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2008-10
t.A.T.u.はあれからどうなったのか
- 2008-10-29 (水)
- ニュースのそれから

今から5年前の2003年、日本で話題となっていたロシアのアーティストがいました。その名はt.A.T.u.。日本で一般的に知られた話題は、レズの少女デュオ、ミュージックステーションのドタキャン、東京ドームでコンサートを開催したけど、人の入りは半分以下だった、大統領選出馬表明などがあるでしょう。しかし、今思い返してこれらはどうしてそうなったか、そしていろいろ叫ばれたスキャンダラスなことは何処まで本当だったか、今日はそれについて書いてみようと思います。
t.A.T.u.の騒動はほとんどが演出
まず、t.A.T.u.はあの少女デュオを指すのではなく、本来はバンドやプロデューサーなど、プロジェクト全体を指すのだそうです。そしてあのボーカルの少女はリェーナ(エレーナ・セルゲーエヴナ・カーチナ)とユーリャ(ユーリヤ・オレーゴヴナ・ヴォルコヴァ)。ただ、これも後の報道で見たことのある人はいると思いますが、レズのデュオというのも演出で、二人とも恋人がいましたし、現在、ユーリャには子供がいます。
このことなど、t.A.T.u.について報じられたものの多くではかなりの部分で「演出」が含まれています。そしてそれを演出していたのは、当時のプロデューサーのイワン・ニコラエヴィッチ・シャポヴァロフの発案だと言われています。よく起きていたドタキャンなどもそれに含まれます。つまり、ミュージックステーションのあれもヴォーカル2人の意思ではなく、演出だったということ。
しかし、この演出は一時的な注目は集めても、その後テレビ局などの各種関係者だけではなく、視聴者やファンにとっても反感を買うことになり、結果として東京ドームコンサートは半数以下しか入らず、チケットはヤフオクでたたき売られたようです。まあヤフオク出品のほうは、転売屋がほとんどだと思うので別にいいのですが。
t.A.T.u.路線変更
その後も、シャポヴァロフ路線は続きますが、もう騒動で注目を引く路線は破綻し、それを望んでいないメンバー感の信頼関係も破綻してしました。結果としてシャポヴァロフは解雇、t.A.T.u.は生まれかわることになります。
その後、ユーリャの出産などを経て活動を再開しますが、すでに話題はなくなりましたために、目立つことはありませんでした。ただ、それで正当派音楽プロジェクトに戻れ、本人達がその路線を気に入っているのだったら、それが一番よいのではないかと。遅かれ早かれ、ああいう演出路線は破綻する運命だったでしょうし
t.A.T.u.のアニメ
さて、このt.A.T.u.全盛期に、誰が何を思ったかt.A.T.u.のアニメ制作の発表がなされました。しかにコミケでブースも開設していたような記憶が。おそらくPuffyのアニメがけっこう当たったので、それにあやかったのでしょうが、アニメヘビーユーザーからははなから相手にされず(ネタとして以外)、かといって一般層にも「今更t.A.T.u.かよ」的な雰囲気がありました。結局、制作は頓挫したようです
■t.A.T.u.、アニメ化決定! – CDJournal.com ニュース
■ぬるヲタが斬る t.A.T.uアニメの顛末
そして現在のt.A.T.u.は……
で、最近のt.A.T.u.ですが、先日まにあっくすZさんに写真が載っていました。
■まにあっくすZ あの「t.A.T.u.」がもはや原型を留めていないと話題
まあさすがに十代の頃とは見た目は変わっていますが、本人達が音楽的に望むものをやれているのだったら、それでいいのではないでしょうか。少なくともあんな三文演出で盛り上げられるよりは。
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銀河鉄道999裁判(槇原敬之盗作騒動)はそれからどうなったのか
- 2008-10-26 (日)
- ニュースのそれから

2006年10月、芸能方面でちょっとしたニュースが各方面を賑わせました。それは大御所マンガ家、松本零士氏の著作から、人気男性アーティスト槇原敬之氏が歌詞を盗用したという騒動。2人とも有名人ということもあり、この話題は一時期ワイドショーとかがかなりとりあげていたように思います。これは後に裁判沙汰にもなりますが、裁判がらみの話題でよくあるように、審理が長引いている間に多くの人にとっては忘れられてしまっていることでしょう。というわけで、今日はこれについて書いてみようと思います。
事件の経緯
まず、この事件の経緯から。槇原氏は作詞・作曲家として他者にも音楽を提供していますが、そのうちCHEMISTRYに提供した楽曲『約束の場所』の歌詞の一部に対し、松本氏が自分の有名作品『銀河鉄道999』のセリフの盗用であると主張。それをワイドショーや雑誌などで発言したことから始まります。それに対し槇原氏は、『銀河鉄道999』は個人的趣味で読んだことが無く、歌詞は全くのオリジナルであると真っ向から反論します。しかしそれに対して松本氏は「10年間講演などでこの言葉を幾度も語った」として、盗作の疑いを否定しません。そしてお互いの意見は食い違い、2007年3月22日、槇原氏は松本氏に対し、盗作を主張する部分に対し証拠を示して欲しいという著作権侵害不存在確認等請求を東京地裁に起こしました。同時にそれが示せなかった場合、2,200万円の損害賠償請求も行うとしました。この額は、前述の『約束の場所』が使われたCM(クノールのものらしい)が打ち切りになったことからの損害というもののようです。
この経緯は、検索かけたらまとめWikiが見つかりましたので、詳しくはこちらで。
■槇原敬之が松本零士「銀河鉄道999」のフレーズを盗作!? まとめWiki – トップページ
問題の部分
上のまとめサイトによると、問題となった部分は、
■ 松本零士 「銀河鉄道999」 エターナル編第1話 (1996年初出) ほか
→ 「時間は夢を裏切らない 夢も時間を (決して) 裏切ってはならない」■ ケミストリー 「約束の場所」 (作詞・作曲/槇原敬之) (2006年)
→ 「夢は時間を裏切らない 時間も夢を決して裏切らない」
→ 「未来は夢を裏切らない」 (CD帯)
とのこと。
これが本当に盗作だったのかというのは、本人しかわかりません。ただ、、『銀河鉄道999』を個人的趣味で読んでいないという主張も頷けます。私もけっこうマンガ読みのわりに、『銀河鉄道999』を原作で読んだこと、最終回とか部分的にしかないのですよね。ただ、まとめサイトによると、同じフレーズがCMで流れていて、そこで広まった可能性も指摘されています。個人的な意見になりますが、盗作の可能性も完全否定はできませんが、単語が「夢」「時間」「裏切らない」の3つのみで構成されているので、偶然似てしまう可能性は十分にあり得るとも思えます。ただ、どちらにせよ、これは本人しか、いや、もしかすると本人でも証明は出来ないでしょう。
松本零士氏の著作権意識
しかし何故、そこまで松本氏は厳しい態度に出たのか。もちろん性格もあるかもしれませんが、立場的にそうせざるを得ない部分もあったのかもしれません。それは松本氏は漫画家であると同時に、日本漫画家協会著作権部責任者やコンピュータソフトウェア著作権協会理事でもあるということ。つまりこの問題にしても、職務上から敏感だったとも考えられます(逆に敏感だったからそのような役職になったとも言えますが)。あと、著作権の期限延長問題でも、延長肯定派の立場で発言されることが多いようです。ただ、許可を得れば比較的寛容だそうです。たしかに999パロディは、漫画でもかなり見ますし(特に車掌=999の車掌さんというのはお約束になっているような)。
この裁判の前にも『宇宙戦艦ヤマト』の著作権に関しての裁判が起こされています(控訴審中に法廷和解)。
■参考:2007年を斬る: 著作権延長論に物申す:NBonline(日経ビジネス オンライン)
■参考:松本零士 – Wikipedia
裁判のそれから
さて、その裁判ですが、第1回口頭弁論が2008年7月7日に行われました。
■「約束の場所」の歌詞は盗用か 槇原VS松本、法廷で対決 – MSN産経ニュース
槇原さんは、盗用を全面的に否定。「松本さんが泥棒扱いをするので不愉快になった」と提訴の動機を語った。
一方、松本さんは「セリフは私の座右の銘で大切な言葉」とし、「言葉の前後を入れ替えただけで、セリフを見た可能性が極めて大きい」とした。
ここでも見解は真っ向から対立していたようです。
そして和解へ
さて、このまま判決まで行くのかと思いきや、最近のニュースでこのような情報が。
■『999訴訟』松本零士と和解した槇原敬之の影に謎の占い師 : 日刊サイゾー
今月15日に行われた第2回口頭弁論において、双方は弁論を行わず、11月7日に和解の手続きに入ることが決定したとのこと。占い師云々の部分はソースがソースなのでそれほど信頼できるものではないですが、和解に向かっているのは確かなようです。
好意的に見れば、お二人とも創作者ですし、煩わしい裁判にかかわっている時間よりも、本業に従事したかったのかもしれません。
ともあれ、お二方には余計なもめ事よりも、それぞれの創作で頑張っていただきたいと思いますのは、それぞれのファンの思うところではないかと。
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3DOはあれからどうなったのか
- 2008-10-22 (水)
- ニュースのそれから

3DOという名前をご存じの方はかなりいらっしゃると思います。それは1995年あたりでプレイステーション、セガサターンと次世代ハード争いを繰り広げたゲームハードとして。あれは松下電器が販売したために、初期はそれらと張り合うか? とも言われていました。しかしいろいろな要素から失速し、所謂負けハードとなってしまったものです。
では、そもそも「3DO」とは何だったのか、そして3DOの発売元は今どうなっているのかを今日は書いてみることにします。
3DO社の誕生とゲーム端末発売、そして早すぎる衰退
実はタイトルはあえて3DOとつけましたが、正確にはりゲーム機の名前は「3DO REAL(もしくは3DO TRY)」で、その開発元の名前が3DO社、もしくはマルチメディア端末の規格名を3DOと言うので、ゲーム機のみを指すのではありません。さて、この3DO社ですがアメリカの大手ゲームソフト開発会社でもあるエレクトロニック・アーツ(通称EA)の創始者の一人トリップ・ホーキンスが設立したものです。EAは海外市場では非常に大きなシェアを持つ会社であり、その存在は日本のスクエニ以上です。従って、このハードには、EAのソフトが供給されるという見込みで、勝算は十分あったのです。ちなみにその頃の海外市場は、任天堂とセガがシェアを持っていたことを書いておきましょう(メガドライブは、海外ではかなりのシェアになっていました。それがサターンの不幸にも繋がるのですが、長くなるので割愛)。
そこで日本の松下電器は、このライセンス提供を受けて、日本での販売をし始めます。ちょうどこの頃は任天堂のスーパーファミコンが末期となってゆき、セガが新ハードセガサターン、そして任天堂との共同開発がとりやめになったソニーが自社でプレイステーションの発売の準備をしていた時期です。当時、ゲームハード市場というのは非常に盛り上がっていたので、ここのシェアを任天堂にばかりとらせておくものかと、家電からの参入が相次ぎました。このほかにもピピン@なんてのがありましたが……それについては黙して語らず。
そして松下電器も、その全国にある販売網を生かして発売すれば十分商機があると見て、このライセンス提供でゲームハードを販売して、そこに潜り込もうとしたと考えられます。そして1994年3月、ほかのハードより一足先に次世代ハードとして発売されます。
ただ、先行の利点を生かせず、売れるソフトが全く出なかったために、すぐに自社で『バーチャファイター』などの人気ソフトがあったセガサターンや、こちらも新規参入ながら、ナムコなどをライセンシーとして取り込んだプレイステーションに抜かれてしまいます。その後、『Dの食卓』や『スーパーストリートファイターIIX』を出すものの、逆転には至らず、そのまま衰退してゆきました。
3DOの敗因
さて、3DOの敗因は何だったのか。それは上で書いたようにキラーソフトが何もなかったことが一番でしょう。特に海外では有利に働くEAのメリットも国内ではほとんどないというのもあったかもしれません(とはいっても、海外でもあまりメリットとならなかった感じですが)。それと、「インタラクティブ・マルチプレイヤー」という点を高らかに唱いすぎたってのもあるでしょう。歴代ハードはゲーム機否定に走ると、ソフトを提供するサードだけではなくユーザーからもそっぽを向かれるという法則は、ここらへんから始まったのかもしれません。しかし日本の松下はあくまでライセンスを受けているだけだったので、こういった方針にほとんど口出しをすることが出来なかったというのが一番痛いでしょう。
ただ、コナミから『メタルギア3(仮)』が登場する予定もあったようです。これは後の世界的人気になったソフト『メタルギアソリッド』になりますが、もしこの3が出ていれば、状況が少しは変わったかもしれないなんてことを思います。
■参考:3DO – Wikipedia
3DO撤退
そして国内、海外共に3DO社の業績は悪化、1995年末に3DO社から松下電器が事業を受け継ぎますが、もはや劣勢となったものを覆して、PS,SSに立ち向かう力は残っていませんでした。そして1996年6月28日、「井手洋介名人の新実戦麻雀」(カプコン)を最後に、ソフト供給が止まります。
ちなみにこの頃、3DOに継ぐ次世代のハード「M2」についても、松下は3DOから譲渡されて開発を続け、それにあわせて『Dの食卓2』も開発されたといいますが、M2は家庭用ハードとしての開発の中止を発表します。
3DOの有名人
ちなみに、3DOが生み出した人物としてはDの食卓のディレクターである「飯野賢治」と、沢尻エリカの恋人としてのほうが有名な「高城剛」の両氏がいます。
■飯野賢治 – Wikipedia
■高城剛 – Wikipedia
評価は難しいところなので(特に飯野氏)、ここでは書かないことにします。
その後の3DO社
さて、アメリカの3DO社ですが、その後セガサターンやプレイステーション、PC用のソフトを開発、発売していたようですが(代表作:マイト・アンド・マジックシリーズ)、2003年5月にとうとう連邦倒産法第11章を申請し倒産しました。資産はオークションにかけられましたが、その時にはマイクロソフトやナムコ米国法人など7社が名乗りを挙げたたようです(結果は不明)。
ちなみに前述のマイト・アンド・マジックはユービーアイソフトが130万ドルで版権を買い取ったようです。
3DO以下のハードなんていくらでもある
この時代の負けハードというと、どうしてもセガサターンに目がいってしまいますが、陰ではそういった注目も集まらない負けハードが存在するのです。ピピンアットマークなり、プレイディアなり(とはいってもこれは子供用玩具かな)、アタリジャガーなり。そう考えると、Dの食卓などを生み出しただけでも、3DOには十分存在意義があったのかなと思います。
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今日はお休みさせていただきます
- 2008-10-19 (日)
- ニュースのそれから

すみません、いろいろしていたら更新する時間がなくなってしまいました。
ネタがないではないのですが、中途半端なものを書くほうが何なので、今日はお休みとさせていただきます。
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ジンバブエはあれからどうなったのか
- 2008-10-15 (水)
- ニュースのそれから

以前、『空気を読まない中杜カズサ』のほうで、「ジンバブエで起きてるハイパーインフレについてのメモ 」というのを書いたのが、2008年の3月。そしてその後選挙が行われて大混乱となったまではよくニュースで出てきたのですが、その後ニュースソースが無くなってきました。しかしハイパーインフレはそう簡単には収束しないでしょうし、動向が気になっていました。というわけで今回、調べてみることにしました。
ジンバブエの歴史その1・独立と経済混乱スタート
まず、基礎知識から。現在アフリカのジンバブエでは、世界一のハイパーインフレが巻き起こっています。その理由は主に、ムカベ大統領の独裁による、極端な政策によるものと言われています。それに関しては有名なコピペがあります。
ジンバブエの簡単な解説
今までずっと少数派の白人が政治の実権を握っていたが、民主的な選挙で、黒人政治家が増える
↓
とうとう初の黒人大統領が誕生
↓
何を思ったか「植民地時代に強奪された白人の土地資産を黒人へと無償かつ強制的に権限を委譲しなさい」法案を提出
↓
大半の白人が安値で土地資産を売り払って外国へ。
↓
今度は外資系企業に対して「保有株式の過半数を譲渡するように、逆らったら逮捕」法案を提出
↓
外資系企業が国外逃亡する
↓
別に国連もアメリカも、どこの国も経済制裁してないのに、経済制裁と同じ状態に陥る
↓
何もかもの物資が国内で不足するので、「市場に出回っている物資が不足するなら、物資を持つ物は絶対に市場に売らないといけない」法案を提出
↓
物資の強制売却で、さらに物資不足が深刻化。当然需要と供給バランスが崩れて高値になる。
↓
物資が高値に成り過ぎて買えない人が続出
↓
「物資を絶対に安値で売らないといけない」法案を提出
↓
調達コストよりも遥かに安値で売らないといけなくなったので、当然のごとく利益が出ないから国内企業が次々と倒産する
↓
安定していた経済が、脅威の失業率 & ハイパーインフレ になるのを一年も経たずして達成。おめでとう。
↓
失業者があらゆる物資を強奪し、社会不安が増大、交通機関や警察機関も機能しなくなる。政治も収拾がつかず無茶苦茶に。
「何を思ったか」のところは、乱心したようにも見えますが、調べてみると、こういう行動をとったのにもちゃんと理由があったようです。
もともとこの国は第一次世界大戦後にイギリスの植民地に組み込まれ、イギリス領南ローデシアとなりますが、国土のほとんどは白人農場主の私有地となり、住民達は先祖墓参りの自由すらないくらいの厳しい統治下に置かれていました。しかし、1960年代から黒人による独立運動が行われ、白人政府と内戦状態になります。そして1980年の総選挙の結果、ジンバブエ共和国が設立され、黒人政権が樹立します。そして1987年より、現大統領ロバート・ムガベの独裁が始まります。ただ、この時点ではこの国はアフリカ有数の農業国でもあり、食料が足りていたというのもあったのか、一般民衆レベルでは黒人と白人の表面的な争いはそれほどなかったとも言われています。
彼は最初こそ白人と黒人に宥和政策を進めましたが、すぐにそれが行き詰まります。それはイギリスから手に入れるはずだった独立援助金がほとんど手に入らなかったこと、それに経済政策に失敗したこと。最初はその収入をあてにして白人の持っている農場を平和的に買収して、それを黒人に分配するつもりだったらしいのですが、これが頓挫してしまいます。しかしすでに黒人、特に紛争時に活躍した人には恩恵を授ける約束をしているのに、それが履行されないと、不満が大きくなってゆきます。
そして1990年代半ばになると経済は混乱し始め、だんだんと大統領に不満が集まりはじめます。1997年には、IMFに支援を求めましたが、土地問題での譲歩を拒否したため、断られたということです。そしてインフレが加速します。
ジンバブエの歴史その2・ムカベ大統領の独裁
そこで2000年8月、ムカベ大統領がとったのが、コピペの「植民地時代に強奪された白人の土地資産を黒人へと無償かつ強制的に権限を委譲しなさい」法案。これにより白人が土地を売り払って外国に出てしまったのですが、その農業技術や経営ノウハウまでも同時に流出してしまったために、アフリカ有数の農業国であったこの国は、一気に食糧不足となってゆきます。
しかもそれに先駆けて1年前、ジンバブエは隣国コンゴの内戦を鎮めるために派兵します。表向きこそコンゴのカビラ大統領の援助ですが、その裏にはこの国でムカベ大統領が所有していたダイヤモンド鉱山を守るためという私的な事情もあったようです(もちろんその他資源を狙っていた可能性も高いですが)。前述の政策は、その批判を逸らすものであったとも言えるでしょう。
そして2007年8月23日、国内の外資系企業に対して株式の過半数を「ジンバブエの黒人」に譲渡するよう義務付ける法案を国会に提出、9月26日に通過した。これにより外資はほぼ逃亡。そのほか焼け石に水な法案を出しますが、こうなるとハイパーインフレを止めることはできません。そして日増しにその勢いは加速してゆきます。
ジンバブエにで行われている非人道的行為
ちなみにコピペはお笑い系を含みますが、この影では多くの野党支持者や反政府者が弾圧され、処刑されていることも付け加えておきましょう。
2005年5月には、地方の貧しい都市地域および周辺都市地域を標的に大規模な強制退去と住居破壊を行うという「ムラムバツビナ作戦」も行われています。
さらにこのあたりで、白人の農場に黒人が押しかけて占拠するという事件も起きていますが、これも民族主義を煽るムガベの意図だったと言われています。
■参考:ジンバブエ:煽られる人種対立
混乱する選挙
さて、ここからは例のコピペの続きになります。2008年3月29日より大統領選挙が始まり、野党がムカベ大統領下ろしにかかったのですが、1度目の選挙の結果が何故か公表されず、過半数をとってないから決選投票という宣言がなされます。その後決選投票の無効を求める野党を弾圧、投票を強行し対立候補が強引に下ろされ、一方的勝利宣言をします。
■ジンバブエ決選投票、野党候補が撤退 – MSN産経ニュース
これに対して同年7月11日、国際連合安全保障理事会にジンバブエ政府非難と、ムガベ大統領ら政権幹部の資産凍結・渡航禁止などの制裁決議案が提出されますが、中国とロシアが内政問題であるとして拒否権を発動し、否決されました。
ちなみに中国はこの頃アフリカ諸国に援助をしており、ジンバブエもそのひとつでした。4月にはジンバブエではおそらくは野党弾圧のため中国から武器(AK-47自動小銃の弾薬300万発、携行式ロケット弾1500個、迫撃弾3000個以上などが含まれているという)を輸入しますが、これを積んだ船舶の荷下ろしを南アフリカが拒否。その結果船がさまよい続けることとなりました。その後積み荷はアンゴラ経由で入ったそうです。
■南アフリカ、中国船のジンバブエ向け武器の荷下ろしを拒否 写真4枚 国際ニュース : AFPBB News
■中国船のジンバブエ向け武器、アンゴラ経由に変更 国際ニュース : AFPBB News
現在の政局と経済
その後も国内は混乱し、ようやく野党と与党の間で話し合いがもたれ、連立政権樹立を盛り込んだ合意書に署名しましたが、主要閣僚の人選をめぐり与野党の話し合いが難航しており、今も経済危機が続いているとのこと。そしてハイパーインフレも相変わらず進行中です。去年までのインフレ率は以下の通り。
■RBZ:: About The Bank
■参考:世界で最も価値の低い通貨トップ5 – GIGAZINE
物価上昇率は約220万~900万%(加速度的なインフレにより、実体は不明)、失業率は約80%(2007年:政府発表)(実体は不明)とのこと。
■参考:外務省: ジンバブエ共和国
以下に、実際にジンバブエのインフレを体験された例がわかりやすく、そして詳しく書かれています。
■青年海外協力隊体験記 ジンバブエ インフレーション(Zimbabwe.NETさん)
ジンバブエの2008年3月のインフレ率が過去最高の355,000%に達成したと政府統計局から発表がありました。年率355,000%%の意味は、一年前の物の値段が約3550倍になったということです。日本だと、100円ショップの名前をを355,000円(35.5万円)ショップに変更する感覚?なのです。
今なお続くハイパーインフレ
しかし、ここで驚いてはいけません。上記のは約半年前のもの。では今のインフレ率はいくらか。なんと発表された7月の値は2億3100万%とのこと。
■Zimbabwe July annual inflation jumps to 231 million percent – Investing | Africa – Reuters.com(英語)
■参考:ジンバブエ・ドル – Wikipedia
ただし、あまりにゼロがつきすぎたために、デノミネーションが2008年8月1日行われ(それ以前にも行われていたのですが)、ジンバブエ・ドルは10桁切り捨てられました(100億ジンバブエドル→1ジンバブエドル)。ただ、このハイパーインフレの中では、デノミも焼け石に水としか思えません。ましてや世界経済の混乱がこの国にどう影響を及ぼすのかは全くわかりません(あ、でも海外と経済的連結が断たれているからなあ)。
おそらく、政治的、経済的混乱はまだ続くでしょう。そして最近のレポートが以下にありました。
■超インフレの国ジンバブエはいま…… | エキサイトニュース
これによると、一応は小康状態といったところでしょうか。あとジンバブエドルではなく、米ドルがかなり流通しているのかな(少なくとも外国人に対しては)。
ともあれ、この混乱が収束することを願っています。
//——————–
◆追記(2009/1/18)
検索サイトなどからこのエントリーに直接いらっしゃった方へ。
最近の動きについてまとめ直しましたので、以下もご参照ください。
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SCOはあれからどうなったのか
- 2008-10-12 (日)
- ニュースのそれから

「SCOグループ」もしくは「SCO」と呼ばれた会社をご存じでしょうか。おそらくは知らない人も多いし、ネットにやや詳しい人でも、もう忘れてしまった可能性が高いと思います。しかしながらこの会社、一時期はネット界を騒然とさせることを言い出したのです。それは「すべてのLinuxユーザーは、権利をもっているうちに使用料を払え」(だいぶ意訳ですが)。
SCOグループってどんな会社?
まず、SCOグループとはどういう会社か、そして何でLinuxの権利を主張したのかから見てゆきましょう。
SCOグループはもともとカルデラ社(Caldera Inc.)という会社でしたが、2001年5月7日、The Santa Cruz Operation,Inc.という会社から、UNIX資産とSCOブランドを買収しました。ちなみにThe Santa Cruz Operation,Incは、1995年、当時AT&TのUNIXの資産を入手していたNovell,Inc.からUNIXの権利とUnixWareビジネスを譲り受けていました。
そして2002年8月26日、社名をCaldera Inc.からSCOグループ(The SCO Group, Inc.)に変更します。ちなみにSCOというのは、この時に譲り受けたSanta Cruz Operationの略称です。
■スラッシュドット・ジャパン | CalderaがSCO Groupに名称変更へ
■参考:SCO – Wikipedia
SCO、IBMを訴える
しかし、2003年3月7日、SCOグループは、IBMを提訴します。理由は、SCOが権利を持っていると主張しているUNIXコードに基づく機能をLinuxに不正に組み込んだというもの。しかしこれはIBMだけではなく、多くの人にとって寝耳に水の出来事でした。なぜなら、オープンソースであLinuxの存亡にもかかわるから。そのためこの問題に関しては、Slashdot 米本家、日本ではスラッシュドット・ジャパンを中心に非常に盛り上がりました。そしてそこがずっとこの問題を追ってきたので、/.Jのトピックを参照させてもらうことにします。
まず、提訴が起きた時のトピック。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOがIBMをUNIXに関する秘密情報の漏洩で訴える
で、IBMがLinuxをプッシュしていなければ、Linuxが普及するはずがなく、SCOのPC用の正統UNIXがもっと売れていたはずだ。IBMは Linuxをプッシュするのに、大昔に秘密保持の対象としてライセンスしたUNIXの技術を不当にLinuxコミュニティに渡したのだから、SCOのPC 用UNIXが売れなかった分としてIBMは10億ドル以上の損害を賠償せよ、と請求している。
このなんだかなあな要求に、首をかしげる人続出。そしてLinuxがどうなるか気になりはじめます。
ただ、IBMもこの無茶に思える要求には従いませんでした。そしてその100日後の2003年06月17日、SCOはIBMへのライセンスを打ち切ります。そしてそして、損害賠償の請求金額を3倍の30億ドルに引き上げました。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOがIBMのUNIXライセンスを打ち切り
SCO、Linuxユーザーも標的に?
そしてこのあたりから、Linuxの使用者に対しても、料金を取るそぶりを見せ始めます。
■スラッシュドット・ジャパン | Linux免罪符始めました by SCO
■スラッシュドット・ジャパン | SCO税は早期割引でも$699
■スラッシュドット・ジャパン | SCO近情報告:次の標的はBSD、Novell、エンドユーザ、開発者
これに世界中のLinuxユーザーは大激怒し、SCOグループへの反発を強めます。それは調べることでSCOの主張の矛盾点を探し出そうという試みだったり、こんなのだったり。
混迷の裁判
そしてIBMも、2003年08月08日、SCOに対して反訴を行います。
ちなみにこのあたりで、こんな動きも。
■スラッシュドット・ジャパン | 自社株売却をがんばるSCO経営陣
そして2003年後半、裁判が始まりますが、何故かSCOから侵害の証拠が出されません。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOに証拠提出命令
■スラッシュドット・ジャパン | SCOは「侵害の証拠」を非公開のまま法廷に提出する予定
■スラッシュドット・ジャパン | SCOが証拠書類を提出、でも一部だけ
SCO混乱、そしてNovellとの裁判追加
そしてこの妙に引き延ばしっぽい裁判など、なんだかSCOが暴走しているんじゃないか、言いかえればネタになるような行動ばかり起こすようになります。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOがNovellを名誉棄損で提訴
■スラッシュドット・ジャパン | SCO曰く「北朝鮮はLinuxでスパコンを手に入れる」
■スラッシュドット・ジャパン | SCOが遂にLinux採用企業を提訴
マイクロソフトの影?
さて、この頃何でSCOはこんな裁判を起こしたのか、という議論が盛んになります。そしてその中のひとつには、Linuxを恐れたマイクロソフトがLinux潰しのために仕掛けさせたという噂も流れます。たしかにLinuxを使うと金をとられるということになれば、Linuxの勢いは止まりかねません。
そして、噂を超えるある情報も流れます。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOへの資金提供におけるマイクロソフトの影を投資会社が認める
ただ、真相は今でも藪の中です。
逆境のSCO
しかしそのSCOの見苦しさを見たのか、2004年春になると、SCOにとっての逆境となります。
■スラッシュドット・ジャパン | BayStar CapitalがSCOに出資の償還を要求
■スラッシュドット・ジャパン | Royal Bank of CanadaもSCOから脱出、SCOはレイオフを開始
■スラッシュドット・ジャパン | 投資会社BayStarがSCOを提訴
あと、こんなのも発覚。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOによる著作権侵害が発覚
そして、年始めで矛先を向けたNovell社から、「当時のNovell経営陣が著作権を譲渡する意志がなかったことが明記されている」という切り札を出されてしまいました。これで、SCOの主張自体が大きく揺らぎます。
■スラッシュドット・ジャパン | Novellが対SCO裁判で切札を提出
裁判の結果、そして倒産
その後、IBMとの裁判は2006年11月30日に判決が下され、SCOの主張のほとんどを却下されます。やはり前述のように証拠の提出が不完全だったために、侵害行為の多くを明確にしていないということで却下されたようです。
■「SCOの主張は不明確」:Linux裁判でIBMに有利な判断–米連邦地裁:ニュース – CNET Japan
そしてNovell社との裁判も2007年の8月、Unixの著作権はNovellが保有しているという判決が下されました。
■スラッシュドット・ジャパン | Unixの著作権はNovellが保有、SCOが敗訴
■SCO 対 Novell、『UNIX』の著作権をめぐる裁判に判決 – japan.internet.com Webビジネス
そして、そのほんの少し後の2007年09月15日、とうとうSCOは倒産してしまいました。もっとも、このだいぶ前から死に体だったようですが。
■スラッシュドット・ジャパン | SCOがChapter11による破産保護を申請
まだ終わりではないぞよ、もうちょっと(略)
しかし、ここでびっくり、さらにまた新しい展開が。なんと
■スラッシュドット・ジャパン | SCO Groupにオイルマネー注入? 再建目指し、訴訟継続へ
■SCO、1億ドルの投資受け再建目指す。訴訟継続も – ITmedia News
どうもオイルマネーらしいです。そして訴訟も継続らしいですが、この大不況の中でどうなっていくことやら。生暖かく見守っています。
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