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ニュースのそれから(他サイト紹介) Archive
データが持ち帰れないという話があった撮影会はあれからどうなったのか
- 2008-10-01 (水)
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今日は水曜なので軽めに。
データを持ち帰れないデジカメ写真撮影会
さちょっと前にネットで話題になってものがあります。それはアイドル三好絵梨香さんの写真撮影会。しかしながら、アイドルが話題になったというよりは、その形式。その撮影会はヤマダ電器が行ったものなのですが、その参加条件は「2万円以上のデジカメを購入すること」。まあこれなら高いけど、アイドルに価値を見いだせるのなら、人それぞれでしょう。なんたって、握手一回にCD複数枚買わないといけないイベントもあるようですし。
しかしこれにはまだ条件がありました。それは「撮影されたデータはお持ち帰りいただけません」というもの。つまり、買ったデジカメで写したデータは持ち帰りできないと。これがネット上の話題になりました。
プリントはしてくれる
これだけ見ると、「これはひどい」と思うでしょうが、もうちょっと調べてみると実態は少し違うようでした。これはたしかにデータは持ち帰りできませんが、『撮影したデータの中から1枚選んで2枚プリントアウトして、1枚は撮影者が持ち帰りできる』とのことで、前述の文から感じられるように、撮影してアイドルに会って終わり、というのではないようです。まあその2枚がどうなのかは、人によるでしょう。
参加者7名?
さて、これはどうなったのか気になっていたら、まにあっくすZさんで、それの情報ありました。
■まにあっくすZ 撮影データが持ち帰れないというあの撮影会が開催! 気になる参加人数は…
■参考:まにあっくすZ 撮影会だけど 「撮影されたデータはお持ち帰り頂けません」 ハロプロ仰天イベント開催
ソースは2chなので正確なところは不明ですが、ここで出ている様子からだと、どうやら7名~14名程度ということ。ただ、『撮影会は2人1組みで5分ほど設けられ、握手時も好きなだけじっくり話せたとのことで、参加されたファンたちにとっては十分に満足のいくものだったそうだ』ともあります。
また、イベント開始前に主催者側から「今回のイベントがネットや週刊誌で騒がれてみなさんにご心配をかけて申し訳なかった」という謝罪があったらしいです
イベントは成功だったのか、失敗だったのか
ただ、これを失敗と言い切れるかは微妙なところです。店にしてみれば、確実にデジカメの7台~14台ははけたわけですし。ただ、この「ケチ」評判がどう影響するかってのもありますが。アイドルも仕事だし、参加条件が厳しい&場所が全国から集まるには厳しい高崎なので、集まらない理由にはなるかもしれません。撮影できないイベント参加者も40人くらいはいたらしいですし。それなりに人気が高い人でも、場所と状況次第で参加者が少ないということはわりとあるので(アイドル事情は全くわからないので、判断できませんが)。でも、これがヤマダ電器の企画ならともかく、事務所との中にイベント会社入っていたらちょっとそこへの風当たりが強いかもなあ。
こういう場合、外部からはそれがプラスだったのか、マイナスだったのかというのはわからないので、まあ当事者が成功と思えば成功、失敗なら失敗ということですね。それこそネットでの話題がプラスになったなんて見方も出来るかもしれませんし、もちろんマイナスも。
まあ、結果として参加した人が満足していれば、それはそれでいいと思います。限定特典のために、同じマンガや雑誌を2つ以上買った経験がわりとある私としても、価値観は人によって違うと思いますので。
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富山連続婦女暴行冤罪事件はその後どうなったのか
- 2008-08-29 (金)
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去年、ニュースを騒がせた冤罪事件がありました。それは「富山連続婦女暴行冤罪事件」。
ざっと説明すると、裁判で懲役3年に処され刑に服した男性が出所後、真犯人が見つかったという冤罪事件です。去年のニュースでかなり報じられていたので記憶している方も多いでしょう。その時の処々の問題、そしてどうなったかを調べていたら、Wikipediaともう一つのサイトにとりあげてありました。
■参考:痛いニュース(ノ∀`):【富山レイプ冤罪事件】『警察にも非があるが、あんたにも非がある』富山県警、誤認逮捕・二年間服役の男性に
父親のこととかも含め、読んでいてかなりやるせない気持ちになります。
そして2007年10月10日に、無罪判決が言い渡されました。
■【富山冤罪事件】 判決要旨 (1/2ページ) – MSN産経ニュース
しかし、冤罪を受けた方が国家賠償請求をするという話以外は、再発防止策など具体的なニュースはあまり伝わってきません。ニュースがないことが怖いってこともあるのですね……
つか、この冤罪事件って裁判員制度を前にして、「このような冤罪があり得る」という可能性を植え付けてしまった以上、それを取り除く努力をしないと、とんでもないことになると思うのですが。それが冤罪の人はもちろん、本当はやっている人を無罪にしてしまう手法としても。おそらく裁判員制度がスタートしたら、弁護士側はこの事件などの冤罪を頻繁に引き合いに出して、「裁判員は無実の人を有罪にするかもしれない」という無言の圧迫をかける作戦をわりと使ってくると予想しています(それの真偽がどうであれ)。そうすると、今度救われないのは被害者なわけで。富山の事件も冤罪を受けた人もかわいそうだけど、被害者もかわいそうなんだよなあ……当然憎むべきは真犯人なわけなのに、そのへんがこれから今以上に複雑なことになりそうで怖いです。
とはいえ、裁判員制度が上手く機能すれば、こういう冤罪を防止することも出来るはずなので、運用がうまくいくことを期待したいと思います。
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セント・ギガはそれからどうなったのか
- 2008-08-20 (水)
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日本でアナログの衛星放送が開始されたのは1989年、そしてその2年後の1991年、WOWOWが民間で衛星放送を開始しました。そしてその時同時に、同じチャンネルのPCM音声を使用してラジオ放送を行う衛星デジタル音楽放送であるセント・ギガも開局しました。実際には視聴したことはなくても、名前くらいは聞いたことのある人はそれなりにいらっしゃるのではないでしょうか。それこそCSが始まる前は、新聞のテレビ欄にも載ってましたしね。
セント・ギガ~音の潮流
これは非常に特殊なラジオ放送で、タイム・テーブルならぬタイド・テーブル(潮の干満と月の運行を基準とする)に則った、先鋭的な編成であり、時報なし・ニュースなし・DJなし・トークなしというスタイルは「音の潮流」と言われていました。説明は難しいのですが、有線放送みたいな感じですが、それとは微妙に違う感じを受けるものでした。
衛星デジタル音楽放送(株)経営不振、それから……
では、現在それはどうなっているのか、ご存じの方は少ないかもしれません。まあ結論から言えば、現在は「セント・ギガ」はなくなっているのですが。それが以下のサイトにまとめてありました。
■セント・ギガって今どうなってるの?(セント・ギガ・フォーエバーさん)
詳しくは上のサイトを見ていただくとして、ここでは流れを簡単にまとめてみます。
セント・ギガ(衛星デジタル音楽放送(株))は経営不振から、2003年3月「(株) ワイヤービー」という会社に吸収合併、4月からは「クラブコスモ」というステーションネームで放送を続けていたのですが、この会社は早々にセントギガ事業の売却を決定、同年10月からWINJという会社に引き継がれることになりました。ところが、クラブコスモからWINJに移行直後の03年10月中旬にワイヤービーは倒産してしまいます。これらのドタバタで、クラブコスモ(ワイヤービー)に代金を払ったのにスクランブルが解除されない、あるいは解約したのに返金されない、といったトラブルも発生していたようです。
↓
BSデジタルに完全移行のため、2005年3月31日午後10時をもって、アナログ(BS5ch独立音声)放送を終了しました。05年5月10日以降は、BSデジタル(333CH)のみで放送されています。
この頃には、セント・ギガは「WINJ333」という名前に変わっていました。
放送休止まで
その後、スクランブルなし、ほとんど再放送という流れが続いた後、ホームページも更新されなくなります。そして2006年10月の追記には以下のようにあります。
9月からはEPG(電子番組表)も表示されなくなりました。9月中旬以降は無音状態が数時間続く日もあり、いよいよ総務省が調査に乗り出しました。9/29にはNHKのニュースでも取り上げられ、このままの状態が続くと放送免許の取り消しもあり得るようです。
現場のスタッフは何とか放送を維持しようと、ボランティア状態で頑張っていますが、資金難という本質的な問題が解決しない限り、いつまでこの状態が続くのかは誰にも分からないようです。
……泣けてきます。ただ、以下のリンク先を見ると、もうこれより前の時点で放送としては死んでいたのかもしれません。
だが、問題は、引き継いだWINJの経営陣は、放送局を安く買い取って高く売り抜くためのマネーゲームの手駒としか考えていなかったと思われる点にある。
新規加入者獲得やスポンサー獲得のための積極的な営業はほとんど行われず、有料課金システムの構築もされずに実質的なノンスクランブル放送=無料放送が行われていた。このような状況でCMもなく聴取料収入もないのだから、事業として成り立つはずのないことは自明のことであったといえよう。
そして2006年11月1日より来年1月31日まで、放送休止が決定しました。
放送終了
しかしその1月31日になっても再開せず、幾度かの放送休止延長を経た上、2007年11月14日、電波監理審議会が放送法第54条の24第2項に基づき、委託放送事業者の認定取り消しを決定、放送終了となりました。
デジタル移行問題で揺れている影で、こうやってひっそりと終了したものもあったのですね。でも、こんな壮絶な展開になっているとは思いませんでした。たしかにセント・ギガは特殊な局だったのかもしれません。でも、テレビ離れが避ければれている昨今、CSや地方局、下手をすればキー局でも、こんなことが起こらないとは限らないでしょう。
…
さて、セント・ギガといえばもうひとつ、ある意味有名だけど普及しなかったサービスの話がついてくるのですが、それはまた後日。
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1ch.tvはそれからどうなったのか
- 2008-08-06 (水)
- ニュースのそれから(他サイト紹介)

今日は、ほかのサイトでまとめてあったものの紹介。水曜更新分は、こういったほかのサイトでまとめてあったネタや、Wikipediaに書いてあったネタの紹介にしてみようと思います。
■教科書には載らない「1ch」の歴史 (ちゆ12歳さん)
もういちいち書くまでもなく、ちゆさんはテキストサイトの超有名的存在です。最近は更新が激減していますが、それでもたまに書かれているエントリーの精度、そしておもしろさは群を抜いています。で、上のは去年書かれたもの。ネットではある意味有名な1chの歴史とそれからどうなったかがしっかりと書かれています。
当時、私もネットをしていましたので、この経緯を見ていました。その当時これを取り扱ったサイトはもうほとんどなくなってしまいましたね。
さて、これが書かれてから1年以上経つわけですが、その間1chはどうなったかというと、全く動きがありません。
スパムスクリプトが書かれ、今年人力で書き込まれたものを探すほうが苦労します。(追記:でも、見直したら意外と消えている感じ。もしかしてちゃんと管理されているのかな?)
個人的には、参入の仕方、動機、そして運営方法などが、2000年近くいくつも出現して、そして潰れた数々のITベンチャー企業並に甘かったのではないでしょうか。結果としてこのようになってしまいましたが、1chの記者制度がきっかけで、それを参考にして2chの+板における記者制度が始まったともいわれていますし(詳細は不明)、全く存在意義がなかったわけではないと、思います。
ちなみに上のちゆ12歳さんの記事では、最後以下のように締めくくられています
終わりのないのが終わり。
まさしく。今年の10月で、1ch.tvは7周年となります。
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