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裁判
音ゲー訴訟はあれからどうなったのか
- 2009-02-08 (日)
- ニュースのそれから
このようなエントリーが。
■れとろげーむまにあ: 20世紀ゲーム業界の提訟事件を調べてみた
これは1999年までの訴訟ですが、ゲーム業界にはこのようなものはいくらでも起きています。主なところでは『ティアリングサーガ』裁判なんてのがありますね。これはゲームというものがそのまま知的財産を売り出すことで商売が成り立つため、どのメーカーもその管理に対してはかなり慎重な為でしょう。昔はかなりそのへんが曖昧だったのですが、近年その意識は高くなっているという感じ。これもゲーム産業が非常に大きくなったというのがあるでしょう。
で、今日のエントリーもそのひとつ、音ゲー裁判について。
1990年後半、音ゲーの流行
ゲームセンターは1990年初頭で『ストリートファイターII』など2D対戦格闘ゲームの人気が爆発し、そのまま勢いを90年代中盤の『バーチャファイター』『鉄拳』シリーズなどの3D格闘に引き継ぎます。しかし1997年あたりになるとその人気にも陰りが見え始めます。そんな折、登場したのがコナミの『ビートマニア』。これは流れてくる符号に合わせてボタンを押したりターンテーブルを回したりして楽しむ音ゲーと呼ばれるもの。わかりやすいながら難易度が高くなるにつれてテクニックを要する音楽、バリエーションに溢れ、良質ものが揃った音楽などもあり、下降気味だったゲーセンの熱を盛り上げるものとなります。その後続編の『DXII』、『ダンスダンスレボリューション』『ドラムマニア』『ギターフリークス』『キーボードマニア』など、いわゆる音ゲーのジャンルを大成させる最初の1歩となります。
さて、ゲームではヒットが生まれると似たようなゲームが生まれるのはほぼ当たり前の現象とされてきました。それはマリオが出た後にファミコンでは横スクロールタイプアクションが溢れたりとか、ドラクエの後にRPGが溢れたりとか。で、この音ゲーの場合にもそれはあり、ジャレコから「VJ」という音ゲーが発売されました。もちろんまるまる同じ、というのではなく、このVJ独自の操作性もありましたので、個人的には同じジャンルのゲームがやっぱり出てきたな、という印象でした。
しかし、当時からゲーセンというのはメーカー直営の店舗が多く、コナミのライバル企業の直営となる店舗はビートマニアシリーズを仕入れず、こちらを仕入れているケースもわりとあったようです。
コナミ、ジャレコの音ゲー対して訴訟
そんな折、1999年6月7日、コナミはジャレコに対して「ビートマニア」に関する特許に基づき「VJ」の製造・販売差止めの仮処分申請を行います。ちなみにこの当時、コナミはかなり商標登録など法的処置を固めていて、著作権違反に対する訴訟も起こしていましたのでゲーマー的には「ああ、来るかもと思ってたけど来たか」という感じがありました。
これに対してジャレコは6月21日、コナミに対して無効審判を請求します。しかし、ここから予期できない展開となってゆきます。
コナミ、ナムコに対しても訴訟
1999年7月23日、コナミはジャレコ分の廃棄を確認したとして申請を取り下げました。しかしここで、同じくゲームメーカーで、「キャロット」などゲームセンターも経営しているナムコに対して、ゲームセンター等に設置されているVJの撤去を東京地裁に申請します。
するとここから事が複雑になってゆきます。
お互いの保有する権利での訴訟合戦
まず1999年8月6日、ジャレコが「早押クイズ王座決定戦」に関する実用新案に基いて、「クイズドレミファグランプリ」の製造・販売差止めの仮処分申請します。ちなみにコナミが1994年に発売され、その当時にはとっくに販売は停止していましたので、目的は前の仮処分申請に対する対抗訴訟だと噂されます。
そして8月10日、今度はコナミがナムコから発売されていたギター型音楽ゲーム「ギタージャム」の製造・販売差止めの仮処分申請を求めます。
さらに8月19日、コナミはジャレコに対して「ロックントレッド」の製造・販売差止めの仮処分申請を行います。
つまりこの時点で、コナミVSナムコ&ジャレコという構図が出来ていたと見えます。
■参考:身近な特許訴訟
しかしまだ終わりませんでした。1999年10月27日、ナムコがPS用リッジレーサなどにおけるミニゲーム特許に基づき、コナミに対してPS用「実況パワフルプロ野球’99 開幕版」の製造・販売差止めの仮処分申請を求めます。
ちなみに、これらの特許の概要についてはこちらに。
■ゲーム特許
また、当時の記事がありまして、両者の意見が載せられていますのでご参考に。
■コナミ対ナムコ・ジャレコ、特許めぐり「果てなき闘争」 – ニュース – nikkei BPnet
取り下げ、そして和解へ
しかし、11月10日、コナミが、「VJ」に関してナムコに対する仮処分申請を取下げ ます。
その後2000年7月3日にはコナミとナムコが和解 、12月18日にはコナミとジャレコが和解し、裁判は終結しました。
ちなみに2000年3月4日にはそれから数年間据置機のトップハードとなるPS2が発売されておりますが、その際のロンチタイトル(発売と同時に出たソフト)には、コナミの『ドラムマニア』(箱がでかかったなあ……)と、ジャレコの『ステッピングセレクション』の両方の音ゲーがありました。
あと、ジャレコは2000年の和解時には、経営譲渡によってパシフィック・センチュリー・サイバーワークス・ジャパンとなっていました(その後ジャレコに社名を戻し、最近また譲渡されました)。
あと、これは余談になりますが、最近韓国の音ゲーEZ2DJに対してコナミが特許侵害の訴訟を起こし、勝訴しています。
■音楽シミュレーションゲーム機「EZ2DJ」に対する特許侵害訴訟について ~ コナミ株式会社
そして今は多種多様な音ゲーが
あれから9年、音ゲーのブームもさすがに当時ほどではありませんが、今でもいろいろな音ゲーと呼ばれるものが各社から出ています。それはビートマニアタイプのもの以外でも。たとえばナムコからは『太鼓の達人』シリーズが人気を博していますし、コナミからも新しく『jubeat』という音ゲーが出ていたりします。
これから先もいろいろなものが出てきて、訴訟も起きるでしょうが、結果的にゲームの発展に良い方向に向かえばよいなとユーザーとしては思います。
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雷句誠氏が小学館を訴えた裁判はそれからどうなったのか
- 2008-09-24 (水)
- ニュースのそれから
マンガ家の出版社に対する訴訟
数ヶ月前、ネットを騒がせたひとつの事件がありました。それは6月6日に、少年サンデーにおいて『金色のガッシュ!』を連載していた看板マンガ家、雷句誠さんが、その発行元である小学館を訴えたこと。それにより、あちこちのブログ(私のところも含め)でこの問題についてのことが語られましたね。そしてそれは小学館だけではなく、現状におけるマンガ家の問題が浮き彫りになった感じがあります。まとめや参考は以下に。
■参考:たけくまメモ : マンガ界崩壊を止めるためには(1)
■参考:下請けに負担をかける構造がマンガ界やゲーム界にも波及していると思う話 – 空気を読まない中杜カズサ
いろいろな方がこの件についてコメントされたのが、記憶に新しいと思います。
ついでにその後、『ヤングサンデー』の休刊など、マンガ雑誌界でもいろいろ厳しい事情が見えたのもあり、今まで見られなかったマンガ家、出版社両方からの厳しい事情がかいま見えた気がします。
第2回口頭弁論
しかし、大きな動きがなかったため、まとめページの更新も止まっている感じです。まあ、裁判はそうそう急展開になるモノではないですしね。で、裁判ですが、雷句さんのブログによると現在も係争中で、つい先日、第2回口頭弁論が終わったそうです。
■blabber: 【ガッシュ訴訟】9/22 第2回口頭弁論!
次回は10月下旬になりますが、和解手続となり、公開の法廷ではなくなるようです。
裁判中なので、あまり多くのことは語りませんが、この裁判は、今までの経過、そして裁判の結果がこれからのマンガ界において一石を投じることになると思います。それはマンガ家にとってだけではなく、出版社、編集者側にとっても。
ただ、この件では他のマンガ家さんなどの反応が見たい傾向があるようですが、まとめページにあるように、あまり関係ない人他のマンガ家さんやら出版社、編集者さんのブログに乗りこんで、意見を求めるといったことはしないほうがいいでしょう。それぞれに複雑な立場があるのでしょうし。
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