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プロバイダ

ベッコアメ・インターネット等ネット発展期の独立系ISPはどうなったか

 最近問題が発生したリンククラブは、現在こそレンタルサーバー事業やドメイン管理事業が主だったようですが、かつてはマックユーザー専用のインターネットプロバイダでした。

 ■参考:リンククラブ被害報告まとめ – リンククラブサービス一覧

 今でこそインターネット・サービスプロバイダ(以下ISP)はYahoo!BB、OCN、ODN、@niftyやBIGLOBEといった大会社やその会社と資本関係にあるところ、もしくは通信会社の系列がほとんどを占めるようになってしまいましたが、90年代のインターネット発展期にはまだまだこのような独立系、もしくは出資だけ受けていて独立系に近かったISPというのは非常に数多く存在しました。

 では、それらのISPがどうなったのか、それらISPの歴史を追いつつ見てみましょう。

日本のインターネットにおけるISP事業の誕生

 国内において、それまで隆盛を誇っていたニフティサーブやPC-VANといったパソコン通信の陰からインターネットの芽生えが始まったのは、1990年代前半。その折、少数のISPが生まれます。
 日本最初の商用ISPは1992年設立のAT&T Jens、そしてIIJが日本企業初の商用ISPとしてサービスを開始します。それに続いて、ニフティやPC-VANの運営元であるNECも、ISP事業を開始し、日本におけるインターネットが芽生え始めます。ただ、当時は前述のようにまだまだパソコン通信が主流で、インターネットはコンテンツ的にも少なく、参加者も少ないものでした。
 しかし、Windows95が発売、それが後にインターネットへの対応を強化することにより、インターネット普及の土台が生まれ始めます。

独立系ISPの誕生

 そしてそのインターネット普及の流れを見越して、大手通信会社やメーカーに属さない独立系のISPというのが1990年代中盤当たりから誕生し始めます。
 その先駆けとなったのが、1994年に設立されたベッコアメ・インターネット。

 ■ベッコアメ・インターネット – Wikipedia

 1994年12月に設立されたこの会社は、その後インターネットが普及してくるとメーカー系とは違う存在感で加入者を増やしてゆきます。ちなみに1996年にはユーザーがわいせつ図画公然陳列容疑でそのサーバを持っていたここが国内で初めて強制捜査を受けるということにもなっています。今ではそれだけで強制捜査とは考えられないことですが、当時は全くと言っていいほど前例がなかったのですよね。

 そしてWin95が爆発的な広まりを見せ、インターネット普及の土台が出来てくると、メーカー系、独立系問わず多くのISPが誕生してきます。独立系で主なところは上記のベッコアメ・インターネットの他にリムネット、インターネットWIN、ドルフィンインターネット等がありましたね。

 ■参考:リムネット – Wikipedia

当時のISPの宣伝攻勢

 余談ですが1990年代後半のISPの宣伝攻勢はすさまじく、正直ウザイくらいでした。パソコンを買えば必ずそのパソコンを販売したメーカー系列のISPでの契約アプリがプリインストールされていましたし(これが初心者の頃だからそのまま入ってしまうのですよね。私もWin95のNEC製からBIGLOBEってのが最初だったし)、パソコン系の店に行けばセットアップCDがついてきたり、パソコン系雑誌には収録CD内にそのセットアップアプリが入っていたり。
 ちなみにこれは日本だけではなく、アメリカでも当時隆盛を誇っていたAOLがあまりにもCDを配りまくるので、「CDをAOLに送り返そう」なんてキャンペーンが展開されていたらしいです。
 特に多かったのは、Q2サービスを利用していたインターQだったような。どの雑誌の付録CDでも絶対入ってましたしね。 

 ここまで宣伝攻勢が激しかったのは理由があり、ここで契約を結べば月額使用料として収入が確保されますが、ここで契約が少なければそのまま収益が悪化して潰れてしまうということで必死だったのですよね。しかもこの当時のISP料金は電話代、NTTへの代金含まずで2000円以上というのが一般的であり、且つ従量制によりそれ以上のお金がかかる場合もわりとあったので、かなり一人当たりの収益もよかったことが予想されます。

 ちなみにこの宣伝攻勢は2000年を過ぎるとADSLに、そして現在では光回線で同じことが繰り返されているような。正直最近うちに何度もかかってくる光とかケーブル回線のセールス電話がウザイです。

無料ISPの存在

 ついでにこの頃のプロバイダには、もうひとつ特徴的なものがありました。それが無料プロバイダ。それは基本接続料を無料にして、ユーザーを獲得するという方法。有名なところではオン・ザ・エッヂに買収される前のライブドアや、プロバイダーZEROなどがありました。
 ビジネスモデルとしては、広告による収入や基本接続料以外での収入を見込んでいたようです。
 その後どうなったかは、以前書いたこちらをご参照ください。

 ■劇的なCMで有名になったプロバイダーZEROはどうなったのか – Timesteps

 こういうベンチャーが非常に数多く出てきて、「ITバブル」とか「ビットバレー」なんて用語が使われるようになったのでしょうね。

ADSLの普及とISPの淘汰

 しかしながら、2000年代に入るとADSLやCATVが急速に普及してきます。これらは通信スピードが速いだけではなく「常時接続」と「定額」がそれまでの電話回線におけるサービスよりもはるかに魅力的だったために(それまでも定額プランというものは一応ありましたが制限が多く高かった)。ADSLへの移行がすさまじい勢いで進みました。それはNTTが普及させようとしてきたISDNを一気に飛び越すくらい。
 しかもYahoo!BBの登場あたりから低価格競争が始まり、ISPもそれに晒されてひとりから取れる金が少なくなってゆきます。
 すると大手は薄利多売でなんとかなるのですが、小中のプロバイダがそれに負け、どんどん淘汰されてゆきます。
 

独立系ISPはどうなったか

 そして2000年代半ばにさしかかり、ITバブルと言われたものが崩壊した時、それら独立系を含めた中小のISPは再編成の波にさらされます。そして経営統合、事業譲渡のほか、ISP事業を縮小し、ホスティングサービスに転化する企業も多くありました。具体的には以下の通り。

★ベッコアメ・インターネット
 2004年4月、営業権をGMOインターネット株式会社に譲渡。

★リムネット
 1998年8月 米PSINet社に買収。その後、2001年1月 米Inter.net(インタードットネット)グループの一員になり、社名をインタードットネット株式会社に変更。その後いろいろあって、2004年3月 株式会社イージェーワークス(ピーシーデポコーポレーショングループ)に買収される。
 UUCPによる接続サービスを国内で最後まで提供していたが、2007年10月12日に廃止。

★インターキュー
 2001年 、グローバルメディアオンライン株式会社(GMO)へ商号変更。現在も存続。そして前述のベッコアメやプロバイダーZEROの事業などを買収している。

★ZZZインターネット
 インターキュー同様ダイヤルQ2利用のISP。2001年頃にサービスを終了。現在事実上の倒産。

 ■参考:ゼンエーフーズ – Wikipedia

★ワイワイワイネット
 2001年にアクセスプロバイダ事業は撤退。

★Webnic
 ビックカメラ系列のISP(ビックカメラに行く度にかなり宣伝していたので今でも名前を覚え出せた)。2000年8月くらいにOCNに移行。

★isao.net
 ドリームキャスト登場とともに、ドリキャス用プロバイダとして存在したもの。しかしドリキャス撤退後、PC用ISPに転換。その後DTIに事業譲渡。名前は存続。

 ■株式会社ISAO : 会社情報 : お知らせ
 ■Bフレッツ・光ファイバー・ADSLならプロバイダーのisao.net

★カントリーインターネット
 以下を参照。

 ■6年前にも起こっていたプロバイダの突然課金(カントリーインターネット問題) – Timesteps

 ほかドルフィンインターネットアルファインターネットなどは今でも営業しています(ただし後者は民事再生手続中)。

次の淘汰の波は……

 こう見ると、結果としてバックに大手の会社がなかったところはなくなっているか、目立たなくなってきていますね。まあ、残念ながらISPってのは価格と速度以外に特色を出しにくいので、どうしても安く安定しているところに行ってしまうでしょう。

 現在あるISP以外の様々なインターネットサービスも、そのうち淘汰の波にさらされてしまうものはたくさんあるでしょうね。ちなみにさくらインターネットは頑張ってください。このブログ、さくらのサーバなので。

6年前にも起こっていたプロバイダの突然課金(カントリーインターネット問題)

 今、『リンククラブ』という会社がいきなり会員から一万円をクレジットカードなどの引き落としなどで徴収したことが問題として叫ばれています。

 ■ネット料金、予告なく課金…2万人から計2億円で苦情多発 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 ■リンククラブ被害報告まとめ – トップページ

 ここはインターネット普及期以前から「マックユーザー専門プロバイダー」という触れ込みでサービスを行っており、2000年以前は評判も良かったようです。しかしながら2000年以降はサービスも悪化し、退会する人も増えたとのこと。
 そして今回、ネット上での話によると、その頃から無料サービスを放置していたユーザーでも、一度クレジット番号を教えていた人からは一万円を徴収していたという話です。
 このニュースは現在進行形なので、経緯を見守ってゆきたいと思います。

 さて、実はこの手の事件は初めてか、というとそうではなく、似たような事件が6年前にも発生していたのです。それを行ったのは「カントリーインターネット」というプロバイダ。

ネット発展期に存在したプロバイダー、カントリーインターネット

 カントリーインターネットは、広島県で会員数千人を抱える地方プロバイダであり、インターネット普及期からあったものでした。今でこそ大手メーカー系のプロバイダがシェアを占めるようになってしまいましたが、2000年前後というのは地方の小さなプロバイダーでそこそこ人気があったりするところも存在していました。多摩地区のドルフィンインターネットとか(din.or.jpとドメイン名の短さに惹かれたのもある。ちなみに今でも健在です)。

 で、カントリーインターネットもそのうちの一つであり、広島県あたりではそれなりに利用者もいたようなのですが、2003年6月2日、その会員に対して「プロバイダ料金を3倍に値上げする、問い合わせには一切応じない」と言う旨のメールを送りつけたとのこと。当時年間1万8000円だったらしいので、5万4000円になったというらしいです。
 しかもそのメールには「お問い合わせにはお答え致しかねます」と、抗議を一切受け付けない分まで書かれていたようです。
 もちろん、そんなことをされてはたまったものではありませんので、会員は騒ぎますが、それ以降電話はつながらず、記載されていた住所にも会社は存在しなかったとのこと。これは2ちゃんねる等でも話題になります。

 ■参考:カントリーインターネット問題

いきなりの事業停止

 そしてリンククラブの件と同じように、公的機関などへの抗議も入ったらしいです。で、上によるとそういった期間やマスコミには説明があったらしいですが、会員には一切説明はなかった模様。
 その後6月26日17時頃、突然回線が繋がらなくなり、そこのプロバイダを使ってネットに繋げていた人は使えなくなり、ホームページを持っていた人も消されてしまったようです。

 その後、その会社がどうなったかについてはちょっと調べてもわかりませんでした。おそらくですが、倒産して逃げられたのではないかと(当時会員だった人などいれば、情報ください)。ただ、前述の参考ページからすると、少なくともサーバは復旧していない模様です。

 ちなみに、その会社のドメインはwww.potato.or.jp、あと当時ちょうどorからneへの移管時期だったのでwww.potato.ne.jpもそうだったようですが、調べてみたら現在、neのほうは旭川のケーブルテレビ局、orのほうは都内の保育サービスになっていました。まあ、potatoが一般名称ですから、空いたらすぐに取られるでしょうね。両方とも、カントリーインターネットとは全く関係なさそうです。
 でも、気をつけないと昔何かが起こったドメインを購入してしまうなんてこと、これから起こりそうだなあ。

そして、また起こってしまった類似事件

 しかし、これでネットサービスというものの不安定さ、そして課金の不安定さについて学んだはずなのですが、忘れたころに起こってしまいましたね。
 ちなみに実際にその3倍料金を徴収する前に会社がなくなってしまったみたいなので、カントリーインターネットの事件では調べた限りは金銭的実害はなかったみたいですが(それでもいきなりHPが消えた人はプライスレスな大損害でしょうが)、リンククラブの件は実際にお金が引き落とされた人がいるみたいなので。

 ■参考:■この騒動で考えなければいけない事■

 さて、これから現在起こっている問題の方がどうなるのか。ことによるとインターネットという空間でのサービス、そしてネット課金においての信用をなくし、これからのネットサービスに多大な影響を与えかねないので、この問題の推移を見守りたいと思います。

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