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サテラビューはあれからどうなったのか

 前回、『セント・ギガはそれからどうなったのか』のところで「さて、セント・ギガといえばもうひとつ、ある意味有名だけど普及しなかったサービスの話がついてくるのですが、それはまた後日。」と書きました。今日はその話。とはいっても一定の方にはご察しかついていたかもしれませんが。

 セント・ギガは衛星放送のデジタル音声チャンネルを2つ(主音声・副音声)持っていましたが、同時にデータを配信する「データ部」も持っていました。そこに利用されたものは何か。それは、スーパーファミコンの接続機器としてある意味有名な『サテラビュー』のデータ配信です。

サテラビュー – Wikipedia

 ほとんど上でまとめてあるので改めて書く必要もないですが、終了した原因は、次世代機(PS、SS)への移行によりスーファミが古くなったこと、そして販売形態が煩わしかったことがあります。ただ、あきらめてはいなかったようで、任天堂もてこ入れか、それともサテラビュー2を作るためか、野村総合研究所、マイクロソフト株式会社と共同で、セント・ギガのデータ放送とインターネットを融合させたWindows機向けの情報サービスを提供する計画を発表したり、京セラとの提携、BSデジタル放送およびテレビ放送への進出によるさらなる事業拡大で乗り切る計画などを提案したりしていたようです。ただ、セント・ギガの前経営陣を中心とした株主らが反対し、結果として任天堂が撤退してしまったことで閉ざされます。その後、新規スポンサーの獲得ができず、データ放送は終了、そしてセント・ギガは事実上倒産してしまったことは皮肉です。

 そして任天堂は、64DDの失敗後、現在のDSやWiiにおけるWi-fiでやっと通信の筋道が見えてきたあたり、長い道のりだったと思えます。ただ、もし、このデータ放送が生き残っていたら、Wiiにもそれを受信するための機器につなげるコネクタなんてものがついていた可能性があるかもしれませんね。

段ボール肉まん事件はあれからどうなったのか

 実は、先週くらい「毒ギョーザ事件はあれからどうなったのか」というタイトルでやろうと思いました。そして「事件は進展してないけど、ニュース以降こういうやりとりがあったんだよ」ってのを書こうとしたのですね。しかし、その直後、例の読売新聞のスクープがあり、全国的に盛り上がってしまいました。なのでここではやめておきます。以下のは、調べているときに出てきた参考サイト。

 ■中国毒ギョーザ 関連まとめ Ver2.01ステージ虱発さん)

 ■中国産食品の安全性 – Wikipedia

あれから1年、段ボール肉まん事件

 さて、毒ギョーザと同じく、中国の食問題で有名になったものがもうひとつあります。それが「段ボール肉まん」事件。これ、一時期話題になりましたけど、結局報道のやらせとか何だとかで急に収束した感じはありましたよね。今回、急に思い出して調べたら、なんとWikipediaにまとめてあるページがありました。

 ■段ボール肉まん – Wikipedia

 だけど、起こったのが2007年7月ってことは、もう1年経つのか……。

 で、くわしくは上をごらんになっていただくとして、おおまかにまとめると、地元の北京テレビのスタッフがしかけたやらせであると。で、処分ですが、関係者が免職になったほか、「偽造肉まん」ビデオを作成してテレビ局に持ち込んだ臨時スタッフ1人が司法に処され、北京市第2中級人民法院が懲役1年と罰金1000元(約1万6000円)の有罪判決を言い渡したとのこと。

 これを見て思ったのは「ああ、死刑になってなかったか。ちょっとほっとした」というもの。中国ならこれだけ話題になった者なら死刑が行われそうな予感もありましたし(もっとも私が中国の司法制度をよく知らないからですが)。でも、まずどんな報道でも、極論殺人に繋がる情報の提供でも逮捕されることがない日本に比べて厳しいものであるのには変わりないでしょう。

それは冤罪か、それとも冤罪疑惑が冤罪か

 ただもうひとつ、このスタッフが死刑じゃなくてほっとしたというのは、どこかしら、「この事件は中国が早期の収束をはかりたくて、これを真実なのにやらせとした」という疑惑がつきまとっているからとも言えます。実際、Wikipediaには日本人だけではなく、中国でもそう思っている人はいるとか。実際、どぶの水を料理に使っていたような事件などは本当にあったみたいですし。

 ただ、逆の可能性もあるのですよね。本当にこれがやらせであるということも。ただ、上のようにどうしても一度報道されてしまった以上、「真実ではないか」という疑念はつきまといます。今回の件ではなくても、例えば有名な松本サリン事件では、オウムの報道が周知されるまで、第一発見者の河野義行さんが犯人扱いされましたし、その他の冤罪事件もそうです。ここに報道の力、言い換えれば恐ろしさを感じます。

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