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2008-09
ハッカーインターナショナルはそれからどうなったのか
- 2008-09-28 (日)
- ニュースのそれから

『「ロッチ」のシールを売り出したコスモスはその後どうなったか』においてコスモスとロッチのことについて書いたら、妙に反響が大きくてちょっと驚いています。みんなロッチ好きなんだなあ(アレゲな意味で)。ちなみに、ちょっとコメントにて情報を頂きましたので、加筆しました。
さて、それだからじゃないですが、当時もうひとつあったこの手のダークさを持ったもので有名なものについて今日は書いてみようと思います。
『ボディコンクエスト』『しあわせうさぎ』
このタイトルのゲームを知っている人は、Hなひとね……じゃなくて、相当アレ方面のゲームに詳しい人だと思います。これは、スーパーファミコンやPCエンジンで出ていた、ハードメーカー非公認のソフト。つまり、普通にゲームショップで流通しているソフトのように、各ハードメーカーとライセンス契約を結んで認可をとらなかったものです。
これを発売していたのは、ハッカーインターナショナルという会社。この会社は任天堂などの許可を受けずに、ファミコンのROMカセットやディスクシステムのソフト、その後はPCエンジンのソフトを販売していました。そして内容の多くは、ハードメーカーを通したらまず認可を受けないであろうアダルト系のソフト(もっとも当時のグラフィック能力でのアダルトですが)。しかし、別件で訴訟を受けたことはあっても、このメーカーのソフトはPCエンジンの終了までとうとう発売され続けました。
万全なる訴訟対策
実はこの会社、1回任天堂から訴えられているのですが、実はそれはこのようなアダルトソフトを出したことではなく、前述のように訴えられた件も、ファミコンの本体を改造して、連射や強制ポーズなどパワーアップさせる機能を持った「Hacker Junior」というものに対してなのですよね。これ、相当昔のゲーム雑誌ユーザーなら、「ファミコンの本体改造します」という広告が、黒くなったファミコンの写真とともに載っていたことがあるのを見た人もいるのではないでしょうか。
ただ、これ同社では研究されていて、商標や意匠権などを回避していたために、裁判でも問題なしとされたようです。ある意味、ここでも任天堂法務部の無敵伝説は破れています(もっとも、裁判終結あたりでは連射機能も珍しいものではなくなったので、広告も見なくなりましたが)。
ハッカーインターナショナルという会社
さて、この会社については、昔ファミコン通信で連載されていた鈴木みそ氏の『あんたっちゃぶる』で取材されていて、4巻に収録されています(当時、PCエンジンの最盛期であり、同社もそのソフトを出していた時代です)。これは連載終了前の非常に面白い回なので、古本屋で見つけたら必読です。それによると、得られたのは以下の通り。
・別に裏業界系の会社ではない
・社長は「萩原暁」という人で、「ハッカーインターナショナル」と「マップジャパン」という会社の社長
・アダルトは菊(国家)と桜(警察)には逆らわない(つまり性器露出などはない)、アーケードゲームレベル
・実はスタッフは、表で有名な人が、裏でこっそりやっている場合もある。
・PCエンジンは、ハードが出る前に著作権や特許権、意匠登録に引っかかるところがないか十分調べた。
・(他のメーカーは何故作らないだろうとの質問に対して)流通経路がないからだろう。うちはPCショップ系の流通を通している。
・PCエンジンCDROM2ソフトを出す時は2年近く調べた。実はNECと契約した法が安上がり。だけど規制がないので今のほうを選んでいる。
・プログラムは人件費が安い台湾に発注。中国には発注したいと思っているけど、お金をもらうと働かなくなるので難しい。
・年商6億程度
ソフマップの話
このマンガには、萩原氏の知り合いだというコンピュータ中古会社の社長の話も載っていて、その人は4畳半の部屋に「目標1995年年商1000億」と書かれた紙が貼ってあって、誇大妄想だと思ったということ。しかしそれがソフマップの創業者とのこと。なんだか、この時代ならではのカオスながら夢や希望があった業界らしい話です。
町に置いてあったディスクシステム書き換え機
ただ、昔を思い返すと、とある小さな本屋や町のディスカウントショップ、駄菓子屋などで、Amazonの小型段ボール位の大きさの機械がおいてあったことがあります。これは当時、流行しだしていたファミリーコンピューターのディスクシステムの書き換え機の非合法版で、たしか任天堂製のソフトまでコピー販売されていたような記憶があるのですが、これはハッカーとの関連は見あたりませんでしたので、全く別のところがやっていたのでしょうね。ただ、この中にどうもハッカー製のソフトも混じっていたような記憶もあるので、ハッカー社もひょっとしたら間接的な被害者なのかもしれません。
あと、一部で在庫を抱えた某スーファミサッカーゲームのROMに上書きしてリリースされたという『SM調教師瞳』というソフトも、ハッカー社とは関係ない模様(こっちはこっちで面白いですが、詳細はWikipediaにあります)。
萩原暁という人
さて、これもマンガにかいてあるのですが、この社長の萩原氏という人がすごい経歴の持ち主で、このハッカー社を作る前には音楽業界にいて、ツイスト、クリスタルキング、チャー、アラジン、チェッカーズなどを送り出した凄腕プロデューサーで、プレジデント誌にも載った人だそうです。これには鈴木みそ氏もファミコン通信誌上にかかわらず「私はゲームはともかくとして、ハッカーの生き方が好きです」と書いてます。
マップジャパン、エア・プランツ
さて、先ほどこの萩原氏がマップジャパンという会社の社長だということも書きましたが、この会社もどうやらゲームの制作を行っていたらしいです。検索すると『ヒロインドリーム』というゲームが出てきます。あと以下のページを参考にさせていただくと、そこからは「エア・プランツ」というPCアダルトゲーム系の会社(開発作:「Five Years ~ファイブ・イヤーズ~」、「はんど☆メイド」、「ラグナポリス」、「幽世ノ門~かくりよのもん~」、「Snow Memoria ~忘れえぬ想い~」、「とりあえず えあぷらんちゅ!」、「Dearest Vampire」、「フローライト ~ほたる石~」)にリンクがあったようで、住所も同じだったみたいです。
■参考:あの人は、今(PC Engine情報局さん内)
ハッカー、そして萩原氏のその後
さて、上のリンク先では、その後も書かれています(ゲームラボで記事があったみたいです)。まず2000年、音楽会社ワイズビジョナリーを設立し、河口恭吾等のプロデュースを行っていたようです。しかしその時には、ハッカーインターナショナルには活動は見られません(まあ、すでにPCエンジンは稼働してないし、パソコンも普及してましたしね)。それでも(認可を受けた)PSソフトはマップジャパンから、アダルトゲームもエア・プランツブランドとして出ていたようですが、2001年、それらは閉鎖されたようです。そしてワイズビジョナリーも消滅。
しかしながらその後萩原氏は、人材派遣のほうではなく、パソコンショップの「グッドウィル」に入社され、アミューズメント事業部部長プロデューサーだったそうです。そこでは「世界コスプレサミット」などに携わられたようです。
しかしその後、グッドウィルを退社され、子供用プレイグラウンドの会社、キッズリゾートを前述のソフマップの創業者と設立されたようです。そして現在、会長とのこと。
■ファンタジーキッズリゾート 全天候型だから室内の砂場や遊具で元気良く遊べます!
すごいなあ……
なんだか、ゲーム業界でもこれだけいろいろな経歴を経てきた人ってのも少ないのではないかと、というか、この萩原氏の場合は、あくまでハッカーも通過点にしか過ぎなかったように見えてきます。
まあ、犯罪ならともかく、さすがにもうこんなギリギリの所を疾走してくれるような人は、ある程度まとまってしまったゲーム業界にはなかなか出てこないでしょうね。他で起きていたように、コピーなど犯罪の入る余地も狭くなってきたというのもあるとは思うので、まとまったのが悪いとは言いませんが、やっぱりこういったカオスなものに対してのあこがれってのはありますよね。
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雷句誠氏が小学館を訴えた裁判はそれからどうなったのか
- 2008-09-24 (水)
- ニュースのそれから

マンガ家の出版社に対する訴訟
数ヶ月前、ネットを騒がせたひとつの事件がありました。それは6月6日に、少年サンデーにおいて『金色のガッシュ!』を連載していた看板マンガ家、雷句誠さんが、その発行元である小学館を訴えたこと。それにより、あちこちのブログ(私のところも含め)でこの問題についてのことが語られましたね。そしてそれは小学館だけではなく、現状におけるマンガ家の問題が浮き彫りになった感じがあります。まとめや参考は以下に。
■参考:たけくまメモ : マンガ界崩壊を止めるためには(1)
■参考:下請けに負担をかける構造がマンガ界やゲーム界にも波及していると思う話 – 空気を読まない中杜カズサ
いろいろな方がこの件についてコメントされたのが、記憶に新しいと思います。
ついでにその後、『ヤングサンデー』の休刊など、マンガ雑誌界でもいろいろ厳しい事情が見えたのもあり、今まで見られなかったマンガ家、出版社両方からの厳しい事情がかいま見えた気がします。
第2回口頭弁論
しかし、大きな動きがなかったため、まとめページの更新も止まっている感じです。まあ、裁判はそうそう急展開になるモノではないですしね。で、裁判ですが、雷句さんのブログによると現在も係争中で、つい先日、第2回口頭弁論が終わったそうです。
■blabber: 【ガッシュ訴訟】9/22 第2回口頭弁論!
次回は10月下旬になりますが、和解手続となり、公開の法廷ではなくなるようです。
裁判中なので、あまり多くのことは語りませんが、この裁判は、今までの経過、そして裁判の結果がこれからのマンガ界において一石を投じることになると思います。それはマンガ家にとってだけではなく、出版社、編集者側にとっても。
ただ、この件では他のマンガ家さんなどの反応が見たい傾向があるようですが、まとめページにあるように、あまり関係ない人他のマンガ家さんやら出版社、編集者さんのブログに乗りこんで、意見を求めるといったことはしないほうがいいでしょう。それぞれに複雑な立場があるのでしょうし。
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「ロッチ」のシールを売り出したコスモスはその後どうなったか
- 2008-09-21 (日)
- ニュースのそれから

この時期が気温の変化が激しいのに、警戒心が緩いので一番風邪をひきやすいと思います。おかげで喉痛いです。注意しましょう。
うち捨てられた赤い自動販売機
町で、コカコーラでもないのに真っ赤な自販機がうち捨てられていたのを見たことがないでしょうか? 側面に「コスモス」と書いてあるものが。それを管理していたのは、文字通り「コスモス」という会社、しかし売られていたのはジュースやタバコではなく、おおもちゃ。そう、それはかつておもちゃが売られていた自動販売機でした。
■参考:コスモス・COSMOS特集 「 コスモス・COSMOS一覧 」 81+DIGITAL-SKY
コスモスという会社
「コスモス」という会社は1977年あたりから存在し、子供向けの低価格なおもちゃを製造していました。主力はカプセルトイ、いわゆるガチャガチャで、特に駄菓子屋やおもちゃ屋の店頭にそういったものが置かれました。まあこれがあとで問題になるのですが、それは後述。
そして同社は1980年代の半ば頃から、積極的な事業展開を図ってきます。そのひとつが前述の赤い自動販売機。これを各地に置いて、自社の開発するおもちゃを販売したのです。そしてなんと、CMまで打ってきます。私が子供のころは、夕方5時台の通称ルパンタイムにこのCMが流されていた記憶があります。
パチモン商売
ただ、この会社で売られていたおもちゃというのが、実は当時流行っていたキャラクターやグッズを無断でパクった、いわゆるパチモンがほとんどだったのですよね。たとえばなめ猫を真似たもの、ファミコンを真似たものなど。中には本家で使われた写真をそのまま使っているようなものさえ存在したようです。当時、こういったものへの版権意識が低かったとはいえ、ここまでくると清々しいレベルです。
ちなみにこのコスモスグッズを集めている芸能人の人がいらっしゃって、そこのサイトには数々のコスモス製品が置いてあります。
■参考:(ワッキー4649.com内)
訴訟、そして倒産
しかし、このパチモン、冗談のわかる大人相手ならよかったのですが(いや本当はよくないけど)、子供用だったことで、実際に手に入れた子供が騙されたとか、ビックリマンやキン肉マン消しゴムの交換の際に、偽物を指摘されて泣くという現象が起きました。そう、前述のガチャガチャも、当時はバンダイとこのコスモスの両方のがあったのですが、私の住んでいたところでは、バンダイは本家で、コスモス版は偽物とされていました。しかし店によって並んでいるのが違うので、紛らわしいことこの上なし。ですので、100円のガチャガチャ(当時のバンダイ製の大半)を本物、50円、20円などのを偽物としていたような記憶があります。
そこで、当時大人気だった『ビックリマン』シールも、ロッテの部分がロッチになっているパチモン、通称「ロッチ」シールとして真似るのですが、それを引かされた子供のクレームがロッテに行くこととなり、結果、ロッテはコスモスに対して訴訟を起こします。余談ですが、私たちの間では、別にこれを持っているからといっていじめなどに遭うことはなく、むしろネタ扱いされてよろこんで持っていました(当然交換不可ですが)。
しかし、コスモスはその後倒産してしまい、訴訟は有耶無耶になったようです。
追記:こコメントであとから情報をいただいたことろによると、解散した1988年同3月にロッテ、コスモス告発、1988年6月に社長以下7人逮捕という流れみたいです。その後は不明。まあ製品差し止めは事実上行われていたので、ロッテの目的のひとつは果たせたのかも。
各店舗に供給されていたコスモス製の自販機に商品を供給する者も、かといってそれを引き取る者もいなくなったため、今まで撤去されずに野ざらしになっているということです。もっとも、電気製品ではなく手動の自販機なので、危なくはないでしょうが(電気製でないが故に、設置店も意外と多かったのかもしれません)。
ただ、ガチャガチャのほうは、他のメーカーがその中に入れるカプセルトイを作って、勝手に供給しているので、今でも稼働中のものがそれなりにあるとか。まあ当時のままですから、汚さで簡単にバンダイ製と見分けがつくでしょう(まあ古いバンダイ製もたまに動いているけどね)。
コスモス、ゲームにも参入?
さて、今日も参考にさせてもらったコスモス (玩具メーカー) – Wikipediaを見ていると、こんなのがありました。
またアーケードゲームが人気を集めるとゲーム業界に参入するべく自社でアーケードゲーム機を開発したが、コナミの『スクランブル』のキャラクターグラフィックを差し替えただけのデッドコピー作品『フライングトレイン』であったりといったことも、同社がテレビ放映したCM内で見られたという。
これは知らなかった(スクランブルはもちろん知ってる)。しかし本当に出たら、コナミを的に回していたのかなあ。
あと、こんなのも。
同社はテレビアニメ『魔境伝説アクロバンチ』などのスポンサーにもなり、テレビCMを流していた。この中でよく知られているものでは「白ボカシされたコスモス畑の中を全裸の白人少年少女(複数)が走る」があり、バックグラウンドは「僕らも~ほしい~コスモス~」というコーラスであったほか、画面下には「類似品にご注意ください」という趣旨のキャプションが入れられていた。
お前が(ry
パチモン、ゲットだぜ!(書いてから後悔するフレーズ)
ただ、さきほどのワッキー貝山さんのページじゃないですが、たとえパチモンでも何となく時間が経つと当時とは違った印象を持つようになるのですよね。それは、現代において法整備が進み、そういったものの入る余地がなくなったせいかもしれません。それはそれで業界にとって健全化でいいとは思いますが、郷愁的にそういったものに感じるものはあるのです。
追記・コスモス復活
コメントで情報をいただいたのですが、どうやらこのコスモスの昔の社員が、現在新しいコスモスの会社、「ヤマトコスモス」設立しているようです。
ただ、もちろんパチモンを売るとかいうのではなく、どうやら「コスモス」というブランド自体を出しているという感じですね。何か面白そうです。
でも、たしかにコスモスのロゴって目立つよなあ。
■参考:
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Lモードはその後どうなったのか
- 2008-09-17 (水)
- ニュースのそれから

「iモード」とほぼ同時期に生まれた「Lモード」というもの
「Lモード」というもの、ご存じですか? なんかDocomoのiモードに似ているな、と思った方は惜しい。実はこれ、NTTドコモではなく、NTT東日本と西日本が提供していたサービスなのですよね。
さて、どういうサービスかというと、簡単に言えばiモードのようなものを、そのまま固定電話につけた感じ。これが始まったのは、2001年6月から。その当時急速な普及を見せていた携帯電話と、それの特徴であるiモード、とりわけメール機能を、携帯電話を持っていない層にも浸透させようとした感じでしょう。しかし当時から思っていました。「それならパソコンか、携帯買うかにすればいいんじゃないの?」と。
Lモード、5年余りで終了へ
それはあたりで、事実上ほとんど普及しませんでした。それはそもそも携帯電話の普及が爆発的だったことがあるでしょう。つまりLモードの機能を使いたいと思う人は携帯を買うかパソコンを買えばいいし、それを必要としない人はもともとLモードなんていらないと。つまりただの「持ち運びが出来ないiモード」となってしまった感じなのですよね。あと、iモードでパケット定額制が普及してきたのに対して、こちらは従量課金だったという問題もあるようです。
そして、2006年11月30日新規受付を終了、サービス自体も2009年度末を目処に終了を検討していると発表されているとのこと。
■参考:Lモード – Wikipedia
Lモード対応公衆電話
ちなみにこんな感じになってしまったLモードですが、NTTは普及に自信があったのか、Lモード対応の公衆電話なんてのもありまして、Lモードカードなんてのも発行されていたようです。が、結局はLモードの末路と同じく。しかし2006年頃になると、既に公衆電話さえ携帯電話に押されて減少していましたね。
これも通信における時代の徒花、「キャプテンシステム」
ついでに余談ですが、Wikipediaを見ると、「キャプテンシステム」なんてのが同様の例として引用されていますね。まあ詳しくは以下で。画面くらいは見たことある人もいるのではないかと。
■キャプテンシステム – Wikipedia
■キャプテンシステム
雰囲気は、今現在でもキャプテンシステムを私用する松江観光事典にて。
■CAPTAIN INDEX
数々の失敗を乗り越えて今がある(のだと思う)
このように携帯電話普及の影では、こういったものもあったのですよね。しかし(たぶん)無駄ではなく、こういった失敗を踏み越えて現在があるのだと思います。ですから、未だ町でよく見かけるISDN対応の公衆電話を見ても、笑わないでください。ISDNだって、数年間はテレホタイムユーザーに対して歓迎されたのですから。
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今日は休みます
- 2008-09-14 (日)
- ニュースのそれから

すみません。他のブログのほうで集中して書きたいことがあるので、今日はおやすみさせていただきます。
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劇的なCMで有名になったプロバイダーZEROはどうなったのか
- 2008-09-10 (水)
- ネット上のそれから

『お前に金を使わせる奴は、大統領だって敵と思え』
前回は『大橋巨泉がCMをしていたJside.comはどうなったのか』において、大橋巨泉のCMのインパクトが大きかったJide.comについて書きましたが、当時のインターネット系CMにおいてはもうひとつ、話題になったものがあります。それはプロバイダーZEROのCM。
このCM、覚えている人も多いのではないでしょうか。CM的なものとしても、台詞がどれもいい感じです。特に『お前に金を使わせる奴は、大統領だって敵と思え』は、いい言葉です。
さて、このCM、おもしろいのはさることながら、キャストからスタッフまでなにげにものすごい豪華です。まずこの父さんはハリウッド役者のスティーヴ・ブシェミ。それに映像監督は現映画監督の中島哲也氏、そして音楽はこれも有名な作曲家菅野よう子さんだったりします。ちなみにこの音楽も『CMようこ』に収録されていますね。
インターネット発展期とプロバイダーZEROの誕生
さて、このCMを行っていたプロバイダーZEROというのは、当時1500円するのは当たり前だったプロバイダー料金を0円にするという触れ込みで宣伝をしていた企業です。とはいっても基本料金が0円で、あといろいろなところで料金がかかっていたのdすが。
ちなみに当時、このような低価格、もしくは条件付(広告など)で無料というプロバイダーはほかにもありました。そのひとつがlivedoor。そう、ホリエモンや小飼弾氏がいたオン・ザ・エッジに買収される前のライブドアです。
この会社、そもそもはパソコン通信時代から存在したパソ通サービス会社、マスターネット株式会社が前身でした(ちなみに)明治乳業(コメントでご指摘いただき、訂正)の100%子会社だったようです)。しかし1990年代後半から、時代はインターネットへと移り代わり、この会社もインターネット接続事業を開始します。1997年には、NTTドコモと提携し、10円メールサービスを開始しているとのこと。
そしてプロバイダー間の競争も激化していた2000年、社名をゼロ株式会社に変更し、基本接続料無料のインターネット接続サービス「Internet Free Access ゼロ」提供開始します。その時に流れたのが、最初のCMですね。ただ、このCMのインパクトは大きかったらしく、けっこう加入した人はいたみたいです。
ちなみに150時間プランでは、年会費500円で基本接続料金が月100時間まで無料という感じみたいす。
ADSLの発展とプロバイダーZEROの衰退
しかしながら、この後急速にADSLが普及したことから、常時接続が当たり前となってゆき、プロバイダーZEROの利点がだんだんと失われてゆきます。そして数多くのプロバイダが業務停止する中、プロバイダーZEROも2004年11月1日 ISP事業をGMOインターネットに吸収分割。同時に、ゼロ社はスカイマークエアラインズ(現スカイマーク)に合併となり、解散したということです。
■参考:ZERO (インターネットサービスプロバイダ) – Wikipedia
ただ、ZEROという名前自体は、今もGMOの元で存在しています。
しかしこのCMが流れた当時のITへの期待ってのは、現実にどのくらい実を結んだかわかりませんが、なんだかわくわくするものはありましたよね。その期待が光通信の株価上昇とか、このような派手な宣伝といったITバブルの原動力だったのかもしれません。
となると、次に我々が夢を持てそうなものは、いったい何になるのでしょうね。
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