- 2009-09-06 (日) 0:05
- ニュースのそれから

1995年の衝撃
昭和50年代生まれの私にとって、今まで社会的に一番印象に残っている年はいつか、と聞かれれば、1995年と答えるでしょう。それは1月17日の阪神淡路大震災、そして3月20日の地下鉄サリン事件から始まる一連のオウム事件があったからです。この年はこれらのことを全く目や耳にしない日はないくらいでした。今思ってもなんというか日本が独特の雰囲気に包まれていたような年だったと思います。
私は当時学生でしたが、おそらくこんな衝撃的な出来事が起こる年は一生のうちでまたあるかと思う位でした(2001年9月の新宿ビル火災と911にもさすがに驚いたけど)。
さて、この当時毎日のようにこれら、とりわけオウム事件についての報道がなされ、それらのニュースがない日はありませんでした。当時はまだインターネットやケータイは全然普及していない時代ですので、主な情報入手先はテレビや新聞でした。今考えてみれば、ここが日本人が一番多くテレビに集中した最後の時だったのかもしれないなんて思ったりします。
で、そんなわけで連日オウムの報道がなされていて、そこでよく使われた言葉は子供でさえ覚えているくらいでした。当時バイトに行った子供のイベントで、小学生が「ああ言えば上佑」とかオウムの歌を歌っていたのには、そこまで影響してたんだ…と妙な関心をしたものです(当時小学生だった人は今は20代前半くらいでしょうが、やっぱそうだったのかなと)。
そんな中、それまでは日本人の多くの人が知らなかったのに一気に知れ渡った単語と地名があります。それが「サティアン」と「上九一色村」。
オウムの拠点
この単語、20歳以上の人なら覚えている人も多いでしょう。
簡単に言えばオウム真理教の施設名。地下鉄サリン事件以後はそこへの捜査の模様、そしてそこでわかったことなどが連日報道されました。特に有名なのは、サリンを製造していたと言われる第七サティアンですね。
ここを舞台に様々な捜査が行われましたが、捜査員がものものしい毒ガス対策装備をしながらガス検知用のインコかカナリアを持って歩くシーン等も繰り返し流され、インパクトに残りました(今思うと中東戦争時のオイルにまみれた鳥映像くらい流しすぎな感はありましたが)。
で、このサティアンがあった山梨県の村、上九一色村も一気に知名度が広まってしまいました。もともとここには1989年からオウム真理教が施設を建て始めて、ごく一部では「ここで共同生活をしている」とか「パソコンを組み立てている」程度には知られていましたが、この1995年で一気に注目されたと言えます。ちなみに事件の前にここのネタで「ホトトギス神秘教」というギャグをしたマンガがあったのですが、あれは事件後に読んでびっくりした記憶があります。
その後、一連の捜査が終わり人がいなくなると、ここは興味のある人の観光名所として実際に行ってみる人がそれなりにいたそうです。しかし翌1996年には、そおサティアン全体が取り壊されてしまいました。
さて、その上九一色村ですが、この一連のオウム騒ぎによって本来の村民自体はオウムと殆ど関わりがなかったにもかかわらず、ネガティブなイメージがついてしまったために、その回復に悩まされることになります。
富士ガリバー王国建設
そこで、1997年に村のイメージ回復のためにテーマパーク「富士ガリバー王国」が設立されます。名前の通り、ガリバーが横たわっていたりする欧風のテーマパークで、最初の頃は話題になった上九一色村でテーマパークが出来たということで、何度かニュースで紹介されていた記憶があります。
しかしその矢先、1999年に運営会社のメインバンク、新潟中央銀行が経営破綻になり、その煽りを受けます。加えて来場者数も伸び悩みます。それは長引く不況のせい、そしてかつてのイメージがぬぐえなかったせいもあるかもしれませんが、個人的にはそれよりも交通アクセスの悪さがあると思います。いや、ここ車以外での到達が非常に難しいのですよね。鉄道から遠いし。自分もちょっと仕事に暇が出来たので、実際に跡地のいけるところに行って(廃墟でも管理下にある施設に入ったら不法侵入となるのでたいていは外側からくらいしか無理)様子を見てこようかなとは思ったのですが、ここ、鉄道で到達するのが困難なので、車のない私は断念しましたし。
ちなみにそのHPが今でも残っていました。
ホームページが独自ドメインではなく、アサヒネット内なのが時代を感じさせます。
富士ガリバー王国閉鎖、そしてザ・ドッグランオープン
そして2001年10月28日、閉鎖となります。ちなみにその後、跡地は心霊スポットとして一部で有名になったようです(未確認情報ですが、その際侵入した人が不法侵入で書類送検もされたりしたようです)
その後2002年にタカギリゾート(現・壮快美健館)がこの土地を買収します。
■ガリバー王国の競売→タカギリゾートが落札=山梨県上九一色村[021128](当時の2chニューススレより)
そしてその後、この土地に愛犬家が犬と遊ぶための施設『ザ・ドッグラン』が2004年08月にオープンします。
更地に
しかし、やはり交通の便が災いしたのか、2005年には営業を休止(ちなみに、この当時日本各地でテーマパークが閉鎖しています)。その後2006年には不動産大手のアーバンコーポレイションが買収します。そして2007年には既存の構造物全般を解体し更地になったようです。しかし、最近のことなのでご存じの方もいると思われますが、アーバンコーポレイションは2008年8月13日に経営破綻してしまいます。
■2008年8月13日(アーバンコーポレイション – Wikipedia)
アーバンコーポレイションは現在経営再建中でありますが、この跡地の持ち主がどうなっているのかは不明です。
■参考:【地域経済】「ガリバー王国」閉園から6年…跡地利用針路どこへ 山梨 [08/04/11](2chのニュース記事より)
■参考:富士ガリバー王国 – Wikipedia
名前が消えた上九一色村
さて、この土地の所有者だけではなく、実はこの地域の名前も変わっているのです。
平成10年代に頻繁に行われた「平成の大合併」において、この上九一色村も他の市町村と合併することになったのですが、そこでちょっと変わった現象が起きます。ここには南側に精進と本栖と富士ヶ嶺、北側の山峡には梯と古関の各地区があったのですが、それぞれの関係性は交通の都合上など薄かったたため、いろいろな協議がありながら、合併時には北部は甲府市などと、南部は河口湖町などとの合併を行うこととなり、2006年3月に北部は甲府市・中道町と、南部は富士河口湖町(河口湖町、勝山村、足和田村が合併した名前)と上九一色村南部の合併が行われます。これによって「上九一色村」の名前はなくなりました。
■麻原被告逮捕から10年…上九一色村消滅 – nikkansports.com > 社会ニュース
■参考:甲府市・中道町・上九一色村 合併協議会
■参考:livedoor ニュース – [特集]オウムの幻影を追って(1)
■参考:上九一色村 – Wikipedia
これからどうなるか
前述のように、現在は特に何もない場所になっているようです。やはり交通の便がネックでしょうね。ただ、このあたりには本栖ハイランドなどオフロードコースがあり、そっちが趣味な人には人気があるみたいです。
■本栖ハイランド – 精進湖・本栖湖・富士ヶ嶺地区・朝霧地区のレジャー/スポーツ施設/情報です。
また、本栖湖方面には高速バスが走っており、山の中でのキャンプやリゾート客も訪れているとのこと。
あと何十年後かには、この甲府のあたりに中央新幹線(リニアモーターカー)の駅が出来て、東京から数分で来られる地域になります、その時にはここはまた注目される土地となるのでしょうか。
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