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ネット上のそれから Archive

ヤフオクで売り出された2chまとめブログはそれからどうなったのか

 ネット上では、サイトの運営企業が突然変わることというのはよくあります。それはそのサイトが何らかの事情(そのサイトの売却や、元の運営会社の撤退や倒産)で譲渡されるケースが多いからですが、最近では個人が運営しているサイトでも譲渡されることがあります。昔から、過去の運営者が何らかの都合で運営できなくなったために次の管理できる人に渡すといったことはファンサイトなどでよく見られましたが、最近では金銭的に譲渡されることもよくあります(あとはもとの運営者が起業するってことも)。

 で、その中にはオークションを使ったりして、個人で売りに出すケースもあります。そして、それで話題になったブログがありました。今日はそれについて。

最初に2chまとめブログを売りに出した『After』

 まず、2008年9月に、とある2chまとめサイトがヤフオクで出品されます。

 ■livedoor ニュース – 【トレビアン】2chまとめブログがヤフオクに出品?

 このサイトは『After』というもので、総アクセス数3,374,117、総記事数333、総コメント数15,898だったということ。ともあれ一番最初にヤフオクに出品された2chまとめブログだったために、話題となりました。

 ■超人気ブログが『Yahoo!オークション』に出品された! – ロケットニュース24(β)

 ヤフオクの当時のページは消えておりましたが、結果としては83000円で落札されたということ。

 ■After|JKさやの2chまとめブログ
 ■参考:2chまとめブログが83000円で落札される。5万円くらいまで競ってたんだけど俺 | インターネット広告屋の社長日記

 ちなみにその落札者が女性だったのも、話題となりました。

 ■2chまとめブログの買収で話題の『Afterの管理人・現役JKさや』に会ってきた。 – これはえがいblog

なんと53万円で売れたブログ

 そしてもうひとつ、今年の5月にオークションに出されて話題になった2ちゃんまとめブログがありました。それは『アルカン速報』という2chまとめブログ。

 ■アルカン速報、売却のお知らせ。 – アルカン速報
 ■| ^^ |秒刊SUNDAY | 人気コピペブログ『アルカン速報』が売却するようです。

 これを見ると、だいたい1日4万~7万程度のアクセスがあったようです。
 で、これもヤフオクに出されましたが、その結果がこちら。

 ■2chコピペブログ 「アルカン速報」 – Yahoo!オークション

 その落札価格は535,000 円という超高値。でもこの手のオークションではイタズラ入札が多いので、そうだと思っていました。
 ところが後日、そこに新しいサイトが開設されました。

 ■アルカン速報

 それについてのブログ主の経緯。

 ■よろしくお願い致しますsan*****と申します – アルカン速報

 この文面を信じる限り、本当に53万で落札したようです。世の中には金持ちがいるんだなあと思ったりします(まあ自作自演という可能性もないとは言えませんが)。
 あと、正式名称は今でも『アルカン速報』なのに、看板が「53万速報」となっているあたりがポイントのようなそうじゃないような。

 ちなみに両者ともFC2ブログであり、FC2の規約としては「FC2の事前の許可を得ることなく第三者に譲渡及び販売・貸与してはならない」とあったみたいですが、その点は許可が下りたということです。

二つのブログの価格差

 ちなみに、何でこの価格差がついたかというのは、以下のサイトで分析がありました。

 ■2chまとめブログオークション、アルカン速報53万とAfter8万円の違い | インターネット広告屋の社長日記

 まあ、知名度の差はありますが、オークションの妙という点もあるようで。

 そして両者とも、今でもきちんと更新されています。

私のブログは売れるかな?

 ちなみにこのブログなど私が運営してるブログ、なんかの間違いでウシジマくんに追われることにでもならない限り売るつもりはないにしても、いくらぐらいで売れるでしょうかと考えてみたことがありますが、正直あまり高値では売れないという結論に達しました。というのは、文章が中心コンテンツであるため、その運営者によって大きく特色が変わってしまうために、その譲渡されても保たれるサイトとしての価値はそんなにないと思うので。まあ私よりすごい書き手はいくらでもいるでしょうが、そういう人がいるならいちいちサイト買収する必要もないでしょうし。ついでに言えばあまり特定商品と直結していないので。あえて言えばゲームミュージックなブログ=ゲーム、ゲームCDってとこかな。
 これらのことはテキスト中心のものが多い個人サイト全般に言えるでしょう(逆に言えば、そう言った譲渡をするためには、管理人の個性を消さなければいけないのかも)。
 まあその金銭にならない特色が個人サイトの管理人それぞれの自負であり、更新の原動力であると思ったりします。

6年前にも起こっていたプロバイダの突然課金(カントリーインターネット問題)

 今、『リンククラブ』という会社がいきなり会員から一万円をクレジットカードなどの引き落としなどで徴収したことが問題として叫ばれています。

 ■ネット料金、予告なく課金…2万人から計2億円で苦情多発 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 ■リンククラブ被害報告まとめ – トップページ

 ここはインターネット普及期以前から「マックユーザー専門プロバイダー」という触れ込みでサービスを行っており、2000年以前は評判も良かったようです。しかしながら2000年以降はサービスも悪化し、退会する人も増えたとのこと。
 そして今回、ネット上での話によると、その頃から無料サービスを放置していたユーザーでも、一度クレジット番号を教えていた人からは一万円を徴収していたという話です。
 このニュースは現在進行形なので、経緯を見守ってゆきたいと思います。

 さて、実はこの手の事件は初めてか、というとそうではなく、似たような事件が6年前にも発生していたのです。それを行ったのは「カントリーインターネット」というプロバイダ。

ネット発展期に存在したプロバイダー、カントリーインターネット

 カントリーインターネットは、広島県で会員数千人を抱える地方プロバイダであり、インターネット普及期からあったものでした。今でこそ大手メーカー系のプロバイダがシェアを占めるようになってしまいましたが、2000年前後というのは地方の小さなプロバイダーでそこそこ人気があったりするところも存在していました。多摩地区のドルフィンインターネットとか(din.or.jpとドメイン名の短さに惹かれたのもある。ちなみに今でも健在です)。

 で、カントリーインターネットもそのうちの一つであり、広島県あたりではそれなりに利用者もいたようなのですが、2003年6月2日、その会員に対して「プロバイダ料金を3倍に値上げする、問い合わせには一切応じない」と言う旨のメールを送りつけたとのこと。当時年間1万8000円だったらしいので、5万4000円になったというらしいです。
 しかもそのメールには「お問い合わせにはお答え致しかねます」と、抗議を一切受け付けない分まで書かれていたようです。
 もちろん、そんなことをされてはたまったものではありませんので、会員は騒ぎますが、それ以降電話はつながらず、記載されていた住所にも会社は存在しなかったとのこと。これは2ちゃんねる等でも話題になります。

 ■参考:カントリーインターネット問題

いきなりの事業停止

 そしてリンククラブの件と同じように、公的機関などへの抗議も入ったらしいです。で、上によるとそういった期間やマスコミには説明があったらしいですが、会員には一切説明はなかった模様。
 その後6月26日17時頃、突然回線が繋がらなくなり、そこのプロバイダを使ってネットに繋げていた人は使えなくなり、ホームページを持っていた人も消されてしまったようです。

 その後、その会社がどうなったかについてはちょっと調べてもわかりませんでした。おそらくですが、倒産して逃げられたのではないかと(当時会員だった人などいれば、情報ください)。ただ、前述の参考ページからすると、少なくともサーバは復旧していない模様です。

 ちなみに、その会社のドメインはwww.potato.or.jp、あと当時ちょうどorからneへの移管時期だったのでwww.potato.ne.jpもそうだったようですが、調べてみたら現在、neのほうは旭川のケーブルテレビ局、orのほうは都内の保育サービスになっていました。まあ、potatoが一般名称ですから、空いたらすぐに取られるでしょうね。両方とも、カントリーインターネットとは全く関係なさそうです。
 でも、気をつけないと昔何かが起こったドメインを購入してしまうなんてこと、これから起こりそうだなあ。

そして、また起こってしまった類似事件

 しかし、これでネットサービスというものの不安定さ、そして課金の不安定さについて学んだはずなのですが、忘れたころに起こってしまいましたね。
 ちなみに実際にその3倍料金を徴収する前に会社がなくなってしまったみたいなので、カントリーインターネットの事件では調べた限りは金銭的実害はなかったみたいですが(それでもいきなりHPが消えた人はプライスレスな大損害でしょうが)、リンククラブの件は実際にお金が引き落とされた人がいるみたいなので。

 ■参考:■この騒動で考えなければいけない事■

 さて、これから現在起こっている問題の方がどうなるのか。ことによるとインターネットという空間でのサービス、そしてネット課金においての信用をなくし、これからのネットサービスに多大な影響を与えかねないので、この問題の推移を見守りたいと思います。

バーチャルネットアイドル(VNI)界はあれからどうなったのか

全てのはじまりは「ちゆ12歳」

 「バーチャルネットアイドル」というものをご存じでしょうか。もしかしたら「バーチャルネットアイドル・ちゆ12歳」という単語のほうが有名かもしれません。
 2001年、ネット上に誕生した「バーチャルネットアイドルちゆ12歳」は、そのタイプ、文章の面白さから一躍テキストサイト界で脚光を浴び、テキストサイト界屈指の存在となり、そのうちReadMe!において1位をとるほどになります。当時、その影響は絶大で、ちゆ12歳に紹介されたために、サーバが落ちるほど(当時は回線細かったので)アクセスが集中する「ちゆショック」まで発生しました。そして有名税としてこんな噂(?)まで出てきましたし。

 ■MMR緊急報告 忍び寄る悪魔の右傾化扇動工作 人類はネット右翼になる!? – ちゆ12歳

 さらにちゆ12歳自身が「当サイト製の文章・画像の無断転載・改変その他大歓迎」としたため、同じようにヴァーチャルネットアイドルという形式をとったサイト、及びこのちゆ12歳のサイトフォーマットをそのまま使ったものがたくさん生まれました。

VNI界の発生

 そのちゆフォーマットで最初に登場したのが「ばーちゃんネットアイドル ちよ74歳」というもの。つまり半分ネタだったのでしょうが、これが功を奏したのか、様々な形で拡大してゆきます。
 そのうち「VNI四天王」と 呼ばれるサイト(ちゆ12歳、うろん、おこめ、LLL)を筆頭に数々のサイトが生まれました。
 バーチャルネットアイドルの歴史については、以下が詳しいです。

 ■教科書には載らないVNIの歴史ヽ(´ー`)人(´ー`)ノ

 初期は葉鍵ほかギャルゲーのキャラクター(Kanon、AIR、痕等)をVNIにしたものがかなり見受けられますね。ある意味、この時代のネット文化を象徴しているようにも思えます(あと、私はあまり知らないのですが、シスタープリンセス系も多かったみたいです)。

 ■参考:Leaf・Keyのゲームがインターネット上で盛り上がりを見せた奇跡的な時代 – 空気を読まない中杜カズサ

 これらはテキストサイトブームの流れを受け継いでいるのですが、ここで一気に燃え上がったという感じです。このあと数年間、2月14日はVNIサイトではなくても、背景の色をちゆフォーマットにする「ちゆデー」なんてのもありましたね。4月1日のネタを個人サイトで壮大にやりはじめたのも、この頃からだと思われます。

 ■参考:バーチャルネットアイドル – Wikipedia

ちゆ12歳の更新停滞とVNI界の変遷と衰退

 しかし、1年半が経過すると、ちゆ12歳の更新はスローになってゆきます。そして葉鍵ゲーの人気も一段落ついたあたりから、このVNI界にも別の波が押し寄せます。それはネットゲームの『ラグナロクオンライン』の存在。多くのサイトがテキストサイトというよりはこのゲームの実況中継的なサイトになってしまいます。そして、そのRO化の流れに、苦言を呈するサイトなんてのも誕生しました。
 しかしこのあたりの流れは、同人ジャンル(特に男性向け同人誌)の流行り廃りと微妙に連動している感じがありますね。

 そしてそのラグナロクオンラインも人気のピークを過ぎ、且つちゆ12歳も音沙汰がほとんどなくなってしまったことから、VNI界も縮小してゆき、あるサイトは閉鎖、またあるサイトはフォーマットをチェンジしてゆきました。

現在、VNIサイトはどうなったのか

 では、現在それらのサイトはどうなったか。以下、主なものをまとめてみました

★現在でも頻繁に更新が行われているVNIサイト(リニューアルしたもの含む)
 ・TBN -Today’s Best News-
  ※旧名「本日の厳選モノ 茜17歳」。おそらくこの系統で現在最大手。
 ・バーチャルネット思想アイドルやえ十四歳
 ・エルエル(元エルエル10歳)
 ・チェきが手を噛むので(元チェき14歳)

……

★不定期ながら更新が行われているサイト
 ・
 ・バーチャル2ちゃんねらー裕子(2ちゃんねるのスレ紹介サイト)
 ・バーチャルネットプリーストさやさや16歳
 ・もなみ9歳2.0(旧もなみ9歳・もなQらいと)
  ※UJI-ARMYさんのご指摘で修正。
……

★半年以上お休みなサイト
 ・バーチャルネットアイドル・ちゆ12歳
 ・うろん
 ・777’s LoopLight’sLoom
 ・メモリ11歳
 ・ゆき14歳
 ・バーチャルネット微生物・みじん子0.3mm

……

★閉鎖
 ・ちよ74歳
 ・メイちゃんブログ
 ・秋子28歳(平成14年3月31日閉鎖)
 ・名雪17歳
 ・荒廃の歌
 ・バーチャル三十路アイドル千鶴30歳
 ・らぐあゆ(バーチャルアコライト見習い”あゆあゆ16歳”)

 本当は全部やろうと思ったのですが、その数を見て力尽きました(おまけに数回しか更新していないサイトもあるし)。詳細は以下を参照してください(ただし、更新が最近の日付でも、404になっている場合もあります)。

はてなアンテナ – VNIアンテナ2

 そういうわけで、ほとんどのサイトは閉鎖もしくは長期休止、続いているとしても、名前を変えているサイトが多いです。あと、この時期ちょうどホームページからブログへの変遷時期だったこともあって、一度クリアしてブログに移行している人もいるでしょうね。

VNIはいなくなっても、テキストは在り続ける

 このように、VNI界というものは衰退してしまいましたが、これはあくまでテキストを公開する際の方法手段が変わっただけで、中の人がいなくなったということではないでしょう。おそらく、ネットの何処かで旧VNIの中の人だった書き手が、今もテキストを書いているのではないでしょうか。ネットの通過点にあったバーチャルネットアイドルという存在は、確実に一時代を担ったと思われます。
 そして、七夕のように2月14日、そして4月1日には、かつてのネット上にそんなものがあったということを回想してみるのもよいのではないでしょうか。

……

◆最後に余談
 今回調べてみると、「ちゆ12歳」の活発的に活動していた時期というのは、1年半くらいなのですよね。その短い期間であれだけの影響を残したサイトというのは、希有な存在なのではないでしょうか。

独特な雰囲気のレンタル掲示板「-宙」はあれからどうなったのか

かつて、ネット上で掲示板が隆盛を誇っていた時代があった

 最近、MegaBBSが閉鎖しました。時代の流れを感じます。

 ■MegaBBS閉鎖ということで、スレッドフロート型掲示板の歴史を回想してみる – Timesteps

 掲示板というのは、2000年代前後にはネットコミュニケーションの手段として一番大きなものだったと思います。そして2chやMegaBBSのような大型のものではなくて、個人サイトでも必ずと言ってよいほど掲示板が置かれていました。それは今で言うところのブログを設置する感覚と似ているところがあったかもしれません。
 さて、そんな掲示板でもいちいちCGIを組んで設置する人は少数派で、多くの人は「レンタル掲示板」というものを使っていました。つまりとあるサービスに申し込んで、自分用の掲示板を借りるというサービスですね。これもまさしく今のレンタルブログと同じ感じ。有名なところとしてはteacupなどがありましたね。

 ■teacup.無料レンタル掲示板

独特の世界が魅力だった掲示板「-宙」

 しかしこのレンタル掲示板サービスの中に、ちょっと変わったものがありました。その名前は「-宙」というもの。この掲示板は普通のものとはいろいろな点でかけ離れていました。一番大きかったのは、その世界観と、防人と呼ばれる人工無脳の存在など、「変化すること」でしょうね(つか、今回調べてあの人口無能に名前があったのを初めて知ったような)。
 まず、この掲示板は名前の通り「宇宙」に見立てられています。そして掲示板は「星」とみなし、その世界観の中で掲示板を楽しむという感じ。独特な点はさらにあり、書き込み時間がその「-宙」の暦に変化したり、「食」と呼ばれる書き込めない日があったりしたのです(これはサーバ負荷の軽減のためだったとか)。
 そして、最もおもしろい点は、この掲示板が変化することにあります。たとえばこの掲示板にはたまに人口無能が勝手に書き込みを行ったりしますし、書き込み数や訪問者数などに応じて、星(掲示板)が変化して機能が増えたりするといった要素があり、ただ書き込むだけのものではなかったのですよ。今で言うところのブログペットみたいなものを、掲示板でやっている感じでしょうか(というか、宙のほうがはるかに先だけれども)。他にもユーザーを楽しませるいろいろな機能がありました。

 これらに掲示板としての実用性があるか、と言われると、殆どは無駄でしょう。しかし、そういった無駄なところがこの宙の魅力だったのですよね。この頃のサービスって、ボトムメールとか、実用性を追い求めるよりも遊び心に溢れたサービスがけっこうあったのですよね。私が行っていたページにも、宙を設置していた人はそれなりにいました。なんだかあの頃はのんびりとした独特な空気がホームページにもあったよなあ……。

開発したのは企業ではなく、個人の集まり

 これを最初に運営していたのは、企業ではなく早稲田大学の学生が集まった「宙プロ」という集団。ここが1999年から、サービスを始めました。
 しかし、これが話題になり、利用者が増加したことから、当時の個人レベルで持ちうるサーバとスタッフの人数からは限界が来てしまいます。しかし、そのうちに楽天がサービスとして、この「-宙」を導入。その後「-宙」はInfoseek内のサービスとして生き続けることになります。

掲示板の縮小と「-宙」の終了

 しかし2006年2月に大規模なサーバ障害が発生し、2月23日からサービスを長期停止して、同年4月5日にサービスの復旧を断念。同年7月3日をもってサービスを終了したとのこと。私にとっても知らない間に終わっていた感じです。

 ■参考:掲示板的コトバ宇宙「-宙」 – Wikipedia

 とはいえ、この時代になると、掲示板は機能しなくなってきていたのですよね。というのはブログに移り変わってきたというのもありますし、掲示板が宣伝スパムスクリプトによって、まめに管理していないとすぐにスパムで埋まってしまうようになったというのもあるでしょう。これも時代の流れなのでしょうか。

ネット上のコミュニケーションは永遠

 ただ、ネットでの文章によるコミュニケーションはブログなどに受け継がれていますし、「-宙」のような形のものも、前述の「ブログペット」などの技術に受け継がれています。掲示板という形が無くなっても、そこで培われてきたコミュニケーションは未だ健在なのではないでしょうか。

 そして、宙プロは今でもちゃんと存在して、新しいプロジェクトを立ち上げていたりするようです。

 ■TopPage – 宙プロ妄想ドリンカーズ
 ■コトバのプラネタリウム[空言(soragoto)] TOP Page

劇的なCMで有名になったプロバイダーZEROはどうなったのか

『お前に金を使わせる奴は、大統領だって敵と思え』

 前回は『大橋巨泉がCMをしていたJside.comはどうなったのか』において、大橋巨泉のCMのインパクトが大きかったJide.comについて書きましたが、当時のインターネット系CMにおいてはもうひとつ、話題になったものがあります。それはプロバイダーZEROのCM。

 このCM、覚えている人も多いのではないでしょうか。CM的なものとしても、台詞がどれもいい感じです。特に『お前に金を使わせる奴は、大統領だって敵と思え』は、いい言葉です。

 さて、このCM、おもしろいのはさることながら、キャストからスタッフまでなにげにものすごい豪華です。まずこの父さんはハリウッド役者のスティーヴ・ブシェミ。それに映像監督は現映画監督の中島哲也氏、そして音楽はこれも有名な作曲家菅野よう子さんだったりします。ちなみにこの音楽も『CMようこ』に収録されていますね。

 CMようこ

インターネット発展期とプロバイダーZEROの誕生

 さて、このCMを行っていたプロバイダーZEROというのは、当時1500円するのは当たり前だったプロバイダー料金を0円にするという触れ込みで宣伝をしていた企業です。とはいっても基本料金が0円で、あといろいろなところで料金がかかっていたのdすが。
 ちなみに当時、このような低価格、もしくは条件付(広告など)で無料というプロバイダーはほかにもありました。そのひとつがlivedoor。そう、ホリエモンや小飼弾氏がいたオン・ザ・エッジに買収される前のライブドアです。

 この会社、そもそもはパソコン通信時代から存在したパソ通サービス会社、マスターネット株式会社が前身でした(ちなみに)明治乳業(コメントでご指摘いただき、訂正)の100%子会社だったようです)。しかし1990年代後半から、時代はインターネットへと移り代わり、この会社もインターネット接続事業を開始します。1997年には、NTTドコモと提携し、10円メールサービスを開始しているとのこと。

 そしてプロバイダー間の競争も激化していた2000年、社名をゼロ株式会社に変更し、基本接続料無料のインターネット接続サービス「Internet Free Access ゼロ」提供開始します。その時に流れたのが、最初のCMですね。ただ、このCMのインパクトは大きかったらしく、けっこう加入した人はいたみたいです。
 ちなみに150時間プランでは、年会費500円で基本接続料金が月100時間まで無料という感じみたいす。

ADSLの発展とプロバイダーZEROの衰退

 しかしながら、この後急速にADSLが普及したことから、常時接続が当たり前となってゆき、プロバイダーZEROの利点がだんだんと失われてゆきます。そして数多くのプロバイダが業務停止する中、プロバイダーZEROも2004年11月1日 ISP事業をGMOインターネットに吸収分割。同時に、ゼロ社はスカイマークエアラインズ(現スカイマーク)に合併となり、解散したということです。

 ■参考:ZERO (インターネットサービスプロバイダ) – Wikipedia

 ただ、ZEROという名前自体は、今もGMOの元で存在しています。

 ■ZERO INTERNET PROVIDER

 しかしこのCMが流れた当時のITへの期待ってのは、現実にどのくらい実を結んだかわかりませんが、なんだかわくわくするものはありましたよね。その期待が光通信の株価上昇とか、このような派手な宣伝といったITバブルの原動力だったのかもしれません。
 となると、次に我々が夢を持てそうなものは、いったい何になるのでしょうね。

大橋巨泉がCMをしていたJside.comはどうなったのか

世紀末とインターネット発展の兆し

 1999年の夏と言えば、ノストラダムスの大予言が本気で来るとは思っている人はほとんどいなかったでしょうが、今思い返すと、もしかしたら的な微妙な空気に包まれていたような感じもあったように思えます。もちろんそれを口に出す人はほとんどいませんでしたが。
 それはともかく、この時期はインターネットの発展の可能性が見えてきた時期で、IT革命とかITバブルなんて言葉が多くの人はその実態もわからず使われ始めた時期でもあります。「インパク」の発案がされたのもこの時期でしたね(開催は2000年末から1年間)。

 さて、そんな時期にとあるネットサービスが話題となります。その名は「Jside.com」というサイト。

大橋巨泉のCMで話題に

 さて、このサービスを行っていたのはジェイサイドという企業ですが、どんなことをしていたかは知らないけど、名前だけは知っている人はそれなりにいるのではないでしょうか。それは、このサイトのCMがテレビでかなり流れていたこと。そしてそのCMに出ていたのが、1980代の人気司会者でありながら、セミリタイアしてほとんどテレビ出演しなくなっていた大橋巨泉だったから。たしか2~3種類のCMがあったと思います。
 ちなみにこのサイトで行っていたのは、コミュニティサイト。つまりユーザーをそこに参加させて、主としてコミュニティ系のコンテンツを使わせるという感じのサイトですね。当時、インターネットで利益を出すためには、自社をポータルサイトとして有力な位置に据えて、そこから広告料やらコンテンツ使用量やらをとるということが提案されていました(例としてYahoo!、Infoseek。Lycos、Excite等)。そしてこのJside.comも、同じようなビジネスモデルを目指していたものだと思えます(ただ、別の要因もあったみたいですが、それは後述)。

 さて、何故このサイト、いきなり出てきてこんな宣伝をする余裕があったのか。それは当時ITバブルの中心にあったとも言える企業、光通信がこのジェイサイドの出資会社だったからみたいなのですよね。つまり、株価が以上に上がっていた光通信がその余力でこのようなコミュニティサイトを作ったということでしょう。その開設は1999年6月でした。

Jside.comの中身

 さて、Jside.comの中身ですが、コミュニティサイトとはいえ、どっちかというとYahoo!のようなポータルサイトをコミュニティコンテンツに特化した形という感じだったと思えます。ですのでmixiとかとはちょっと違ったような。とりあえず以下に当時の記事を見つけました。

 ■第6回:携帯電話と連動したオンラインコミュニティの提供サービスINTERNET Watch

 ただ、酷いことを言ってしまえば、独自性のあるサービスが見あたらないで、ほとんどがYahooとかのほうで事足りてしまうものだったとも言えます。
 あと、以下は当時の2chの書き込みですが、問題点などが書かれています(信憑性は各自でご判断ください)。その中にはこんなものも。

 ■Jside.comって再建可能なの?

3 名前: 名無しさん@1周年 投稿日: 2000/05/20(土) 06:30
ネタバラシちゃ駄目だけど、、、、j-sideは無料でサイトを提供するとは言っても、最初の設立時からユーザーの個人情報を商売にする前提で、会社の設立をしているから(J-side.comのホームページを良く読めば書いてある)ユーザーの属性などデーターとして整理し易いサイトの運営をしているのであって、ユーザーの使い易い環境・条件を整備すると言う視点が無いのよ。

 ちなみに個人情報保護法の施行は、これより3年先の2003年5月23日ということも付け加えておきます。

光通信の株価暴落とJside.comの売却

 しかし2000年3月、親会社の光通信の株価が暴落、「光通信ショック」が発生します。その結果、20日連続ストップ安という記録になり、ITバブル崩壊の序曲となります。そしてその影響はJside.comにもやってきます。

 ■光通信 (企業) – Wikipedia

 この時点で、独自の特徴が打ち出せていなかったJside.comは、この事業整理の対象となり、2001年2月、ジェイサイド・ドットコムは精算され、事業は株式会社エムステーション・ドットコムに売却されます。

 ■“巨泉CM”のジェイサイドが清算へ ~「Jside.com」は他社が引継ぐ

Jside.comからJenka.comに

 売却先の株式会社エムステーション・ドットコムという会社は韓国の会社で、「ポイントキャッシュバックを売りにしたサイト「エムスタ」を運営していました(エムスタの話もまあ機会があったら)。
 ■「Jside」の受け皿となった「エムスタ」が事業方針を発表

 しかし、ここでもJside.com事業が立ちゆくことはなく、2005年3月、株式会社イメージファクトリーへ引き継がれます。

 ■highbiscus:Jside.comがJenkaにリニューアル

 そしてここで大幅リニューアルが行われ、Jside.comはJenka.comとなり、2005年8月、正式オープンします。このJenka.comというのは、アバターチャット、ブログ、コミュニティの作成などのサービスを提供していたサイトで、キャッチフレーズは、「夢を持つ『オトナのため』のアバターコミュニティーサイト」だったとのこと。そのアバターのデザインは江川達也がしていたようです。
 
 ■参考:Jenka.com – Wikipedia

 でも、今になって思うのは、ちゃんと江川達也は仕事をしていたのか?ということです。だってなあ……この当時からマンガの手抜きがとんでもないことになっていたし。そもそもアバター向きのキャラかどうかってところもありますし。まあどうでもいいことですが。

そして消滅

 しかし、この当時にはすでにmixiなどソーシャルネットが圧倒的な人気を誇っていたのもあり、この手の旧来型のコミュニティサイトは苦戦を強いられるものが多かったように思います。そしてこのサイトも奮わなかったのか、2007年3月31日、「事業継続が困難」との理由によりサービス終了。このJside.comの系譜に終止符が打たれました……とはいってもネットの実績的に、何を残したかと言えば、結局大橋巨泉のCMを超えることはなかったわけですが。

歴史は繰り返す

 だけど、このようなサイト設立、そして閉鎖の歴史は、インターネット上では何度も繰り返されてきたことなのですよね。

 ■10年後の8月にも僕らはあのサイトを覚えているだろうか? 悲しくも閉鎖・終了しちゃうウェブサービスを集めてみたよ2008夏のおわり:MarkeZine(マーケジン)

 成功の影にはいくつもの失敗あり。おそらくこの歴史はこれからも新しい形で繰り返されてゆくのでしょう。

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