
謝罪会見
その後、経済産業省はミスを認め謝罪会見を開きました。
■PSE問題で経産省がミス認め謝罪 「立法時、中古品想定せず」 - ITmedia News
これを読むと、どうもこの法律の影響に対しての認識が非常に甘かったという点が強いようです。その後9月11日、経済産業省は混乱を招いたことを理由に、法律策定に関わった当時の管理職5人を厳重注意処分を下したとのことです。
その後2007年11月21日の法改正によって、翌12月21日の施行より再度電取法表示製品が商取引可能となったとのこと。
そして現在、中古点の扱いにおいては、法施行前とほとんど変わらずといった感じみたいです。しかし、この件で機材、閉店などの面で損をした業者などについての補償についても、今のところ情報はありません。
問題点は何だったのか
この騒動の原因は何だったのかと言えば、先に経済産業省が言っているように、想定が甘かったことだと思います。あと、制定時から猶予期間終了後までの告知が不完全だったこともあるでしょう。そしてある時に気づき、いきなり大騒ぎということになったのかと。なんだか後期高齢者医療制度問題と似た構図のような気もします。
ただ、制定時から状況が変わるなんてことは、高確率であり得ることです。ですのでそれをふまえ、状況を見て、間違った方向に進みそうだったらまだ傷が浅いうちに過ちを認めて修正するというのが一番なのではないでしょうか。おそらく法律制定では、そういった早期に改善して、事なきを得た例も多数あると思います。
せめて、この件の反省を生かして、二度と似たような混乱がないことを願います。法律というのはちょとした文字の羅列の違いで誰かの人生を変えてしまう可能性があるものなのですから。
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データが持ち帰れないという話があった撮影会はあれからどうなったのか
- 2008-10-01 (水)
- ニュースのそれから(他サイト紹介)

今日は水曜なので軽めに。
データを持ち帰れないデジカメ写真撮影会
さちょっと前にネットで話題になってものがあります。それはアイドル三好絵梨香さんの写真撮影会。しかしながら、アイドルが話題になったというよりは、その形式。その撮影会はヤマダ電器が行ったものなのですが、その参加条件は「2万円以上のデジカメを購入すること」。まあこれなら高いけど、アイドルに価値を見いだせるのなら、人それぞれでしょう。なんたって、握手一回にCD複数枚買わないといけないイベントもあるようですし。
しかしこれにはまだ条件がありました。それは「撮影されたデータはお持ち帰りいただけません」というもの。つまり、買ったデジカメで写したデータは持ち帰りできないと。これがネット上の話題になりました。
プリントはしてくれる
これだけ見ると、「これはひどい」と思うでしょうが、もうちょっと調べてみると実態は少し違うようでした。これはたしかにデータは持ち帰りできませんが、『撮影したデータの中から1枚選んで2枚プリントアウトして、1枚は撮影者が持ち帰りできる』とのことで、前述の文から感じられるように、撮影してアイドルに会って終わり、というのではないようです。まあその2枚がどうなのかは、人によるでしょう。
参加者7名?
さて、これはどうなったのか気になっていたら、まにあっくすZさんで、それの情報ありました。
■まにあっくすZ 撮影データが持ち帰れないというあの撮影会が開催! 気になる参加人数は…
■参考:まにあっくすZ 撮影会だけど 「撮影されたデータはお持ち帰り頂けません」 ハロプロ仰天イベント開催
ソースは2chなので正確なところは不明ですが、ここで出ている様子からだと、どうやら7名~14名程度ということ。ただ、『撮影会は2人1組みで5分ほど設けられ、握手時も好きなだけじっくり話せたとのことで、参加されたファンたちにとっては十分に満足のいくものだったそうだ』ともあります。
また、イベント開始前に主催者側から「今回のイベントがネットや週刊誌で騒がれてみなさんにご心配をかけて申し訳なかった」という謝罪があったらしいです
イベントは成功だったのか、失敗だったのか
ただ、これを失敗と言い切れるかは微妙なところです。店にしてみれば、確実にデジカメの7台~14台ははけたわけですし。ただ、この「ケチ」評判がどう影響するかってのもありますが。アイドルも仕事だし、参加条件が厳しい&場所が全国から集まるには厳しい高崎なので、集まらない理由にはなるかもしれません。撮影できないイベント参加者も40人くらいはいたらしいですし。それなりに人気が高い人でも、場所と状況次第で参加者が少ないということはわりとあるので(アイドル事情は全くわからないので、判断できませんが)。でも、これがヤマダ電器の企画ならともかく、事務所との中にイベント会社入っていたらちょっとそこへの風当たりが強いかもなあ。
こういう場合、外部からはそれがプラスだったのか、マイナスだったのかというのはわからないので、まあ当事者が成功と思えば成功、失敗なら失敗ということですね。それこそネットでの話題がプラスになったなんて見方も出来るかもしれませんし、もちろんマイナスも。
まあ、結果として参加した人が満足していれば、それはそれでいいと思います。限定特典のために、同じマンガや雑誌を2つ以上買った経験がわりとある私としても、価値観は人によって違うと思いますので。
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ハッカーインターナショナルはそれからどうなったのか
- 2008-09-28 (日)
- ニュースのそれから

『「ロッチ」のシールを売り出したコスモスはその後どうなったか』においてコスモスとロッチのことについて書いたら、妙に反響が大きくてちょっと驚いています。みんなロッチ好きなんだなあ(アレゲな意味で)。ちなみに、ちょっとコメントにて情報を頂きましたので、加筆しました。
さて、それだからじゃないですが、当時もうひとつあったこの手のダークさを持ったもので有名なものについて今日は書いてみようと思います。
『ボディコンクエスト』『しあわせうさぎ』
このタイトルのゲームを知っている人は、Hなひとね……じゃなくて、相当アレ方面のゲームに詳しい人だと思います。これは、スーパーファミコンやPCエンジンで出ていた、ハードメーカー非公認のソフト。つまり、普通にゲームショップで流通しているソフトのように、各ハードメーカーとライセンス契約を結んで認可をとらなかったものです。
これを発売していたのは、ハッカーインターナショナルという会社。この会社は任天堂などの許可を受けずに、ファミコンのROMカセットやディスクシステムのソフト、その後はPCエンジンのソフトを販売していました。そして内容の多くは、ハードメーカーを通したらまず認可を受けないであろうアダルト系のソフト(もっとも当時のグラフィック能力でのアダルトですが)。しかし、別件で訴訟を受けたことはあっても、このメーカーのソフトはPCエンジンの終了までとうとう発売され続けました。
万全なる訴訟対策
実はこの会社、1回任天堂から訴えられているのですが、実はそれはこのようなアダルトソフトを出したことではなく、前述のように訴えられた件も、ファミコンの本体を改造して、連射や強制ポーズなどパワーアップさせる機能を持った「Hacker Junior」というものに対してなのですよね。これ、相当昔のゲーム雑誌ユーザーなら、「ファミコンの本体改造します」という広告が、黒くなったファミコンの写真とともに載っていたことがあるのを見た人もいるのではないでしょうか。
ただ、これ同社では研究されていて、商標や意匠権などを回避していたために、裁判でも問題なしとされたようです。ある意味、ここでも任天堂法務部の無敵伝説は破れています(もっとも、裁判終結あたりでは連射機能も珍しいものではなくなったので、広告も見なくなりましたが)。
ハッカーインターナショナルという会社
さて、この会社については、昔ファミコン通信で連載されていた鈴木みそ氏の『あんたっちゃぶる』で取材されていて、4巻に収録されています(当時、PCエンジンの最盛期であり、同社もそのソフトを出していた時代です)。これは連載終了前の非常に面白い回なので、古本屋で見つけたら必読です。それによると、得られたのは以下の通り。
・別に裏業界系の会社ではない
・社長は「萩原暁」という人で、「ハッカーインターナショナル」と「マップジャパン」という会社の社長
・アダルトは菊(国家)と桜(警察)には逆らわない(つまり性器露出などはない)、アーケードゲームレベル
・実はスタッフは、表で有名な人が、裏でこっそりやっている場合もある。
・PCエンジンは、ハードが出る前に著作権や特許権、意匠登録に引っかかるところがないか十分調べた。
・(他のメーカーは何故作らないだろうとの質問に対して)流通経路がないからだろう。うちはPCショップ系の流通を通している。
・PCエンジンCDROM2ソフトを出す時は2年近く調べた。実はNECと契約した法が安上がり。だけど規制がないので今のほうを選んでいる。
・プログラムは人件費が安い台湾に発注。中国には発注したいと思っているけど、お金をもらうと働かなくなるので難しい。
・年商6億程度
ソフマップの話
このマンガには、萩原氏の知り合いだというコンピュータ中古会社の社長の話も載っていて、その人は4畳半の部屋に「目標1995年年商1000億」と書かれた紙が貼ってあって、誇大妄想だと思ったということ。しかしそれがソフマップの創業者とのこと。なんだか、この時代ならではのカオスながら夢や希望があった業界らしい話です。
町に置いてあったディスクシステム書き換え機
ただ、昔を思い返すと、とある小さな本屋や町のディスカウントショップ、駄菓子屋などで、Amazonの小型段ボール位の大きさの機械がおいてあったことがあります。これは当時、流行しだしていたファミリーコンピューターのディスクシステムの書き換え機の非合法版で、たしか任天堂製のソフトまでコピー販売されていたような記憶があるのですが、これはハッカーとの関連は見あたりませんでしたので、全く別のところがやっていたのでしょうね。ただ、この中にどうもハッカー製のソフトも混じっていたような記憶もあるので、ハッカー社もひょっとしたら間接的な被害者なのかもしれません。
あと、一部で在庫を抱えた某スーファミサッカーゲームのROMに上書きしてリリースされたという『SM調教師瞳』というソフトも、ハッカー社とは関係ない模様(こっちはこっちで面白いですが、詳細はWikipediaにあります)。
萩原暁という人
さて、これもマンガにかいてあるのですが、この社長の萩原氏という人がすごい経歴の持ち主で、このハッカー社を作る前には音楽業界にいて、ツイスト、クリスタルキング、チャー、アラジン、チェッカーズなどを送り出した凄腕プロデューサーで、プレジデント誌にも載った人だそうです。これには鈴木みそ氏もファミコン通信誌上にかかわらず「私はゲームはともかくとして、ハッカーの生き方が好きです」と書いてます。
マップジャパン、エア・プランツ
さて、先ほどこの萩原氏がマップジャパンという会社の社長だということも書きましたが、この会社もどうやらゲームの制作を行っていたらしいです。検索すると『ヒロインドリーム』というゲームが出てきます。あと以下のページを参考にさせていただくと、そこからは「エア・プランツ」というPCアダルトゲーム系の会社(開発作:「Five Years ~ファイブ・イヤーズ~」、「はんど☆メイド」、「ラグナポリス」、「幽世ノ門~かくりよのもん~」、「Snow Memoria ~忘れえぬ想い~」、「とりあえず えあぷらんちゅ!」、「Dearest Vampire」、「フローライト ~ほたる石~」)にリンクがあったようで、住所も同じだったみたいです。
■参考:あの人は、今(PC Engine情報局さん内)
ハッカー、そして萩原氏のその後
さて、上のリンク先では、その後も書かれています(ゲームラボで記事があったみたいです)。まず2000年、音楽会社ワイズビジョナリーを設立し、河口恭吾等のプロデュースを行っていたようです。しかしその時には、ハッカーインターナショナルには活動は見られません(まあ、すでにPCエンジンは稼働してないし、パソコンも普及してましたしね)。それでも(認可を受けた)PSソフトはマップジャパンから、アダルトゲームもエア・プランツブランドとして出ていたようですが、2001年、それらは閉鎖されたようです。そしてワイズビジョナリーも消滅。
しかしながらその後萩原氏は、人材派遣のほうではなく、パソコンショップの「グッドウィル」に入社され、アミューズメント事業部部長プロデューサーだったそうです。そこでは「世界コスプレサミット」などに携わられたようです。
しかしその後、グッドウィルを退社され、子供用プレイグラウンドの会社、キッズリゾートを前述のソフマップの創業者と設立されたようです。そして現在、会長とのこと。
■ファンタジーキッズリゾート 全天候型だから室内の砂場や遊具で元気良く遊べます!
すごいなあ……
なんだか、ゲーム業界でもこれだけいろいろな経歴を経てきた人ってのも少ないのではないかと、というか、この萩原氏の場合は、あくまでハッカーも通過点にしか過ぎなかったように見えてきます。
まあ、犯罪ならともかく、さすがにもうこんなギリギリの所を疾走してくれるような人は、ある程度まとまってしまったゲーム業界にはなかなか出てこないでしょうね。他で起きていたように、コピーなど犯罪の入る余地も狭くなってきたというのもあるとは思うので、まとまったのが悪いとは言いませんが、やっぱりこういったカオスなものに対してのあこがれってのはありますよね。
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雷句誠氏が小学館を訴えた裁判はそれからどうなったのか
- 2008-09-24 (水)
- ニュースのそれから

マンガ家の出版社に対する訴訟
数ヶ月前、ネットを騒がせたひとつの事件がありました。それは6月6日に、少年サンデーにおいて『金色のガッシュ!』を連載していた看板マンガ家、雷句誠さんが、その発行元である小学館を訴えたこと。それにより、あちこちのブログ(私のところも含め)でこの問題についてのことが語られましたね。そしてそれは小学館だけではなく、現状におけるマンガ家の問題が浮き彫りになった感じがあります。まとめや参考は以下に。
■参考:たけくまメモ : マンガ界崩壊を止めるためには(1)
■参考:下請けに負担をかける構造がマンガ界やゲーム界にも波及していると思う話 - 空気を読まない中杜カズサ
いろいろな方がこの件についてコメントされたのが、記憶に新しいと思います。
ついでにその後、『ヤングサンデー』の休刊など、マンガ雑誌界でもいろいろ厳しい事情が見えたのもあり、今まで見られなかったマンガ家、出版社両方からの厳しい事情がかいま見えた気がします。
第2回口頭弁論
しかし、大きな動きがなかったため、まとめページの更新も止まっている感じです。まあ、裁判はそうそう急展開になるモノではないですしね。で、裁判ですが、雷句さんのブログによると現在も係争中で、つい先日、第2回口頭弁論が終わったそうです。
■blabber: 【ガッシュ訴訟】9/22 第2回口頭弁論!
次回は10月下旬になりますが、和解手続となり、公開の法廷ではなくなるようです。
裁判中なので、あまり多くのことは語りませんが、この裁判は、今までの経過、そして裁判の結果がこれからのマンガ界において一石を投じることになると思います。それはマンガ家にとってだけではなく、出版社、編集者側にとっても。
ただ、この件では他のマンガ家さんなどの反応が見たい傾向があるようですが、まとめページにあるように、あまり関係ない人他のマンガ家さんやら出版社、編集者さんのブログに乗りこんで、意見を求めるといったことはしないほうがいいでしょう。それぞれに複雑な立場があるのでしょうし。
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「ロッチ」のシールを売り出したコスモスはその後どうなったか
- 2008-09-21 (日)
- ニュースのそれから

この時期が気温の変化が激しいのに、警戒心が緩いので一番風邪をひきやすいと思います。おかげで喉痛いです。注意しましょう。
うち捨てられた赤い自動販売機
町で、コカコーラでもないのに真っ赤な自販機がうち捨てられていたのを見たことがないでしょうか? 側面に「コスモス」と書いてあるものが。それを管理していたのは、文字通り「コスモス」という会社、しかし売られていたのはジュースやタバコではなく、おおもちゃ。そう、それはかつておもちゃが売られていた自動販売機でした。
■参考:コスモス・COSMOS特集 「 コスモス・COSMOS一覧 」 81+DIGITAL-SKY
コスモスという会社
「コスモス」という会社は1977年あたりから存在し、子供向けの低価格なおもちゃを製造していました。主力はカプセルトイ、いわゆるガチャガチャで、特に駄菓子屋やおもちゃ屋の店頭にそういったものが置かれました。まあこれがあとで問題になるのですが、それは後述。
そして同社は1980年代の半ば頃から、積極的な事業展開を図ってきます。そのひとつが前述の赤い自動販売機。これを各地に置いて、自社の開発するおもちゃを販売したのです。そしてなんと、CMまで打ってきます。私が子供のころは、夕方5時台の通称ルパンタイムにこのCMが流されていた記憶があります。
パチモン商売
ただ、この会社で売られていたおもちゃというのが、実は当時流行っていたキャラクターやグッズを無断でパクった、いわゆるパチモンがほとんどだったのですよね。たとえばなめ猫を真似たもの、ファミコンを真似たものなど。中には本家で使われた写真をそのまま使っているようなものさえ存在したようです。当時、こういったものへの版権意識が低かったとはいえ、ここまでくると清々しいレベルです。
ちなみにこのコスモスグッズを集めている芸能人の人がいらっしゃって、そこのサイトには数々のコスモス製品が置いてあります。
■参考:(ワッキー4649.com内)
訴訟、そして倒産
しかし、このパチモン、冗談のわかる大人相手ならよかったのですが(いや本当はよくないけど)、子供用だったことで、実際に手に入れた子供が騙されたとか、ビックリマンやキン肉マン消しゴムの交換の際に、偽物を指摘されて泣くという現象が起きました。そう、前述のガチャガチャも、当時はバンダイとこのコスモスの両方のがあったのですが、私の住んでいたところでは、バンダイは本家で、コスモス版は偽物とされていました。しかし店によって並んでいるのが違うので、紛らわしいことこの上なし。ですので、100円のガチャガチャ(当時のバンダイ製の大半)を本物、50円、20円などのを偽物としていたような記憶があります。
そこで、当時大人気だった『ビックリマン』シールも、ロッテの部分がロッチになっているパチモン、通称「ロッチ」シールとして真似るのですが、それを引かされた子供のクレームがロッテに行くこととなり、結果、ロッテはコスモスに対して訴訟を起こします。余談ですが、私たちの間では、別にこれを持っているからといっていじめなどに遭うことはなく、むしろネタ扱いされてよろこんで持っていました(当然交換不可ですが)。
しかし、コスモスはその後倒産してしまい、訴訟は有耶無耶になったようです。
追記:こコメントであとから情報をいただいたことろによると、解散した1988年同3月にロッテ、コスモス告発、1988年6月に社長以下7人逮捕という流れみたいです。その後は不明。まあ製品差し止めは事実上行われていたので、ロッテの目的のひとつは果たせたのかも。
各店舗に供給されていたコスモス製の自販機に商品を供給する者も、かといってそれを引き取る者もいなくなったため、今まで撤去されずに野ざらしになっているということです。もっとも、電気製品ではなく手動の自販機なので、危なくはないでしょうが(電気製でないが故に、設置店も意外と多かったのかもしれません)。
ただ、ガチャガチャのほうは、他のメーカーがその中に入れるカプセルトイを作って、勝手に供給しているので、今でも稼働中のものがそれなりにあるとか。まあ当時のままですから、汚さで簡単にバンダイ製と見分けがつくでしょう(まあ古いバンダイ製もたまに動いているけどね)。
コスモス、ゲームにも参入?
さて、今日も参考にさせてもらったコスモス (玩具メーカー) - Wikipediaを見ていると、こんなのがありました。
またアーケードゲームが人気を集めるとゲーム業界に参入するべく自社でアーケードゲーム機を開発したが、コナミの『スクランブル』のキャラクターグラフィックを差し替えただけのデッドコピー作品『フライングトレイン』であったりといったことも、同社がテレビ放映したCM内で見られたという。
これは知らなかった(スクランブルはもちろん知ってる)。しかし本当に出たら、コナミを的に回していたのかなあ。
あと、こんなのも。
同社はテレビアニメ『魔境伝説アクロバンチ』などのスポンサーにもなり、テレビCMを流していた。この中でよく知られているものでは「白ボカシされたコスモス畑の中を全裸の白人少年少女(複数)が走る」があり、バックグラウンドは「僕らも~ほしい~コスモス~」というコーラスであったほか、画面下には「類似品にご注意ください」という趣旨のキャプションが入れられていた。
お前が(ry
パチモン、ゲットだぜ!(書いてから後悔するフレーズ)
ただ、さきほどのワッキー貝山さんのページじゃないですが、たとえパチモンでも何となく時間が経つと当時とは違った印象を持つようになるのですよね。それは、現代において法整備が進み、そういったものの入る余地がなくなったせいかもしれません。それはそれで業界にとって健全化でいいとは思いますが、郷愁的にそういったものに感じるものはあるのです。
追記・コスモス復活
コメントで情報をいただいたのですが、どうやらこのコスモスの昔の社員が、現在新しいコスモスの会社、「ヤマトコスモス」設立しているようです。
ただ、もちろんパチモンを売るとかいうのではなく、どうやら「コスモス」というブランド自体を出しているという感じですね。何か面白そうです。
でも、たしかにコスモスのロゴって目立つよなあ。
■参考:
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Lモードはその後どうなったのか
- 2008-09-17 (水)
- ニュースのそれから

「iモード」とほぼ同時期に生まれた「Lモード」というもの
「Lモード」というもの、ご存じですか? なんかDocomoのiモードに似ているな、と思った方は惜しい。実はこれ、NTTドコモではなく、NTT東日本と西日本が提供していたサービスなのですよね。
さて、どういうサービスかというと、簡単に言えばiモードのようなものを、そのまま固定電話につけた感じ。これが始まったのは、2001年6月から。その当時急速な普及を見せていた携帯電話と、それの特徴であるiモード、とりわけメール機能を、携帯電話を持っていない層にも浸透させようとした感じでしょう。しかし当時から思っていました。「それならパソコンか、携帯買うかにすればいいんじゃないの?」と。
Lモード、5年余りで終了へ
それはあたりで、事実上ほとんど普及しませんでした。それはそもそも携帯電話の普及が爆発的だったことがあるでしょう。つまりLモードの機能を使いたいと思う人は携帯を買うかパソコンを買えばいいし、それを必要としない人はもともとLモードなんていらないと。つまりただの「持ち運びが出来ないiモード」となってしまった感じなのですよね。あと、iモードでパケット定額制が普及してきたのに対して、こちらは従量課金だったという問題もあるようです。
そして、2006年11月30日新規受付を終了、サービス自体も2009年度末を目処に終了を検討していると発表されているとのこと。
■参考:Lモード - Wikipedia
Lモード対応公衆電話
ちなみにこんな感じになってしまったLモードですが、NTTは普及に自信があったのか、Lモード対応の公衆電話なんてのもありまして、Lモードカードなんてのも発行されていたようです。が、結局はLモードの末路と同じく。しかし2006年頃になると、既に公衆電話さえ携帯電話に押されて減少していましたね。
これも通信における時代の徒花、「キャプテンシステム」
ついでに余談ですが、Wikipediaを見ると、「キャプテンシステム」なんてのが同様の例として引用されていますね。まあ詳しくは以下で。画面くらいは見たことある人もいるのではないかと。
■キャプテンシステム - Wikipedia
■キャプテンシステム
雰囲気は、今現在でもキャプテンシステムを私用する松江観光事典にて。
■CAPTAIN INDEX
数々の失敗を乗り越えて今がある(のだと思う)
このように携帯電話普及の影では、こういったものもあったのですよね。しかし(たぶん)無駄ではなく、こういった失敗を踏み越えて現在があるのだと思います。ですから、未だ町でよく見かけるISDN対応の公衆電話を見ても、笑わないでください。ISDNだって、数年間はテレホタイムユーザーに対して歓迎されたのですから。
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今日は休みます
- 2008-09-14 (日)
- ニュースのそれから

すみません。他のブログのほうで集中して書きたいことがあるので、今日はおやすみさせていただきます。
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