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2009-02
2009/2/25の無罪・不起訴ニュース
- 2009-02-25 (水)
- 無罪・不起訴ニュース

◆白バイ事故でバス運転手を再び不起訴
この「不起訴」は普段扱っているものとニュアンスが違うのですが、こういう例もあるということで。
※高知白バイ衝突死事故 – Wikipedia
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ほっかほっか亭分裂騒動はその後どうなったか
- 2009-02-22 (日)
- ニュースのそれから

私が子供の頃「サンチェーン」というロゴが黄色と赤のコンビニがありました。しかし、ある時その店舗が一斉に「ローソン」へと変わったのです。これはその前にすでにサンチェーンと会社を合併していたローソンが、経営方針の変更で統合したためにこうなったのですが。
さて、このようにいきなり全国のチェーン店が屋号を変えてしまうという減少はまれに見られます。多くは統合などによるものですが、最近あった例は珍しいもの。それは「ほっかほっか亭」のいくらかの店舗がいきなり「ほっともっと」に変わったこと。
ほっかほっか亭を形成していた複数の会社
まず、こうなった経緯から見て見ましょう。
全国にチェーン展開をする「ほっかほっか亭」は、実はひとつの会社が運営するものではなく、株式会社ほっかほっか亭総本部がフランチャイズ展開を行い、それをうけて各地で会社が店舗を展開するという感じでした。その主なフランチャイズは東日本・九州地方・山口県で展開している株式会社プレナスと、西日本で展開している株式会社ハークスレイでした。
これにも歴史があり、草加市で開業したほっかほっか亭がダイエーの支援を得て全国展開し、1985年1月に東部・関西・九州の3地域本部制になった時から、各本部が買収や合併を繰り返して、そのような会社になった模様です。
この頃は東部=株式会社ほっかほっか亭(ダイエーが支援)、九州=株式会社プレナス、関西=株式会社ハースクレイという感じだったようです。
持ち株の変動
ダイエーは90年代末、経営危機に陥ります。その際、この当時は九州で運営していたプレナスが、東部で運営をしていた株式会社ほっかほっか亭の株式をダイエーから買収し子会社化して、前述の通り東日本でも活動するようになります。その後プレナスは、株式会社ほっかほっか亭総本部の株式44%も取得し、創業者に次ぐ第2位の株主になりました。
ここで間違えやすいので解説し直しますが、株式会社ほっかほっか亭と株式会社ほっかほっか亭総本部は別会社で、株式会社ほっかほっか亭総本部は統括、株式会社ほっかほっか亭はフランチャイズのひとつです。つまり、『株式会社ほっかほっか亭総本部』とフランチャイズ契約を結んで全国で展開していたのが『株式会社ほっかほっか亭』『株式会社プレナス』『株式会社ハースクレイ』となるわけです(あと若干の会社あり)。
そして2004年3月 、プレナスが株式会社ほっかほっか亭を吸収合併します。つまり、株式会社プレナスが九州、東北地区で運営する最大のフランチャイズ且つ総本部の2位の株主となっていたとのこと。
フランチャイズ同士の争い
しかし、2006年6月、 株式会社ハークスレイが総本部の株式54.17%を、創業者から取得して子会社化。つまりフランチャイズ会社が総本部の親会社となる変わった現象が起きます。
ここから2社の争いが始まります。2006年12月19日 、株式会社プレナスが「ほっかほっか亭」の商標権はプレナスにあるとして、株式会社ほっかほっか亭総本部を相手取り、商標権使用料として9519万円の支払いを求め、東京地裁に損害賠償請求訴訟を起こします。
また総本部(ハースクレイが親会社)は、2007年5月29日に8月末で契約期間が満了する静岡県における地区本部の契約について、11月26日には2008年2月末で契約期間が満了する宮城県、山形県、福島県、群馬県、埼玉県における地区本部の契約を更新しない旨をプレナスに通知。
その後、2007年10月16日 、プレナスの東京オフィス内で行われているワゴン販売の中止を求めて、ほっかほっか亭総本部が東京地裁に提訴します。
プレナス独立して「ほっともっと」へ
このように対立が激しくなったことからプレナスは、2008年2月6日に5月14日をもって解約する旨を総本部に通知。そして最初に書いたように、5月15日よりほっともっととしての店舗運営を開始することになるのです。
これに対して総本部は同日、プレナスによる持ち帰り弁当事業、各店舗への新ブランドへの勧誘、契約が更新されていない地区での「ほっかほっか亭」の商標使用の3つを禁止する仮処分の申立てを東京地裁に対して行いましたが、3月28日に申立てを却下する決定がなされたとのこと。また6月9日に、東京高裁が総本部の抗告を棄却する決定をして、申立棄却が確定したようです。
■asahi.com:離脱2000店が15日新チェーン ほっかほっか亭分裂 – 食
その移転の際、ほっかほっか亭の九州・山口・東日本地区、つまりプレナスの担当地域だった場所2,294店舗のうち2,078店舗がほっともっとに転換したとのこと。
ちなみに2008年の2月くらいから関東地方では「ほっかほっか亭」のCMは流れていたものの、最後に「byプレナス」という一言がつくようになっていました。そして5月中旬以降は、「ほっともっと」としてのCMが流れるようになっていましたね。
さらに続く訴訟
その後総本部は総本部との契約を解約して、ほっともっとに加盟することにした茨城地区本部のサンコー株式会社に対し、類似営業の禁止を求めた仮処分を申し立て。この申し立てに対し、10月31日までは、茨城県内においてほっかほっか亭以外の持ち帰り弁当事業をしてはならない、との申立て認容の決定が下されました。その期間は加盟店舗が一時的にプレナスと契約を結び、11月以降はサンコーと結び直してほっともっとを経営しているとのこと。
その後2008年12月16日 、ほっかほっか亭総本部はプレナスに対して、フランチャイズ契約のチェーン離脱後の競業を禁ずる条項に反するとして、約100億円の損害賠償請求訴訟を提起をしたとのこと(係争中)。
■NIKKEI NET(日経ネット):ほっかほっか亭総本部、プレナスを提訴 100億円賠償請求
未出店地域への進出と競合
そしてその後、ほっともっとは今まで出店していなかった関西地区などへの出店を開始。そして、ほっかほっか亭も他県への進出を開始します。その結果、ほっかほっか亭の地域にほっともっとが展開され、その逆も起こります。聞く話、隣り合って店舗がある場所もわりと存在するようです。なんだか一昔前のコンビニと同じような様相を示しているような。
余談ですが、ほっかほっか亭時代には1991年 にも長崎と宮崎の地区本部がウィズン として、愛知・岐阜の地区本部がベントマンとして独立したとのこと。その折に、ほっかほっか亭も対抗する形で再進出したということです。歴史は繰り返す。
裁判の結果と経過
さて、前述の裁判の結果ですが、まず商標問題についてはプレナスに商標権があるが総本部に無償での独占的な商標使用権があることを認めたとのこと。これをふまえ、プレナスは商標権の無償の独占的使用権に係る使用権設定の合意を3ヶ月後に解約する旨を通知。これも係争中。全面解決にはまだ時間がかりそうです。ちなみにほっかほっか亭総本部の株式44%は、まだプレナスが所有している模様。
余談ですが、「www.hokkahokkatei.com」のドメインはプレナスが取得しているようで、ほっともっとのHPにリダイレクトされます
■参考:ほっかほっか亭 – Wikipedia
■参考:プレナス – Wikipedia
■参考:ほっともっと – Wikipedia
美味しい弁当を……
まあ、いろいろあるみたいですが、ともかく味で勝負して欲しいところですね。つか私の住んでいる町は、数年前にほっかほっか亭が潰れてしまったために、どっちもありません。なのでどちらでもいいから来てくれと。できれば深夜まで開いている店。コンビニ弁当だと飽きるんだよね……
つか、腹減ったので弁当買ってきますか。コンビニの。
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銀塩カメラ規格「APS」はその後どうなったか
- 2009-02-18 (水)
- ニュースのそれから

1990年代後半に生まれたカメラ新規格、アドバンストフォトシステム
今ではすっかりデジタルカメラ&携帯カメラが普及したために、存在感がなくなってしまった銀塩カメラ、すなわちフィルムを使うカメラですが、90年代前半まではまさにこれが主流でした。でもこの先、あのフィルムをカメラにセットしたことがない世代ってのも出てくるんだろうなあ……
それはともかく、ひとくちに銀塩カメラといっても、実はかなりいろいろな規格がありました。それを個人用途から業務用まで全部語るととんでもない数になるので、以下をご参照ください。
■カメラ – Wikipedia
■参考:写真フィルム – Wikipedia
さて、その中には「APS(アドバンストフォトシステム)」というものがありました。ただ、これは名前はともかく、実機を持っている、そして詳しく知っている人はかなり少ないのではないでしょうか。今なら尚更。
これは、富士フイルム、イーストマンコダック、キヤノン、ミノルタ、ニコンによって共同で開発された写真システムであり、1996年4月に販売が開始されました。すなわち、当時では新規格のカメラだったわけですね。
特徴は、画像と別に磁気での情報保存が出来るシステムが搭載されている点。それにより、日付・時間、プリントサイズ・枚数指定、コメントなどを記録しておけたのです。
その他利点としては、それまでのカメラより小型化が出来るという点や、それにフィルムの装填が容易で、且つ途中でのフィルム取り出しが可能で失敗が少なくなる点がありました。また、フィルムカードリッジが使用か未使用、もしくは現像済みかどうかまでわかるしくみとなっていました。
しかしその反面、現像に出してもそれまでのようにネガシートで返っては来ず、インデックスシート(今でもデジカメを現像に出すともらえるサムネイルシートみたいなもの)とそのファイルムカードリッジが返ってくるという仕組みであったため、カードリッジは邪魔、インデックスシートはなくしやすいと、既存のネガ管理に慣れてしまった人から不満が出てしまうという欠点もあったようです。
何故APSは生まれたのか
さて、この規格、当時、「また新規格を作って買わせることでボッタくろうって腹か」みたいな声もありました。つまり、フィルムの企画を変えることでこちらに移行し、カメラを強制的に買い替えさせようとしているとユーザーに思わせてしまったようなのですよね。まあ今でいうところの地デジとかで受ける印象に似たようなものでしょうか。故に、正直売り上げはあまり上がらなかったようです。
ただ、どうやらこの規格を制定したのは、それだけが目的ではなかったようです。前述のようにフィルムの装填ミスを少なくすること、それにプリント時の利便性を高める目的もあったようです。それは、当時デジタルカメラが販売され始め、さらにそのデジタルカメラの普及に欠かせないパソコンも、Windows95の人気から急速に普及し始めていた時期であり、そのシェアを奪われないとするための銀塩カメラ有力メーカーの対策だったとも言えるでしょう。
APSは今どうなっているのか
しかしながら、パソコン同様あまりにも早いデジタルカメラの普及は、APSが普及する普及しない以前に圧倒的なシェアを占めてゆき、現在ではご存じの方も多いように、かなりのシェアがデジタルカメラのものとなってしまいました。
結局カメラ2002年時点でコダック、ニコン、コニカミノルタらがAPSカメラの製造・販売から撤退。現在は全く売られていないようです。ただフィルムは富士写真フイルムがNexia(ネガカラー、ISO400、25EXと40EX)を、コダックがAdvantix(ネガカラー、ISO200と400、それぞれ25EX)を生産しているとのこと。
レンズ付きフィルムについては、「写ルンですMini」の一部に高感度タイプを内蔵する製品が発売されているとのこと。それにより、使い捨てカメラでも、日付つきのものがあるなど、技術は一部で生かされているようです。
また、前述のようにサムネイルのついたインデックスプリントは、現在もついてくるようになっています。
■参考:フィルムの形態でAPSと言うのがありましたがあれはいったいなんだったのでしょうか… – Yahoo!知恵袋
新規格への移行は難しい
新規格への移行というのは、確かに買い替え需要を起こすチャンスではありますが、反面、その移行は需要を読まないとかなり難しいとも言えます。この前撤退が発表されたHD-DVDしかり。
さて、次はその製品でどんな規格が出てきて、そしてどんな経路を辿るのでしょうか。
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今日の分はお休みさせていただきます
- 2009-02-15 (日)
- 日記・雑文

すみません。仕事で多忙なもので、水曜分を休ませていただきましたが、今日の分(日曜分)も休ませていただきます。
出来れば18日の水曜からは復帰したいなと。
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音ゲー訴訟はあれからどうなったのか
- 2009-02-08 (日)
- ニュースのそれから

このようなエントリーが。
■れとろげーむまにあ: 20世紀ゲーム業界の提訟事件を調べてみた
これは1999年までの訴訟ですが、ゲーム業界にはこのようなものはいくらでも起きています。主なところでは『ティアリングサーガ』裁判なんてのがありますね。これはゲームというものがそのまま知的財産を売り出すことで商売が成り立つため、どのメーカーもその管理に対してはかなり慎重な為でしょう。昔はかなりそのへんが曖昧だったのですが、近年その意識は高くなっているという感じ。これもゲーム産業が非常に大きくなったというのがあるでしょう。
で、今日のエントリーもそのひとつ、音ゲー裁判について。
1990年後半、音ゲーの流行
ゲームセンターは1990年初頭で『ストリートファイターII』など2D対戦格闘ゲームの人気が爆発し、そのまま勢いを90年代中盤の『バーチャファイター』『鉄拳』シリーズなどの3D格闘に引き継ぎます。しかし1997年あたりになるとその人気にも陰りが見え始めます。そんな折、登場したのがコナミの『ビートマニア』。これは流れてくる符号に合わせてボタンを押したりターンテーブルを回したりして楽しむ音ゲーと呼ばれるもの。わかりやすいながら難易度が高くなるにつれてテクニックを要する音楽、バリエーションに溢れ、良質ものが揃った音楽などもあり、下降気味だったゲーセンの熱を盛り上げるものとなります。その後続編の『DXII』、『ダンスダンスレボリューション』『ドラムマニア』『ギターフリークス』『キーボードマニア』など、いわゆる音ゲーのジャンルを大成させる最初の1歩となります。
さて、ゲームではヒットが生まれると似たようなゲームが生まれるのはほぼ当たり前の現象とされてきました。それはマリオが出た後にファミコンでは横スクロールタイプアクションが溢れたりとか、ドラクエの後にRPGが溢れたりとか。で、この音ゲーの場合にもそれはあり、ジャレコから「VJ」という音ゲーが発売されました。もちろんまるまる同じ、というのではなく、このVJ独自の操作性もありましたので、個人的には同じジャンルのゲームがやっぱり出てきたな、という印象でした。
しかし、当時からゲーセンというのはメーカー直営の店舗が多く、コナミのライバル企業の直営となる店舗はビートマニアシリーズを仕入れず、こちらを仕入れているケースもわりとあったようです。
コナミ、ジャレコの音ゲー対して訴訟
そんな折、1999年6月7日、コナミはジャレコに対して「ビートマニア」に関する特許に基づき「VJ」の製造・販売差止めの仮処分申請を行います。ちなみにこの当時、コナミはかなり商標登録など法的処置を固めていて、著作権違反に対する訴訟も起こしていましたのでゲーマー的には「ああ、来るかもと思ってたけど来たか」という感じがありました。
これに対してジャレコは6月21日、コナミに対して無効審判を請求します。しかし、ここから予期できない展開となってゆきます。
コナミ、ナムコに対しても訴訟
1999年7月23日、コナミはジャレコ分の廃棄を確認したとして申請を取り下げました。しかしここで、同じくゲームメーカーで、「キャロット」などゲームセンターも経営しているナムコに対して、ゲームセンター等に設置されているVJの撤去を東京地裁に申請します。
するとここから事が複雑になってゆきます。
お互いの保有する権利での訴訟合戦
まず1999年8月6日、ジャレコが「早押クイズ王座決定戦」に関する実用新案に基いて、「クイズドレミファグランプリ」の製造・販売差止めの仮処分申請します。ちなみにコナミが1994年に発売され、その当時にはとっくに販売は停止していましたので、目的は前の仮処分申請に対する対抗訴訟だと噂されます。
そして8月10日、今度はコナミがナムコから発売されていたギター型音楽ゲーム「ギタージャム」の製造・販売差止めの仮処分申請を求めます。
さらに8月19日、コナミはジャレコに対して「ロックントレッド」の製造・販売差止めの仮処分申請を行います。
つまりこの時点で、コナミVSナムコ&ジャレコという構図が出来ていたと見えます。
■参考:身近な特許訴訟
しかしまだ終わりませんでした。1999年10月27日、ナムコがPS用リッジレーサなどにおけるミニゲーム特許に基づき、コナミに対してPS用「実況パワフルプロ野球’99 開幕版」の製造・販売差止めの仮処分申請を求めます。
ちなみに、これらの特許の概要についてはこちらに。
■ゲーム特許
また、当時の記事がありまして、両者の意見が載せられていますのでご参考に。
■コナミ対ナムコ・ジャレコ、特許めぐり「果てなき闘争」 – ニュース – nikkei BPnet
取り下げ、そして和解へ
しかし、11月10日、コナミが、「VJ」に関してナムコに対する仮処分申請を取下げ ます。
その後2000年7月3日にはコナミとナムコが和解 、12月18日にはコナミとジャレコが和解し、裁判は終結しました。
ちなみに2000年3月4日にはそれから数年間据置機のトップハードとなるPS2が発売されておりますが、その際のロンチタイトル(発売と同時に出たソフト)には、コナミの『ドラムマニア』(箱がでかかったなあ……)と、ジャレコの『ステッピングセレクション』の両方の音ゲーがありました。
あと、ジャレコは2000年の和解時には、経営譲渡によってパシフィック・センチュリー・サイバーワークス・ジャパンとなっていました(その後ジャレコに社名を戻し、最近また譲渡されました)。
あと、これは余談になりますが、最近韓国の音ゲーEZ2DJに対してコナミが特許侵害の訴訟を起こし、勝訴しています。
■音楽シミュレーションゲーム機「EZ2DJ」に対する特許侵害訴訟について ~ コナミ株式会社
そして今は多種多様な音ゲーが
あれから9年、音ゲーのブームもさすがに当時ほどではありませんが、今でもいろいろな音ゲーと呼ばれるものが各社から出ています。それはビートマニアタイプのもの以外でも。たとえばナムコからは『太鼓の達人』シリーズが人気を博していますし、コナミからも新しく『jubeat』という音ゲーが出ていたりします。
これから先もいろいろなものが出てきて、訴訟も起きるでしょうが、結果的にゲームの発展に良い方向に向かえばよいなとユーザーとしては思います。
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2009/2/6の無罪・不起訴ニュース
- 2009-02-06 (金)
- 無罪・不起訴ニュース

■亀岡の交通事故:ひき逃げは無罪 過失傷害は有罪--地裁判決
■強制わいせつで逮捕の2人不起訴=嫌疑不十分で-さいたま地検
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