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2008-11

一澤帆布vs一澤信三郎帆布問題はそれからどうなったか

 数年前、ネット(特に2ちゃんねるのニュース系板)で盛り上がっていた話題があります。それは京都の帆布製品の老舗、一澤帆布問題。しばらく忘れていたのですが、最近新しいニュースが出てきたので、今日はそれを書いていこうと思います。

京都の老舗、一澤帆布と相続問題

 一澤帆布とは、前述の通り京都の老舗帆布屋です。もともとは職人用のかばんとして作られ、販売されたものだったのですが、その質は高く、近年では一種のブランド品的な扱いも受けていました。しかし、2001年3月15日に、仙台の一澤信夫氏が亡くなった後、相続問題で一悶着が起き、裁判になってしまいます。まあこれなら良くある話なのですが、ネット上でこの問題がクローズアップされたのには理由があります。それは「遺言状」の問題。

 まず先に、故人には長男の信太郎氏、三男の信三郎氏、四男の喜久夫氏の3人の息子がいました(次男は故人)。そして長男は銀行勤務、四男は退社済みで、三男の信三郎氏が代表取締役を務めておりました。そこから話が始まります。

 先代は顧問弁護士に遺言書を残しており、それの中身は会社の保有株67%を三男夫妻に、33%を四男に、銀行預金のほとんど等を長男に相続させるというものでした。これの場合、株の2/3を握る三男が店を相続する形となります。

二つの遺言状

 しかしここで、長男が生前に預かったと言われる遺言書を提出しました。

 遺言書が2通ある場合、民法の規定であとに書かれたものが優先しますが、これは前のものより後の日付でした。これが。そして内容は、株式80%を長男に、20%を四男に相続させるというもの。こうなると長男と四男で、会社のほぼ2/3の株を取得します。
 ただ、この遺言書に三男は疑問を持ちました。自分の相続に対して触れられていないのはもちろんですが、最初の遺言書が実印なのに対して、ふたつめは「一澤」ではなく「一沢」になっていること(先代はこの「一沢」と表記されるのが嫌いだったらしい)、さらに遺言書は、日付の日には先代は文字を書くのも困難だったにもかかわらず、ボールペンで書かれていたことです。
 よって、これを偽造したものとして、三男は無効を求め提訴します。

 しかし、この裁判は最高裁まで行った結果、「無効と言える十分な証拠がない」として認められずに2004年12月に三男側の敗訴が確定しました。そして長男側は三男を解雇します。

 ■参考:一澤帆布工業 – Wikipedia

一澤帆布からの職人離脱と一澤信三郎帆布設立

 しかし、最高裁の決定前に三男は「一澤帆布加工所」という別会社を設立しました。その時社員は全員その会社に移り、「一澤帆布工業」(店の会社)から店舗と工場を賃借する形で製造を継続していたということ。
 そして2006年3月1日に、強制執行により取締役を解任された三男は、「一澤帆布工業」、すなわち店舗及び工場の明け渡しを求められます。しかしながらこの時、「一澤帆布加工所」に転籍していた社員全員も長年現場の責任者だった三男に従い同時に退去。その結果、製造する人員が一澤帆布に全く残らない結果となり、数日後、店を休業します(なんだか出版社のお家騒動と似てますね……)。

 その後、「一澤帆布加工所」は工場と店舗を確保し、販売会社として「一澤信三郎帆布」を設立し、新しく店舗を設立。そして新ブランドとして営業を開始します。従来の原料の仕入れ先も一澤信三郎帆布に卸を続けました。

 この時言われていたのは、京都で場所を確保するのは並大抵のことではない。それで確保したということは、京都の人が三男側の味方についたということ。ソースはないのであくまで噂になりますが、京都の町では昔からの寺社が影響力を持ち、裁判中もその仲介に回ったが、長男側が蹴った結果、京の町を昔からの三男側につかせてしまったという話。

 そのうち一澤帆布側も職人及び新しい仕入れ先を確保し営業を再開。そのまま2店ともに営業を行ってきました。

一澤帆布問題はそれからどうなったのか

 しかし最近、新しい動きがありました。それはこちら。

 ■asahi.com(朝日新聞社):「一澤帆布」遺言訴訟、前社長側が逆転勝訴 大阪高裁 – 社会

 なんと、遺言状について新しく裁判が起こされていたので。それは三男の妻が長男を相手に、遺言書の無効確認などを求めていたというもの。そして地裁では棄却されましたが、先日の高裁判決は、、「重要な文書なのに認め印が使われるなど極めて不自然。真正な遺言書とは認められない」と、遺言書無効の判決となりました。その結果、株式の相続が1枚目のものに戻るため、株を取得したこと、それにより議決権を得て三男を解任したことも無効となります。ただ、上告の意思があるようなので、まだ続きますが。

ふたつの異なる判決は矛盾しないのか

 さて、この判例には考察に値することがいろいろ存在します(以下、私は法の専門家ではないので細かい部分であやしいろところがあるかもという前提で読んでください)。まず何故三男の妻が訴えたか。それは一事不再理の原則により、一度判決が出たものは同じ案件では訴訟をすることが出来ません。しかし、一事不再理の効力は当事者、つまり三男にのみ及ぶため、もうひとりの相続人である(「夫妻で相続」なので)妻が訴えたという形でしょう。

 さらに、同じく遺言状の有効性を争った前判決とこの高裁の判決は矛盾しているようですが、何でこんなことが起こるのか。実はこれは法律的には矛盾してません。最初の裁判で争点となったのはその遺言状が「本物」か「偽物」かということ。極論、その内容は無視されるのです。で、これは偽物と認定する証拠はないとされ、三男側の敗訴となってしまいます。しかし今回の判決はそれが「有効」か「無効」かというのが争点となっています。その結果、「不自然な点がある」ということで「無効」という判決が下されたのです。
 つまり、「本物」か「偽物」かは、先代が書いたかどうかで争われますが、今回はその争点ではなく、たとえ先代が書いたとしても「有効」か「無効」かというのを争点にして争われたということ。その結果無効になったということでしょう。その結果、論理的には矛盾のように見えても、法律的には整合がとれているということになっているようです。

 ■参考:【訴訟】京都老舗鞄会社「一澤帆布」相続問題訴訟、「遺言状は無効、前社長解任の取締役会決議も取消」で信三郎氏側が逆転勝訴 大阪高裁

 しかし、前述の会社移転なども含めて、これほどまでに法律的に興味深い事例が揃っているのはあまりないかも。

客はいい商品が手に入るのが一番よいわけで

 最高裁の結果も出ていないので、これからどうなるかはわかりません。統一されるのか、それともどちらかがなくなるのかも。ともあれ、製品に影響が出ないように、無事解決して欲しいなと思う次第です。

ジンバブエのハイパーインフレに変化の兆し?

うちがジンバブエブログになりかけている件

 いきなりですが、このブログの検索キーワードランキング。

 最近、圧倒的な勢いでジンバブエが追い上げてきて、関連フレーズ含め1日20アクセスくらいになっていたために、トップになってしまいました。一時期は「ジンバブエ」でぐぐると8位くらいになっていたみたいです(今は少し下がった)。みんなこの話題好きなのかなあ……

 で、そのジンバブエですが、ちょっと気になる動きがありました。

ハイパーインフレ収束の動き?

Zimbabwe Inflation

 見る限り、相変わらずのインフレで、今月14日の時点で年間インフレ率89,700,000,000,000,000,000,000%、わかりやすく書くと、897垓%。このまま行くと、次の単位「杼(じょ)」が見えてくる、と思った方も多いでしょう。

 しかしながら、ここ数日の市場を見てみると、なんか様子が変です。

OMIR

 ここの本日の値を見ると、1ドル=1.4京ジンバブエドル。しかし年間インフレ率は4.79sextillion%、sextillionは10の21乗(すなわち10垓)ですから、47垓%とちょっと下がっているのですよね。リンク先のグラフを見ても、今年一番の下がり具合を示していますし(一時期は1ドル=4京ジンバブエドルまでいっていたようです)。
 ここまで自然に膨れあがったので、自然にインフレが収まるのは不可能です。となると、ジンバブエドルに関して何かが起こったと思われます。あちこち調べてみると、このような書き込みが。

142 名前:七つの海の名無しさん[] 投稿日:2008/11/24(月) 18:33:36 ID:SRtUAP8m
2008年11月18日午前 661,229,327,046,568,000
2008年11月18日午後 447,591,739,042,251,000
2008年11月19日    439,481,070,796,885,000
2008年11月20日.     12,617,983,349,233,500
2008年11月21日.     13,108,221,476,510,000
2008年11月24日.     14,041,768,645,011,400 ←NEW 先週金曜日に比べて7%のインフレ

143 名前:七つの海の名無しさん[] 投稿日:2008/11/25(火) 18:52:49 ID:gJX8oGMi
2008年11月18日午前 661,229,327,046,568,000
2008年11月18日午後 447,591,739,042,251,000
2008年11月19日    439,481,070,796,885,000
2008年11月20日.     12,617,983,349,233,500
2008年11月21日.     13,108,221,476,510,000
2008年11月24日.     14,041,768,645,011,400
2008年11月25日.     12,987,485,259,204,200 ←NEW 昨日に比べて8%のデフレ

なにやら重要通知が 正確な内容はメールでお知らせするとか何とか
http://zimbabweanequities.com/
機械翻訳版
http://translate.google.co.jp/translate?hl=ja&sl=en&u=http://zimbabweanequities.com/&sa=X&oi=translate&resnum=1&ct=result&prev=/search%3Fq%3Dhttp://zimbabweanequities.com/%26hl%3Dja%26lr%3D%26sa%3DG

144 名前:七つの海の名無しさん[] 投稿日:2008/11/25(火) 21:13:20 ID:y64ETmK2
1000兆単位の動きが小さく見えるなんて、どんな通貨なんだ・・・

145 名前:七つの海の名無しさん[sage] 投稿日:2008/11/25(火) 23:59:19 ID:daqheeGt
>>143
ナニがオキタんだ?
ムガベ氏ンタ??

【ジンバブエ】兆を超えて「京」へ、1ドルが2京ジンバブエ・ドルを突破 [11/11]
http://gimpo.2ch.net/test/read.cgi/news5plus/1226378343/
より

 どうも何か動きがあったような感じ。何が起きたかはさっぱりわかりませんが、それがこのままインフレが収まる要因となるのでしょうか。注目したいと思います。

 ■参考:時事ドットコム:指定記事

ホワイトバンドはあれからどうなったのか

 「ホワイトバンド」というものを覚えておいででしょうか。一時期話題になったもので、触れ込みは『世界中で白いリストバンドを付けて「貧困を世界の優先課題に」と訴える意思表示をする』というもの。しかし、この触れ込みより、背景の不透明さがネットで話題となりました。
 その後については調べてはいたものの、全然動きがなかったので保留していたのですが、先日それに関してのニュースがあったので、今日はそれで。

ホワイトバンドって何?

 では、最初に「ホワイトバンド」なるものの説明から。これは日本独自のものではなく、世界各地で貧困をなくすべきキャンペーンとして、「お金ではなく、あなたの声をください。その声をあらわすホワイトバンドを身につけてください。」という共通テーマに基づき行われていた運動です。その運動が日本に来た、ということです。
 これを持ち込んだのは、マネジメント会社株式会社サニーサイドアップ。そして、「特定非営利活動法人ほっとけない 世界のまずしさ」が中心となり、NGOのメンバーによって組織された『「ほっとけない 世界のまずしさキャンペーン」実行委員会』が中心となってこの運動が行われ、2005年ごろには、各地でこのホワイトバンドが販売されるようになります。

日本版ホワイトバンドへの批判

 しかし、日本におけるその運動には、主にネット上において数々の問題点が指摘されました。
 ひとつは、広報の方法が芸能人などを使うファッション的なものになってしまったこと。もっともこれらの慈善活動では著名人が携わることが珍しいことではありませんが、偶然か意図してのものか、それが前面に出てしまいすぎ、本来の運動の意義が流行性に押しつぶされ「貧困をダシにしているのではないか」と思わされた人がいたようです。さらに、この運動のためにリストバンドが1個300円で発売されたのですが、本来キャンペーンではそのもの自体が重要ではなく、白い布などでもよかったのですが、それ自体がファッションとして扱われた面もあり、それに嫌悪感を抱く人も存在しました(これも偶然か意図してのものかはわかりませんが)。
 そして、一番問題視されたのは、そのホワイトバンドの収益はすべて製造費や活動費で、募金として使われないため、貧困をしている人のもとに届かずないこと。おまけに製造が貧困国で行われていなかったこともあります。さらに、その活動費が流れる団体の活動が不明瞭だったこともあり、ネット上では「募金詐欺の類ではないか」との噂が流れ、反発が強まります。
 
 ■参考:ホワイトバンドプロジェクト – Wikipedia

ホワイトバンド活動終了

 そのホワイトバンドですが、2006年以降には殆ど話題にはならなくなってしまいました。一応団体としては活動していたようです。しかし、10月末解散するとの発表がなされました。

特定非営利活動法人:ほっとけない 世界のまずしさ | Global Call to Action against Poverty

■参考:ホワイトバンド終了のお知らせ – 関心空間
■参考:ニセモノの良心 : 「ほっとけない世界のまずしさ」を放り出した「ほっとけない世界のまずしさ」

 これで、日本版ホワイトバンド運動は終了することになるでしょう。

日本版ホワイトバンド運動のミス

 さて、この運動は何だったのか。ネットでよく言われるように、貧困をダシにしての商業活動だったのか。あまりはっきりとは言えませんが、個人的には本当に商業活動をするなら、流行に任せてバンドの単価を500~900円くらいに上げていたでしょうし、ネットで言われるほどとは……とも思われます。それに非難を交わそうと思えば、そのうち半額を募金に回すと宣言すれば幾分和らいだはずです(さらにその募金先は、中抜きをする団体を通すと)。
 ただ、意図はどうあれ、手法として失敗したのではないかと。それは最初にブームに乗せるような形にしてしまったこと。この手法は一時的に盛り上がるのはいいのですが、このように次に繋げなければいけない(貧困を考える)時には、もっと啓蒙活動をしなければいけません。しかし行われたアピール方法ではファッション性ばかりが強くなってしまい、貧困に対しての説明が浅すぎたのではないかと。実際、ホワイトバンドをつけていた人のうち、その貧困の実態を一部でも知った人はどのくらいいるのでしょうか。ましてや行動に移した人は。
 さらにそういうものでブームを起こしてしまった場合、ブームが終わったら離れてゆく人が多いのですから。ホワイトバンドにしても、本当に貧困を考えるのでしたら、細く長く活動してゆき、少しずつその問題意識を根付かせるべきだったのではないでしょうか(実際に地味ながらそうやって活動している団体もあるでしょう)。日本の災害援助にも言えることですが、募金は短い期間に多く集まりがちですが、本当はそれよりもどれだけ長くそれを忘れないで、援助が出来るかのほうが大切なのではないでしょうか。残念ながら日本版ホワイトバンド運動は、それと真逆になってしまった感はあります。
 ただ、それであっても貧困に対して行動したという面においては、何もしなかったよりはその意図は評価はすべきかもしれません。だけどそれ以上に、このように目だたなくても、貧困のために日本なり現地なりで力を尽くしている人もいることも同時に思い出すべきでしょう。

NGO・NPO不信

 あと、この問題の根本的なところには、今の日本の若年層(特にネットユーザー)には「非営利団体不信」のようなものがあるように思えます。それは近年、NPO、NGOを使った、もしくは名を語った詐欺などの違法行為や、そこまでいかなくても営利活動につながる行為が指摘されているためです。『クロサギ』にも、それを扱った話がありましたね。

 ■政治ニュースコラム>NPO/NGO団体の詐欺:行政書士試験に出る判例

 クロサギ 15―戦慄の詐欺サスペンス (15) (ヤングサンデーコミックス)

 ホワイトバンドの件は、この不信の被害者でもあるかもしれませんし、加害者かもしれません。
 いずれにせよ、これからのこういった活動は、すべてをちゃんと透明化しないと、まともな意思を持つ人たちの活動までもが阻害されてしまうことになりかねないでしょうか。

尾鷲総合病院の産婦人科医問題はそれからどうなったか

阪南市立病院の医師辞職問題

 最近、話題になっているニュースがあります。

 ■阪南市立病院、医師8人が辞表提出 新市長就任日に – MSN産経ニュース

 記事を見ると、阪南市の阪南市立病院では、医師の大量退職で昨年7月に内科が休診したため、前の市長が歩合給を導入して医師の平均年収を約2000万円に引き上げ医師確保を進めて債権に乗り出していたものの、10月の市長選で現職を破り初当選した福山市長が、歩合給の見直し検討などに言及していたため、その不信がこの大量離脱に繋がっているようです。このままでは医師不足で再び閉鎖せざるを得なくなるため、問題となっているということ。ただ、医師が銭目的でこういったことをしているというだけの味方は危険で、信用問題や環境(立場も含め)をはじめとする複雑な事情が医師側にもあるようです。もちろん自治体側にも、財政的な事情があるのでしょうが。
 ただ、医院が閉鎖となると、医療サービス的な問題や医療収益がなくなることはもちろん、そこで雇われている人の問題、そして閉鎖に伴う費用の問題(職員への退職金の支給など)で、輪をかけてとんでもないことになる可能性があります。

 追記:もう一件似たようなニュースがありました。

 ■大和市立病院:来春、産科医1人退職で分娩休止へ 新規予約、既に休止 /神奈川 – 毎日jp(毎日新聞)

 さて、このニュースを見た方は、デジャ・ヴを感じた人もいらっしゃるのではないでしょうか。というのは、似たような事件が過去にもあったからです。それは2006年に起きた尾鷲総合病院の産科医問題。

産科医の辞任とその原因と思われるもの

 これはある三重県にある尾鷲総合病院において、2006年10月、産婦人科閉鎖の危機が報道されます。それはそこに勤務していた唯一の産婦人科医が辞職をしたため。その産婦人科は一度休止していたようなのですが、その医師を招聘することで再開。しかし2006年9月に辞職することになってしまいました。これにより、市民、特に妊婦の間にも動揺が走りました。
 さて、医師が辞職した原因は何か。それはこの医師に対する報酬に関連する問題があるようです。とはいってもその報酬が低すぎて折り合わなかったというのではなく(実際それまでは勤務していたのですし)、その費用において議会でとある発言があったため、と言われています。
 この問題については以下のページにまとまっています。

 ■「三千万なら大学病院の助教授が来る。報酬高すぎ」 産科医消滅の危機、実は中傷が原因…三重・尾鷲

 そこからのニュース
 ■伊勢新聞 Webニュース

 どうも一部議員が「市長が提示した4800万円は他の医師の3倍以上でむちゃくちゃな額だ。 3千万円で公募すれば大学の助教授クラスが飛んで来るという話もある。 風聞として産婦人科医師の開業時の話がいろいろ入ってくる。話しにならない高額だ」などと強く指摘する発言があり、それにより「残る気持ちをなくした」というのが原因だそうです。

 ■後任医師の可能性示唆~市長 「産婦人科中旬めどに」~

 ちなみに産科医は激務で、深夜に産気づいた患者が運び込まれた時には寝ていても対応しなければいけないため(さらに母子の生命に関わる重大な医療を行う)、複数の交代制でないと医師に負担がかかりますが、この病院ではこの医師が1人で担当していたようです。その理由はもちろん、産科医が確保できなかったからですね。あと、悲しいのがこれ。

 ■尾鷲総合病院 産科医師「退職の儀式はなく、本人からもあいさつもなく、病院を後にした」|勤務医 開業つれづれ日記

 あくまで個人的な意見ですが、たとえ年収が5000万のところでも、周りから非難されていたらどんな職業であろうとも割り切っていない限りは心が折れてやめたくなるでしょうね。職業に信念を持っている人なら特に。さらには産婦人科医師なんて、今や絶対的不足なのですから(2年前にその認識がなかったのかも)。逆に報酬が低くても、感謝されればそれを引き受けようとする人もいるでしょう(もちろん人によりますが)。

 おまけに、どうも見る限り、この産科医を招聘したのが市長だったので、その費用面での責任問題において、政争の道具にされてしまっているような印象を受けます。

 ■市議会ウォッチング – 新小児科医のつぶやき

 ただ、言えること。議員という立場の人は、その一言が重大な問題を引き起こす可能性が高いということ。これは医療問題に限ったことではありませんが。

奇跡的に産科医確保

 そして、その後どうなったか。このまま休業……ではなく、いろいろあった末に再開できました。

 ■後任の産科医師着任

 現在の当病院にも、ちゃんと産婦人科があります。

 ■メニュー

 ただ、これはかなり幸運とも言われています。プロから見ても、素人から客観的に見ても。

 ■医師2人確保は幸運
 ■ある産婦人科医のひとりごと: 尾鷲総合病院、産婦人科医を2人確保

医師不足の問題は解決していないどころか、これから悪化の一途を辿る可能性も

 しかし、ここでうまくいったために、問題が今まで持ち越され、余計悪化して各地で起きているとも言えます。

 慢性的に医師不足な昨今、同じような問題はおそらくかなり出てくるでしょう。特に訴訟などの件もあり、リスクの高い産婦人科では。私の家の近くでも産婦人科は3件あったのですが、2件は閉院、1件は扱い中止となってしまいました。どうも閉院した一件の子供も医者なのですが、「産婦人科医はリスクが高いので跡は継げない」と言われたそうです。

 さて、今後どうなるのでしょうか。この前起きたようなたらい回しによって、死亡してしまう母子が二度と出なければいいのですが……。表面的ではない、根本的な対策が必要となるでしょう。

独特な雰囲気のレンタル掲示板「-宙」はあれからどうなったのか

かつて、ネット上で掲示板が隆盛を誇っていた時代があった

 最近、MegaBBSが閉鎖しました。時代の流れを感じます。

 ■MegaBBS閉鎖ということで、スレッドフロート型掲示板の歴史を回想してみる – Timesteps

 掲示板というのは、2000年代前後にはネットコミュニケーションの手段として一番大きなものだったと思います。そして2chやMegaBBSのような大型のものではなくて、個人サイトでも必ずと言ってよいほど掲示板が置かれていました。それは今で言うところのブログを設置する感覚と似ているところがあったかもしれません。
 さて、そんな掲示板でもいちいちCGIを組んで設置する人は少数派で、多くの人は「レンタル掲示板」というものを使っていました。つまりとあるサービスに申し込んで、自分用の掲示板を借りるというサービスですね。これもまさしく今のレンタルブログと同じ感じ。有名なところとしてはteacupなどがありましたね。

 ■teacup.無料レンタル掲示板

独特の世界が魅力だった掲示板「-宙」

 しかしこのレンタル掲示板サービスの中に、ちょっと変わったものがありました。その名前は「-宙」というもの。この掲示板は普通のものとはいろいろな点でかけ離れていました。一番大きかったのは、その世界観と、防人と呼ばれる人工無脳の存在など、「変化すること」でしょうね(つか、今回調べてあの人口無能に名前があったのを初めて知ったような)。
 まず、この掲示板は名前の通り「宇宙」に見立てられています。そして掲示板は「星」とみなし、その世界観の中で掲示板を楽しむという感じ。独特な点はさらにあり、書き込み時間がその「-宙」の暦に変化したり、「食」と呼ばれる書き込めない日があったりしたのです(これはサーバ負荷の軽減のためだったとか)。
 そして、最もおもしろい点は、この掲示板が変化することにあります。たとえばこの掲示板にはたまに人口無能が勝手に書き込みを行ったりしますし、書き込み数や訪問者数などに応じて、星(掲示板)が変化して機能が増えたりするといった要素があり、ただ書き込むだけのものではなかったのですよ。今で言うところのブログペットみたいなものを、掲示板でやっている感じでしょうか(というか、宙のほうがはるかに先だけれども)。他にもユーザーを楽しませるいろいろな機能がありました。

 これらに掲示板としての実用性があるか、と言われると、殆どは無駄でしょう。しかし、そういった無駄なところがこの宙の魅力だったのですよね。この頃のサービスって、ボトムメールとか、実用性を追い求めるよりも遊び心に溢れたサービスがけっこうあったのですよね。私が行っていたページにも、宙を設置していた人はそれなりにいました。なんだかあの頃はのんびりとした独特な空気がホームページにもあったよなあ……。

開発したのは企業ではなく、個人の集まり

 これを最初に運営していたのは、企業ではなく早稲田大学の学生が集まった「宙プロ」という集団。ここが1999年から、サービスを始めました。
 しかし、これが話題になり、利用者が増加したことから、当時の個人レベルで持ちうるサーバとスタッフの人数からは限界が来てしまいます。しかし、そのうちに楽天がサービスとして、この「-宙」を導入。その後「-宙」はInfoseek内のサービスとして生き続けることになります。

掲示板の縮小と「-宙」の終了

 しかし2006年2月に大規模なサーバ障害が発生し、2月23日からサービスを長期停止して、同年4月5日にサービスの復旧を断念。同年7月3日をもってサービスを終了したとのこと。私にとっても知らない間に終わっていた感じです。

 ■参考:掲示板的コトバ宇宙「-宙」 – Wikipedia

 とはいえ、この時代になると、掲示板は機能しなくなってきていたのですよね。というのはブログに移り変わってきたというのもありますし、掲示板が宣伝スパムスクリプトによって、まめに管理していないとすぐにスパムで埋まってしまうようになったというのもあるでしょう。これも時代の流れなのでしょうか。

ネット上のコミュニケーションは永遠

 ただ、ネットでの文章によるコミュニケーションはブログなどに受け継がれていますし、「-宙」のような形のものも、前述の「ブログペット」などの技術に受け継がれています。掲示板という形が無くなっても、そこで培われてきたコミュニケーションは未だ健在なのではないでしょうか。

 そして、宙プロは今でもちゃんと存在して、新しいプロジェクトを立ち上げていたりするようです。

 ■TopPage – 宙プロ妄想ドリンカーズ
 ■コトバのプラネタリウム[空言(soragoto)] TOP Page

雷句誠氏が小学館を訴えた裁判、和解にて決着

 今日はちょっと軽めに。

 以前書いた雷句誠氏と小学館の裁判が和解で決着したようです。

 ■和解成立。そして・・・ 雷句誠の今日このごろ。/ウェブリブログ

 ■「金色のガッシュ」作者と小学館和解 原稿紛失を謝罪…255万円 – MSN産経ニュース

 ■参考:雷句誠氏が小学館を訴えた裁判はそれからどうなったのか – Timesteps

 とりあえず、無事決着してよかったということで。マンガ業界にも大きな波が押し寄せている昨今、これから先は出版社も雷句氏も頑張って欲しいなと思います。

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