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大学崩壊
酒田短期大学はそれからどうなったのか
- 2009-06-21 (日)
- ニュースのそれから
大学淘汰
最近とても忙しくて、更新がどのブログも滞りがちになっています。すみません。まあなんとか最近は隙間にネットを見るだけの余裕くらいは出来ていたので、ニュース見たりブクマとかしているのですが。
で、その中のひとつにこんなものが。
■asahi.com(朝日新聞社):兵庫の聖トマス大学が学生募集停止へ、閉校の可能性も – 関西住まいニュース
■NIKKEI NET(日経ネット):社会ニュース-内外の事件・事故や社会問題から話題のニュースまで
ここ最近になって、大学の募集停止が相次いでいます。しかし似た様な動きは数年前から存在しました。特に短大においては数年前から関連大学、またその他大学への合併(事実上名前が無くなるところ多数)、それに募集停止が相次いで起こっていました。
■大学・短大増える募集停止 - 朝日新聞(2003.3.13)より
■*募集停止・破産アーカイブ: 大学職員.net -Blog/News-
■参考:Category:日本の大学 (廃止) – Wikipedia
■参考:Category:日本の短期大学 (廃止) – Wikipedia
ただ、15年前位をピークとしてそれから日本の受験年齢人口がどんどん下がるので、大学や短大が淘汰されるということはその当時から言われていました。それが現実のものとなっただけでしょう。まあ景気の悪化がそれを加速している面はあると思われますが。
さて、この短大の閉鎖の中で、ひときわ注目を浴びたものが数年前に起こりました。その短大の名前は「酒田短期大学」。
酒田短期大学
酒田短期大学は、山形県の酒田市にあった短期大学です。1966年に東北短期大学として開学。しかし当時から経済科入学定員150人に対し入学生59名と定員割れを起こしていたようです。その後、1968年に酒田経済短期大学に改称。その後1973年に酒田短期大学に改称となります。その後経営法人が変わったり、女子短大になって元の様に共学に戻ったりといろいろ迷走していたようです。
留学生問題
そして2001年、この酒田短期大学のことが全国的なニュースになります。それは留学生問題。
この大学では、この数年前から入学者が激減し、一学年の定員が100人にもかかわらず、全校あわせて81人の学生しかいなかったとということ。そこで考え出したのが中国人留学生の入学。春と秋の2回、中国で選考を行い、 その前の秋に140人、その春に226人の中国人を入学させたとのこと。その結果、当時は2学年で352人が在籍していたそうですが、うち339人が中国からの留学生だったようです。
そして、10月から中国人265人が入学する予定でしたが、ここで仙台入国管理局から待ったがかかり、在留資格が認めらなくなります。つまり入学が不可能になったということ。その理由として先代入国管理局は「既に1学年の定員(100人)を超過しており、これから入学しても十分な就学活動ができるとは認められない」と定員の大幅超過を理由としています。
しかし定員だけではなく、もっと問題となっていたことがありました。それは事実上ここが日本の学生ビザでの日本への労働目的の入国の足掛かりになってしまったことです。留学した生徒の多くは授業に出席せず、労働による賃金獲得を行っていたようです。地元で大学の用意した中華料理店で働く場合もあったようですが、多くは首都圏に赴き、ひどい場合は風俗産業で働いていたということもあったようです(ちなみに「首都圏の4年生大学編入のため」という理由付けがなされ、それをサポートするというか理由付けのためか、都内に授業を放映するサテライトスタジオを儲けていたとのこと)。
入国管理局での差し止めも、それが影響していると思われます。
■メールマガジン 大学情報 No.0031 2001.11.1
■☆学生352人中339人が中国人!酒田短期大学
また、経営陣が、留学生に対して支出される数千万円に上る補助金を不正に得ていたという問題も報道されました(ソースが見あたらなかったので、それが事実かどうか確認出来ないのですが)。
経営難
そして、この問題もあり、且つ留学生の入学も非常に困難になったことから、同短大が経営難に陥ります。
一時期は、「みずほ学園短期大学」と校名を変更し、来年度の学生を募集していたらしいですが、当然集まるはずはなく、さらに経営のめどが立たなくなります。
その結果2002年10月、全教職員解雇の上、休校になってしまいました(ここで教員との未払い問題についても問題になっていた様な記憶があります)。
倒産、そして解散命令へ
そして2003年1月、酒田労働基準監督署により倒産認定となります。その後校地や校舎の大半が差し押さえられ、再開のめどがさらに立たなくなります。
そして2003年3月、最後の卒業生6人が卒業。この時にはすでに中国に帰国した留学生や、山形短大に編入した学生もいたとのこと。
事実上、大学の機能はこの日で終了します。
初の解散命令
その後、文部科学省による調査が行われた結果、私立学校経営に必要な財産がないことや、法人運営に必要な評議員会が置かれていないことなどの法令違反が解消されないなど再建の目処が立たないと判断され、大学設置・学校法人審議会に方針を諮り、了承を得た結果、解散命令をだすことが決定します。
そして2004年7月14日、文部科学省より学校法人瑞穂学園に対し、私立学校法違反により解散命令が出されました。これは国所轄の学校法人へは初の解散命令となりました。
■全国国公私立大学の事件情報: 酒田短大に解散命令へ 大学法人で初めて 文科省
その後の酒田短期大学(跡地)
さて、閉校した後どうなったのか、というのをネットで調べてみたら、それを掲載されている方がおられました。
利用はされず、そのまま廃墟のようになっているということみたいです。
大学・短大は変わってゆくのか
ただ、最初のニュースでもあったように、ここまでアレではなくても、閉鎖してしまう大学というのはこれから増えてゆくのでしょう。なるべくこのような廃墟になったりしないことを祈りますが。
社会の様々な様態も変わりつつある現在、このような変化に伴って、社会人入学の拡大などで必ずしも大学は20代前後の人が大半を占めるところではなくなったりなど、大学の存在意義も変わっていくところがあるのかもしれません。
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◆他参考
■酒田短期大学 – Wikipedia
■国土コピペ省 Ministry of Land, Copy and Paste: 酒田短大に解散命令 文科省方針 国所轄法人では初
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