Home > Archives > 2009-10
2009-10
ヤフオク有料化騒動はその後どうなったのか
- 2009-10-28 (水)
- インターネットの歴史 | ニュースのそれから

かつては無料だったYahoo!オークション
「ヤフオク」といえばYahoo!オークションのこと。これはすでにネットオークションの代名詞ともなっており、ネットにそれほど詳しくない人で知るものとなっています。
さて、ヤフオクは現在、出品量10円や、落札時に5%のお金がかかりますし、個人認証も必要ですが、以前出来た当時はこれらはなく、無料だったことはご存じでしょうか。それは途中から有料となったわけですが、その時には利用者の間でちょっとした騒ぎがありました。今日はその出来事を中心に、ヤフオクの歴史を辿ってみようと思います。
カオスだったヤフオク無料時代
ヤフオクのサービスがYahoo!の中で始まったのは、1999年9月28日。この頃は一切の出品にも落札にも手数料がかからず、本人確認もいりませんでした。さらにユーザーと落札者の連絡方法は殆どの場合メールアドレスでしたし、配送手段でも今みたいな匿名サービスなどはありませんでした。なんいうか、本当に「取引をする場所を提供するだけ」という、それまでも少しは存在した取引掲示板をシステム化したようなものだったわけなんですよね。
ちなみに当時は出来たばかりというのもあり、なかなか今では見られないカオスなものがありました。欲しいものを請求する「逆オークション」なんてのはよく行われていましたし、今で言うところの人力検索(Q&A)のように使う人もいました。それにネタ出品も見受けられましたね。中でも「ザク売ります」は有名です。
■参考:Yahoo!オークション – ザク売ります(傷あり)
しかし、当時からオークション詐欺みたいなものはあり、「あまり高価なものは買うな」「現物写真のないものは買うな」ということはよく言われていました(故に私はここに出品するため、初のデジカメを買いました。マルチメディアカードとかいう今では見なくなった企画のメモリだったような。おまけに吸い出すのがシリアルポートに繋げてとか面倒でね……)。
また、本当に送ってくるのかどうかわかりませんが、かなり違法の匂いのするものも出品されていたりしました。そんなカオスなところもあったのですが、当時はなかなか手に入らなかったものが安く出品されていたりして、わりと楽しかったですね。私もこの時に手に入れたサントラやグッズなどがわりとあったりします。
そして次第にヤフオクの便利さに評判も広まり、ユーザーが増加してゆきました。ただ、当時はサーバが激重になることもよくあり、マダテレホーダイもあったころですから、終了時間が11時~12時だったりすると、繋がらなくてそのまま終了しているといったパターンもありました(それを利用してスナイプしていた人もいるし)。
1回目の有料化
しかし2001年5月28日、Yahoo!はそれまで無料だったヤフオクの有料化に踏み切ります。かかる費用は月額280円。これはこの頃になるとだんたん顕在化してきた詐欺などの犯罪行為を防止するための本人確認ということでした。
ちなみにこの時にその決済に必要だったのがクレジットカードか指定された2つの銀行(ジャパンネット銀行、富士銀行エムタウン支店)だったのですが、この時ジャパンネット銀行に加入した人が増えました(口座維持手数料開始まで)。
で、この時のいきなりの有料化に、ヤフオクをやめてどこかほかのオークションサービスに移ろう、という声が上がり始めました。その候補としてアメリカでは最大手のネットオークションeBayや、ビッダーズ、エキサイトオークションなどがありましたが、個人確認の需要もあったし金額もそれほどではなかったため、有料化スタート直後は出品数を減らしたものの、その後は徐々に復活してゆきました。
出品料&落札システム利用料導入と出品者の移転騒ぎ
そして2002年3月31日、外資系らしい決断の早さででイーベイジャパンが日本から撤退します。
その発表の直後、Yahoo!はヤフオクを2002年4月15日より前述の月額に加えて、ひとつの出品あたり10円の出品料と、落札時に落札金額の3%を落札システム利用料として課金するという発表がなされました。
■「Yahoo!オークション」にシステム利用料を導入~出品者への従量課金を開始
イーベイ撤退後のいきなり出品ごとに課金するという行為に対して、それまでのユーザーで怒る人が続出しました。そして、ヤフオクの出品をやめて、ほかに移ろうという動きまで起き始めます。
この時候補になったのは、各種プロバイダのポータルサイトと連動していた「ビッダーズ」、それに無料の「WANTEDオークション」「ぐるぐるオークション」等でした。楽天オークションがないのは記憶が曖昧ですが、当時業者向けだけだったからかな?
■「探してる?」オークション&ショッピングのビッダーズ
■WANTED AUCTION ! オークション
■ぐるぐるオークション【完全無料オークション】
そして出品料開始後、これらに移行する出品者が現れ、またこの時点で出品を止めてしまった人も出てきたために、出品の総数はかなり減少しました(約420万件から6月には約230万件と半減したとのこと)。
しかしその後もトップを独走するヤフオク
しかし、しばらく立つとヤフオクに復帰する人が増え、結局ヤフオクトップの座は代わりませんでした(多少移ったブログと平行してやっている人がいたくらいかな)。
ちなみに結局ヤフオクで収まってしまったのには理由があります。まず、ネットオークションが一般的となり、ヤフオクがもう巨大な市場となってしまっていたこと。このネットオークションというのは、出品数が多いところに落札希望者が集まり、また落札希望者が多いところのほうがオークションの性質上高く売れる可能性が高いので出品者が集まるものとなっています。故に出品者が移っても、それがよほど大量でない限りは落札者も留まるので、移動が起きないのですね。
さらに移動出来たとしても大きな問題があります。それはこの時点ですでにかなりの利用者がいたヤフオクのアクセス負荷を担えることが出来なかったのですよね(実際ヤフオクの課金理由の一つは、それまでに費やしてきたサーバのもとをとるためというのも噂されましたし)。故に、かなり広まってしまったネットオークションを出来るのは、すでにヤフオクしかなかったということでしょうね。
その後、ヤフオクは2006年5月に落札時の徴収金額を5%に上げましたが、その時点ではもう移転の波はそれほど大きくなりませんでした。
■ヤフー、オークション手数料5%に値上げ、システム面の増強図る | ネット | マイコミジャーナル
現在のネットオークション
さて現在ですが、やはりヤフオクのトップは代わりませんが、システムなどいろいろなものが実装されたりしています(好評のもの、不評のもの両方ありますが)。メアド取引はもう過去の遺物になってしまいましたね。
ヤフオクの他にはビッダーズや楽天オークション、それに携帯における各キャリアのオークションなんてのがありますが、やはりヤフオクのシェアがダントツです(WANTEDオークションやぐるぐるオークションもまだちゃんとあります)。
さらにかつて敵だったイーベイとは、提携を組むことになりました(だけどその後の具体的なニュースがないな。そのうち調べるか)。
■イチローグッズを買うもよし、MANGAを売るもよし–ヤフオクとeBayが相互乗り入れ:ニュース – CNET Japan
なんかヤフオクの独占も、そしてネットオークションの市場も固まってしまった感じで今の需要があるし、よほどこの存在を脅かすようなサービスが出てこない限りは、このまま安定して続くのかなあと思います。ただ、個人的には今までの10年の間にあらゆるものが出尽くしてしまって、どんな珍しいものでも相場が固まってしまった感じがあり、そのへんのおもしろみがなくなっちゃったかなあと思います。サントラも価値があるのは本当に専門店のショーケースで売っているような値段でしか出品してないし(でもって回転寿司←落札ナシで回り続ける出品物の通称)。なのでここ数年は全然やってません。
まあたしかに安全、安心に使えるのが一番いいですが、あのカオスな時代を知っている自分は、そういうのも懐かしいと思ってしまうわけです。
—————————-
■参考:インターネットオークション – Wikipedia
■参考:Yahoo!オークション – Wikipedia
■参考:ネットオークションの落札相場、統計データの「オークファン」ヤフオクなどオークション価格比較から検索まで。オークションツール・無料出品テンプレートも充実!
- Comments: 1
- Trackbacks: 0
2009年のジンバブエはどうなっているのか
- 2009-10-21 (水)
- ニュースのそれからのそれから

何故か今でも「ジンバブエ」で検索する人がよくいらっしゃるこのブログです。まあ原因は以下のエントリーですが。
■ジンバブエはあれからどうなったのか – Timesteps
■ジンバブエのハイパーインフレはそれから収まったのか – Timesteps
■ここ最近のジンバブエの動きをまとめてみる – Timesteps
で、最後にジンバブエについて前に書いたのがだいぶ前になってしまったので、改めてそれからどうなったかが気になる頃でしょう。そういうわけで、今年1月以降ジンバブエはどうなっているのか、ちょいと書いてみようと思います。
ジンバブエドルのインフレ停止、というか流通停止
さて、前回書いた今年1月からもインフレはどんどん進行してゆきました。それの対策として、2009年2月2日、政府は1兆ジンバブエ・ドルが新1ジンバブエ・ドルになる12桁のデノミネーションを実施しました。ちなみにその前にデノミが行われたのは約半年前の20008年8月(10桁切り捨て)。それを考えると、どれだけ急速にインフレが進行していたかがわかるでしょう。
■Zimbabwe removes 12 zeros from currency – CNN.com
そうなると、このまままたインフレが続いて数字の限界に挑め! ……と期待されていた方には何ですが、このあたりでインフレ率が動かなくなりました。しかしこれはデノミの効果があったのではありません。その理由は、それより数日前の1月29日にジンバブエ政府がそれまで公式には禁止されていたアメリカドルとランド(南アフリカの通貨)の国内流通を公式に認めたからです(とはいえ、それまでも事実上はそれらが使われ、ジンバブエドルは使われることはほとんどなかったようですが)。そして2月には、公務員の給与もアメリカドルとなります。
これの意味するところは、ジンバブエドルは事実上流通しなくなり、通貨としての効果を失ってしまったということなのですよね。取引もなければインフレも起こらないわけで、数字上は収束したようになったと思われます。ただ、通貨の発行というのは、その国の政府の重要な権限の一つですから、それをジンバブエは失っていると言えるでしょう。
そして、インフレ率の測定自体の意味がなくなってしまったために、その測定が行われなくなりました。
■参考:超インフレ下のジンバブエ、ドル建て物価が下落 現地通貨による測定は中止 国際ニュース : AFPBB News
■
■参考:ジンバブエ・ドル – Wikipedia
ちなみに最近、ジンバブエ中央銀行の人がイグ・ノーベル賞の数学賞を受賞しました。受賞理由は『1から100兆ドルという幅広い額面の紙幣を発行することにより国民に「大きな数」を理解させた』からだそうです。まあたしかに日本でも今後量子力学などでもない限りなかなかお目にかかれなさそうな単位の漢字を目にさせてもらいましたしね。
■【ジンバブエ】ジンバブエ中央銀行のGideonGono氏がイグノーベル数学賞受賞 « 2ちゃんねるブログネッツ
政治の混乱は一応収束したが……
政治においては、大統領と対立する野党が大統領選挙で対立しますが弾圧され、国内が争乱状態になっていたというのを前までに書きました。しかしその収束を計るため、2009年2月11日、連立政権が樹立し野党MDC(民主変革運動)議長のモーガン・ツァンギライが首相に就任したため独裁体制にひとまず区切りがついた形となります。ただ、それまで独裁を続けたムカベ大統領はそのまま大統領の座に居座り続けました。
しかしその後、このツァンギライ首相の車にトラックが衝突、夫人が死亡するという事件が起こりました。真相は未だ不明です。
■ジンバブエ首相の車にトラックが衝突、自身は軽傷も夫人が死亡 写真2枚 国際ニュース : AFPBB News
■ジンバブエ首相の交通事故で独立捜査を要求、野党MDC 写真3枚 国際ニュース : AFPBB News
それでも一応、ここ半年は激しい争乱は影を潜めていたようです(ただ、相変わらず国際的な経済制裁は続いていましたが)。
また何かが起きるのか
最近のムカベ大統領の発言。
■CNN.co.jp:ジンバブエ大統領、米欧の制裁を非難 CNNインタビュー
ニューヨーク(CNN) アフリカ南部ジンバブエのムガベ大統領(85)は24日、CNNのアマンプール特派員とのインタビューで、国際社会から批判が集中する同国の経済政策を擁護し、「帝国主義」に抵抗する「アフリカの英雄」を自称するなど、米国や欧州との対決姿勢をあらためてあらわにした。
白人所有の農園を強制収用して非難を浴びた土地改革をめぐっては、「白人はわれわれから土地を取り上げ、不法占拠していた。それが本来の持ち主に返されたのだ。アフリカ国家にとって画期的な改革だ」と、血気盛んな口調で語った。
08年大統領選後の混乱や、今年から連立を組んだ野党との不協和音についても一切の責任を否定し、「帝国主義者の指図で政権を手放すことはあり得ない」と強調。また「どの国でも、選挙が常に順調に行われるわけではない。わが国で順調でなかったというなら、ブッシュ(前米大統領)の1期目に何が起きたか見てみればいい」と、米国を批判した。ただ、11年に予定される次回大統領選に出馬するのかとの問いには回答を避けた。
ある意味相変わらずなのであまり驚きませんが。
そして今、連立政権になり首相となったツァンギライ首相が、副農相の拘束に抗議して、連立解消の動きを見せています。
■ジンバブエ:連立政権危機、首相が解消示唆 テロ容疑、副農相再拘束に抗議 – 毎日jp(毎日新聞)
ここで連立が解消され、また野党と大統領側が争うことになると、また争乱状態になりかねないため、緊迫した事態となっているようです。
ちなみにこのツァンギライ首相、今年アメリカのオバマ大統領が受賞したノーベル平和賞の候補に挙がっていたということです。
■参考:【ノーベル賞】実績皆無も…オバマ大統領の取り組み後押し (1/2ページ) – MSN産経ニュース
ご存じの方も多いと思われますが、ジンバブエは2010年にワールドカップが行われる南アフリカ共和国の隣に位置しています。政情が不安定になればただでさえあまり治安が良くないと言われ問題視されている南アフリカでのワールドカップに、更なる悪影響を及ぼす可能性も否定できません。それに何より戦乱になれば犠牲者が出てしまうので、この問題が無事収束されることを願います。
- Comments: 0
- Trackbacks: 0
Home > Archives > 2009-10
- Search
- Feeds
- Meta





