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2009-02
無罪の人を報道被害から救うブログというのを考えてみた
- 2009-02-04 (水)
- 日記・雑文

先々週くらいから『無罪・不起訴ニュース』というのをやっているのですが、これの延長線上で「こんなブログがあったらよいのではないか」というのを思いついて、ちょっと考えています。それは「無罪、不起訴含め報道被害を修正するブログ」。
この前「一度逮捕の報道がなされると、その後無罪、不起訴になっても名誉の回復が難しい」という報道に昔からつきまとう問題をネットでどうにか出来ないか、というので、前述のニュースを始めたと書きました。
■参考:無罪・不起訴ニュースを実験的に始めてみます – Timesteps
で、もうちょっとこれを発展させてゆくと、最近起きただけの無罪、不起訴ニュースだけではなく、過去に起きたそれら、もしくは「報道被害」と呼ばれるものに対して、それを救うためのものが出来るのではないかと思ったのです。
それは「ここに載っていれば、過去報道された内容は間違いで、その人は無実だとわかるようなブログ(サイト)を作る」というもの。
報道被害の問題としては、その報道が間違っている(これはマスメディアの過失で間違ったのではなく、無罪などで結果として間違いになってしまった場合も含む)ということがあとでわかっても、その修正がしにくいというのがあります。これは報道が修正のニュースを流すのが小さいこともありますが、修正報道に向く人間の関心が名前が公表された時より小さいというのがあります。結果として、修正報道が成されたとしても、その人を犯人だと思ったままの人が多数存在するわけです、おそらくは『無罪』として報道されたものでも、しばらく先にその事件を思い出して、その無罪だった人は有罪だと思い込んでいる人はいるでしょう。それが報道被害となり得るのでしょう。
さて、ネットでも同じようにこれはあり得ます。つまり一度実名で報道された人は、その名前がネットに残ってしまい、たとえ無罪であっても犯罪者と勘違いをされてしまうと。特に実名を検索にかけた時にその報道記事が出てきてしまった場合にあり得ることでしょう。で、下手をするとそのデータの勘違いのまま、さらに被害を広めてしまうという感じ。
しかし、ネットでそういったことが広まるのなら、それを逆手にとってその名前、もしくは事件を検索した時、「その人は無罪である」ということが周知できる場があれば、完全とは言いませんが、幾分その報道被害を解消することが出来るのではないかと。で、その検索結果に出てくるものが、そういった「無実を扱うブログ」であればいいと。
そのブログで扱うものは、過去に明確に無罪が証明されたもの(たとえば裁判で無罪が確定したとか報道が非を認めたなど)。それをエントリーに組み入れて紹介する。で、そこを見に来た人はこの人が無罪だとわかるという寸法。そしてそれは最近のニュースだけではなく、長い間事実誤認で被害を受けている人を扱ってもいいと。
執筆はそのブログの管理人だけではなく、その無罪となった人がそこに寄稿しても良いという感じ。たとえば痴漢で逮捕され、実名報道がされたけど、裁判で冤罪が証明された時にその情報を本人から寄稿してもらうとか。
で、そのブログには出来る限りのSEO対策を施して、その人の名前や事件名を入力すれば、無罪であることが検索のトップに来るくらいにすると(SEO対策と言えば商業直結ですが、こういう使い方をするのもなかなか面白いのではないかなと)。
こうすることで、完全とは言いませんが、『ネットの長所を利用して』少しはそういった無実なのに報道被害を受けている人を救えるのではないかと思うのですよね。
ただ、無罪となっても残念ながら人の疑いの目は残る場合も有りますので、故に名前をそういう形でも公表したくないという人がいますから、そこが難しいところかなと。あとは、判決は定まったけど、冤罪の疑いが強いという人、すなわち司法において「無罪」と判定されていない人は救えないのもあります(それを紹介すると、有罪を無罪と判断して紹介してしまう危険性も孕むため)。
で、実際にやるかどうかですが、実はひな形だけは実験的に作ってみたのですよね(まあブログ作っただけですが)。ただ、今の私の状態だと手が回らないのと、中途半端に始めたところであまり効果がなさそうなので、保留としてあります。
ただ、このようなものがあったらよいという意見がそれなりにあれば、始めたいなあと思っています。で、そのブログについては目立てば目立つほどよいわけですから、多くの人に協力を願って(たとえば自分のブログにリンクを載せてもらうだけでも、SEO対策となるなど)。
ただ、これは思いつきで書いているだけなので、もっといい案があれば、そしてそれをされる方がいらっしゃるのならそっちのほうがよいかもしれませんが(本当は報道機関の連合がそういうのをやってくれるのが一番良いのでしょうか)。
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ベッコアメ・インターネット等ネット発展期の独立系ISPはどうなったか
- 2009-02-01 (日)
- インターネットの歴史

最近問題が発生したリンククラブは、現在こそレンタルサーバー事業やドメイン管理事業が主だったようですが、かつてはマックユーザー専用のインターネットプロバイダでした。
■参考:リンククラブ被害報告まとめ – リンククラブサービス一覧
今でこそインターネット・サービスプロバイダ(以下ISP)はYahoo!BB、OCN、ODN、@niftyやBIGLOBEといった大会社やその会社と資本関係にあるところ、もしくは通信会社の系列がほとんどを占めるようになってしまいましたが、90年代のインターネット発展期にはまだまだこのような独立系、もしくは出資だけ受けていて独立系に近かったISPというのは非常に数多く存在しました。
では、それらのISPがどうなったのか、それらISPの歴史を追いつつ見てみましょう。
日本のインターネットにおけるISP事業の誕生
国内において、それまで隆盛を誇っていたニフティサーブやPC-VANといったパソコン通信の陰からインターネットの芽生えが始まったのは、1990年代前半。その折、少数のISPが生まれます。
日本最初の商用ISPは1992年設立のAT&T Jens、そしてIIJが日本企業初の商用ISPとしてサービスを開始します。それに続いて、ニフティやPC-VANの運営元であるNECも、ISP事業を開始し、日本におけるインターネットが芽生え始めます。ただ、当時は前述のようにまだまだパソコン通信が主流で、インターネットはコンテンツ的にも少なく、参加者も少ないものでした。
しかし、Windows95が発売、それが後にインターネットへの対応を強化することにより、インターネット普及の土台が生まれ始めます。
独立系ISPの誕生
そしてそのインターネット普及の流れを見越して、大手通信会社やメーカーに属さない独立系のISPというのが1990年代中盤当たりから誕生し始めます。
その先駆けとなったのが、1994年に設立されたベッコアメ・インターネット。
1994年12月に設立されたこの会社は、その後インターネットが普及してくるとメーカー系とは違う存在感で加入者を増やしてゆきます。ちなみに1996年にはユーザーがわいせつ図画公然陳列容疑でそのサーバを持っていたここが国内で初めて強制捜査を受けるということにもなっています。今ではそれだけで強制捜査とは考えられないことですが、当時は全くと言っていいほど前例がなかったのですよね。
そしてWin95が爆発的な広まりを見せ、インターネット普及の土台が出来てくると、メーカー系、独立系問わず多くのISPが誕生してきます。独立系で主なところは上記のベッコアメ・インターネットの他にリムネット、インターネットWIN、ドルフィンインターネット等がありましたね。
当時のISPの宣伝攻勢
余談ですが1990年代後半のISPの宣伝攻勢はすさまじく、正直ウザイくらいでした。パソコンを買えば必ずそのパソコンを販売したメーカー系列のISPでの契約アプリがプリインストールされていましたし(これが初心者の頃だからそのまま入ってしまうのですよね。私もWin95のNEC製からBIGLOBEってのが最初だったし)、パソコン系の店に行けばセットアップCDがついてきたり、パソコン系雑誌には収録CD内にそのセットアップアプリが入っていたり。
ちなみにこれは日本だけではなく、アメリカでも当時隆盛を誇っていたAOLがあまりにもCDを配りまくるので、「CDをAOLに送り返そう」なんてキャンペーンが展開されていたらしいです。
特に多かったのは、Q2サービスを利用していたインターQだったような。どの雑誌の付録CDでも絶対入ってましたしね。
ここまで宣伝攻勢が激しかったのは理由があり、ここで契約を結べば月額使用料として収入が確保されますが、ここで契約が少なければそのまま収益が悪化して潰れてしまうということで必死だったのですよね。しかもこの当時のISP料金は電話代、NTTへの代金含まずで2000円以上というのが一般的であり、且つ従量制によりそれ以上のお金がかかる場合もわりとあったので、かなり一人当たりの収益もよかったことが予想されます。
ちなみにこの宣伝攻勢は2000年を過ぎるとADSLに、そして現在では光回線で同じことが繰り返されているような。正直最近うちに何度もかかってくる光とかケーブル回線のセールス電話がウザイです。
無料ISPの存在
ついでにこの頃のプロバイダには、もうひとつ特徴的なものがありました。それが無料プロバイダ。それは基本接続料を無料にして、ユーザーを獲得するという方法。有名なところではオン・ザ・エッヂに買収される前のライブドアや、プロバイダーZEROなどがありました。
ビジネスモデルとしては、広告による収入や基本接続料以外での収入を見込んでいたようです。
その後どうなったかは、以前書いたこちらをご参照ください。
■劇的なCMで有名になったプロバイダーZEROはどうなったのか – Timesteps
こういうベンチャーが非常に数多く出てきて、「ITバブル」とか「ビットバレー」なんて用語が使われるようになったのでしょうね。
ADSLの普及とISPの淘汰
しかしながら、2000年代に入るとADSLやCATVが急速に普及してきます。これらは通信スピードが速いだけではなく「常時接続」と「定額」がそれまでの電話回線におけるサービスよりもはるかに魅力的だったために(それまでも定額プランというものは一応ありましたが制限が多く高かった)。ADSLへの移行がすさまじい勢いで進みました。それはNTTが普及させようとしてきたISDNを一気に飛び越すくらい。
しかもYahoo!BBの登場あたりから低価格競争が始まり、ISPもそれに晒されてひとりから取れる金が少なくなってゆきます。
すると大手は薄利多売でなんとかなるのですが、小中のプロバイダがそれに負け、どんどん淘汰されてゆきます。
独立系ISPはどうなったか
そして2000年代半ばにさしかかり、ITバブルと言われたものが崩壊した時、それら独立系を含めた中小のISPは再編成の波にさらされます。そして経営統合、事業譲渡のほか、ISP事業を縮小し、ホスティングサービスに転化する企業も多くありました。具体的には以下の通り。
★ベッコアメ・インターネット
2004年4月、営業権をGMOインターネット株式会社に譲渡。
★リムネット
1998年8月 米PSINet社に買収。その後、2001年1月 米Inter.net(インタードットネット)グループの一員になり、社名をインタードットネット株式会社に変更。その後いろいろあって、2004年3月 株式会社イージェーワークス(ピーシーデポコーポレーショングループ)に買収される。
UUCPによる接続サービスを国内で最後まで提供していたが、2007年10月12日に廃止。
★インターキュー
2001年 、グローバルメディアオンライン株式会社(GMO)へ商号変更。現在も存続。そして前述のベッコアメやプロバイダーZEROの事業などを買収している。
★ZZZインターネット
インターキュー同様ダイヤルQ2利用のISP。2001年頃にサービスを終了。現在事実上の倒産。
★ワイワイワイネット
2001年にアクセスプロバイダ事業は撤退。
★Webnic
ビックカメラ系列のISP(ビックカメラに行く度にかなり宣伝していたので今でも名前を覚え出せた)。2000年8月くらいにOCNに移行。
★isao.net
ドリームキャスト登場とともに、ドリキャス用プロバイダとして存在したもの。しかしドリキャス撤退後、PC用ISPに転換。その後DTIに事業譲渡。名前は存続。
■株式会社ISAO : 会社情報 : お知らせ
■Bフレッツ・光ファイバー・ADSLならプロバイダーのisao.net
★カントリーインターネット
以下を参照。
■6年前にも起こっていたプロバイダの突然課金(カントリーインターネット問題) – Timesteps
ほかドルフィンインターネット、アルファインターネットなどは今でも営業しています(ただし後者は民事再生手続中)。
次の淘汰の波は……
こう見ると、結果としてバックに大手の会社がなかったところはなくなっているか、目立たなくなってきていますね。まあ、残念ながらISPってのは価格と速度以外に特色を出しにくいので、どうしても安く安定しているところに行ってしまうでしょう。
現在あるISP以外の様々なインターネットサービスも、そのうち淘汰の波にさらされてしまうものはたくさんあるでしょうね。ちなみにさくらインターネットは頑張ってください。このブログ、さくらのサーバなので。
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