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セント・ギガはそれからどうなったのか

 日本でアナログの衛星放送が開始されたのは1989年、そしてその2年後の1991年、WOWOWが民間で衛星放送を開始しました。そしてその時同時に、同じチャンネルのPCM音声を使用してラジオ放送を行う衛星デジタル音楽放送であるセント・ギガも開局しました。実際には視聴したことはなくても、名前くらいは聞いたことのある人はそれなりにいらっしゃるのではないでしょうか。それこそCSが始まる前は、新聞のテレビ欄にも載ってましたしね。

セント・ギガ~音の潮流

 これは非常に特殊なラジオ放送で、タイム・テーブルならぬタイド・テーブル(潮の干満と月の運行を基準とする)に則った、先鋭的な編成であり、時報なし・ニュースなし・DJなし・トークなしというスタイルは「音の潮流」と言われていました。説明は難しいのですが、有線放送みたいな感じですが、それとは微妙に違う感じを受けるものでした。

衛星デジタル音楽放送(株)経営不振、それから……

 では、現在それはどうなっているのか、ご存じの方は少ないかもしれません。まあ結論から言えば、現在は「セント・ギガ」はなくなっているのですが。それが以下のサイトにまとめてありました。

 ■セント・ギガって今どうなってるの?セント・ギガ・フォーエバーさん)

 詳しくは上のサイトを見ていただくとして、ここでは流れを簡単にまとめてみます。

セント・ギガ(衛星デジタル音楽放送(株))は経営不振から、2003年3月「(株) ワイヤービー」という会社に吸収合併、4月からは「クラブコスモ」というステーションネームで放送を続けていたのですが、この会社は早々にセントギガ事業の売却を決定、同年10月からWINJという会社に引き継がれることになりました。ところが、クラブコスモからWINJに移行直後の03年10月中旬にワイヤービーは倒産してしまいます。これらのドタバタで、クラブコスモ(ワイヤービー)に代金を払ったのにスクランブルが解除されない、あるいは解約したのに返金されない、といったトラブルも発生していたようです。

          ↓

BSデジタルに完全移行のため、2005年3月31日午後10時をもって、アナログ(BS5ch独立音声)放送を終了しました。05年5月10日以降は、BSデジタル(333CH)のみで放送されています。

 この頃には、セント・ギガは「WINJ333」という名前に変わっていました。

放送休止まで

 その後、スクランブルなし、ほとんど再放送という流れが続いた後、ホームページも更新されなくなります。そして2006年10月の追記には以下のようにあります。
 

9月からはEPG(電子番組表)も表示されなくなりました。9月中旬以降は無音状態が数時間続く日もあり、いよいよ総務省が調査に乗り出しました。9/29にはNHKのニュースでも取り上げられ、このままの状態が続くと放送免許の取り消しもあり得るようです。
現場のスタッフは何とか放送を維持しようと、ボランティア状態で頑張っていますが、資金難という本質的な問題が解決しない限り、いつまでこの状態が続くのかは誰にも分からないようです。

 ……泣けてきます。ただ、以下のリンク先を見ると、もうこれより前の時点で放送としては死んでいたのかもしれません。

 ■危機に瀕するBSデジタルラジオ

 だが、問題は、引き継いだWINJの経営陣は、放送局を安く買い取って高く売り抜くためのマネーゲームの手駒としか考えていなかったと思われる点にある。
 新規加入者獲得やスポンサー獲得のための積極的な営業はほとんど行われず、有料課金システムの構築もされずに実質的なノンスクランブル放送=無料放送が行われていた。このような状況でCMもなく聴取料収入もないのだから、事業として成り立つはずのないことは自明のことであったといえよう。

 そして2006年11月1日より来年1月31日まで、放送休止が決定しました。

放送終了

 しかしその1月31日になっても再開せず、幾度かの放送休止延長を経た上、2007年11月14日、電波監理審議会が放送法第54条の24第2項に基づき、委託放送事業者の認定取り消しを決定、放送終了となりました。

 デジタル移行問題で揺れている影で、こうやってひっそりと終了したものもあったのですね。でも、こんな壮絶な展開になっているとは思いませんでした。たしかにセント・ギガは特殊な局だったのかもしれません。でも、テレビ離れが避ければれている昨今、CSや地方局、下手をすればキー局でも、こんなことが起こらないとは限らないでしょう。

 さて、セント・ギガといえばもうひとつ、ある意味有名だけど普及しなかったサービスの話がついてくるのですが、それはまた後日。

 ■参考:セント・ギガ - Wikipedia

『ネットげーせん』はその後どうなったのか

 『ネットげーせん』といっても、ほとんどの方はご存じないと思います。これはメディアカイトという会社が始めようとしたサービスで、1970-1990年頃に人気を博したアーケードゲームをPCにダウンロードし、1回50円でプレイできるというサービスという触れ込みでした。

懐かしのゲーム、ネットで復活

合法エミュレーター

 上のソースのリリースが、2002年8月27日、そして開始予定は9月11日の予定で、ニュースリリースの頃には、すでに画面写真もあることから、システムは既に出来ていて、(c)表記もあることから、複数のメーカーとの契約も済んでいたようです。

 さて、これは「エミュレータ」という技術を使っています。これは、PC上でマシンを仮想に再現して、その動きを行わせるという技術(エミュレーション)を使ったアプリです。(説明は雑ですが、くわしくエミュレータ - Wikipediaででも)。しかし、アーケードゲームのエミュレータはそれまでも存在していました。それがMAMEと呼ばれるもの。

MAME - Wikipedia

 これはフリーのアーケードエミュレータであり、以前より開発が行われていました。しかしながら、他のエミュレータがそうであるように、そのエミュレータ自体が合法であっても、それを利用するために使うソフトのイメージ、「ROM」にはそれぞれ開発したゲームメーカーに著作権があるので、配布できません。そこで本来は自分の持っているゲーム基板から吸い出す必要があるのですが、それが手間がかかる上、アーケードゲーム基板自体そんな流通していないため、どうしてもROMイメージをネットで不法に配布、交換するというものが流通しがちです(最近話題になったDSのエミュ、R4も同じ感じかと)。故に、ややアングラ的なイメージで見られていました(ただし海外では、許諾を受けてROMを合法配布しているゲームもあります)。

 そこで、合法的にアーケードゲームをPCで出来るようにと、このサービスが提案されたようです。以下は同社のコメント。

「エミュレーションというとアンダーグラウンドなイメージが付きまとうが、ネットげーせんは当時のゲームを忠実に再現しながら、著作権管理を実現している」(メディアカイトの飼沼憲泰社長)。

 ただ、ネット上では「これ、MAMEとどう違うの?」という話題が当初から出ていました。

MAMEソース盗用疑惑

 そして、9月になると、ある噂が流れます。それは「これ、MAMEのソース流用してない?」というもの。

「ネットげーせん」が延期された理由

 MAMEはフリーソフトですが著作権があり、商用利用不可となっています。もしソースを黙って流用すると、それは著作権違反となります。そこで話題となり、同社はリリースを延期、開発元である香港のBillybala Holdings社に問い合わせを行うことを告知します。

 そして9月17日、同社からリリースがなされます。

メディアカイト、「ネットげーせん」の開始時期は“未定”

 経緯はBillybala Holdings社が、、「OAGCシステムプログラムの一部に第三者の著作権を侵害する恐れがあることが判明した」(メディアカイト)とのこと。すなわち、MAMEのソースを盗用していたということみたいです。ニュースソースには、

Billybara Holdingsは香港市場に株式を公開している“優良企業”であり、他人のふんどしで相撲を取るような真似をするはずがないという信頼、あるいは油断があった模様

とあります。つまり、まさかそんな企業がわかるようなソース盗用はしないだろ、と思っていたら大間違いだったということですね。皮肉っぽく言えば、ROMの著作権管理は出来ていたけど、エミュレータ本体の著作権管理は出来ていなかったと。まあこれには、中国市場の著作権意識が著しく低いという背景もあったと思われます。

 結果、サービスは延期、該当する部分のプログラムを全て破棄し、新しく開発を行うということで、発売時期は不明となります。そして、5年以上が経った現在も、リリースはなされていません。

 ちなみに、同じくMAMEソースの盗用が疑われているものには、『オレたちゲーセン族』シリーズがあります(参考:オレたちゲーセン族 - Wikipedia)。真偽は不明。

メディアカイトは今……

 その発売元のメディアカイトですが、株式会社2007年、破産宣告を受けて倒産してしましました。 負債総額は26億。しかし現在、その権利を買い取ったのか、『メディアカイト販売』という会社が、そこで扱っていたソフトなどを販売しているようです。でも、さすがにネットげ~せんは出てこないでしょうね。

 そういえば似たようなもので、商業ソフトにGPLを使い、公開を迫られるケースなんてのもありますね。結局のところ、プログラマの腕にかかってしまい、それが管理側から著作権違反かを判断するのが困難というところで、こういった問題が発生するのでしょうね。仕様書とかが固まっていればそんな問題は起きにくいでしょうが、そういったものばかりではないと。おそらくシステム開発の体制がこのままなら、似たようなことはまた起こるでしょうね。

『あの人は今……』を扱っているサイト

 このブログを始めたばかりってのもあるのか、ネタの消化が週2では追いつかないので(特に簡易更新の方は)、夏休み期間中くらいは、金曜も更新してみようと思います。

 さて、このブログでは主に「インターネットの歴史とニュースのそれから」を扱っており、主な対象は「出来事」になります。そこでもしかしたら、どうせなら人、すなわち「あの人は今どうしているのか、ってのも取り扱ってくれればいいのに……」と思った人がいるかもしれません。しかし、何故それをやらなかったかというと理由があります。実は、そのサイトはインターネット上にすでに存在するからです。

 ■恐怖の追跡 ~あの人たちは今?~

 これは私がインターネット初心者だった時代から存在するサイトさんで、投稿で情報を集めた「あの人は今」のデータベースになっています。ただ、一部は情報が古くなっていますが(何せかなり膨大な情報量になっているので)、Wikipediaにも載ってないような情報もあるので、急に思いついた時に使っています。ちなみに、「あの人は今……」となった本人が投稿したものもあったような。これとWikipediaを併用すれば、かなり得られると思います。ちなみに、Wikipedia同様、うっかり調べ続けているとハマります。

 あと、こんなのもありました。

 ■Yahoo!知恵袋 - あの人は今に関する解決済みの質問

 しかしこれは昔から思っていたのですが、全然消えてない人も、ちょっとテレビのゴールデンタイムからいなくなっただけで、「消えた」と思う人もいるんですよね。ましてやKANとかなんて、現役で結構活動しているシンガーなのに、「愛は勝つ」以降見なくなったって人もいますし。まあ、ヒト1人が認知できる人物(有名人)の範囲なんてそんなものかも。

段ボール肉まん事件はあれからどうなったのか

 実は、先週くらい「毒ギョーザ事件はあれからどうなったのか」というタイトルでやろうと思いました。そして「事件は進展してないけど、ニュース以降こういうやりとりがあったんだよ」ってのを書こうとしたのですね。しかし、その直後、例の読売新聞のスクープがあり、全国的に盛り上がってしまいました。なのでここではやめておきます。以下のは、調べているときに出てきた参考サイト。

 ■中国毒ギョーザ 関連まとめ Ver2.01ステージ虱発さん)

 ■中国産食品の安全性 - Wikipedia

あれから1年、段ボール肉まん事件

 さて、毒ギョーザと同じく、中国の食問題で有名になったものがもうひとつあります。それが「段ボール肉まん」事件。これ、一時期話題になりましたけど、結局報道のやらせとか何だとかで急に収束した感じはありましたよね。今回、急に思い出して調べたら、なんとWikipediaにまとめてあるページがありました。

 ■段ボール肉まん - Wikipedia

 だけど、起こったのが2007年7月ってことは、もう1年経つのか……。

 で、くわしくは上をごらんになっていただくとして、おおまかにまとめると、地元の北京テレビのスタッフがしかけたやらせであると。で、処分ですが、関係者が免職になったほか、「偽造肉まん」ビデオを作成してテレビ局に持ち込んだ臨時スタッフ1人が司法に処され、北京市第2中級人民法院が懲役1年と罰金1000元(約1万6000円)の有罪判決を言い渡したとのこと。

 これを見て思ったのは「ああ、死刑になってなかったか。ちょっとほっとした」というもの。中国ならこれだけ話題になった者なら死刑が行われそうな予感もありましたし(もっとも私が中国の司法制度をよく知らないからですが)。でも、まずどんな報道でも、極論殺人に繋がる情報の提供でも逮捕されることがない日本に比べて厳しいものであるのには変わりないでしょう。

それは冤罪か、それとも冤罪疑惑が冤罪か

 ただもうひとつ、このスタッフが死刑じゃなくてほっとしたというのは、どこかしら、「この事件は中国が早期の収束をはかりたくて、これを真実なのにやらせとした」という疑惑がつきまとっているからとも言えます。実際、Wikipediaには日本人だけではなく、中国でもそう思っている人はいるとか。実際、どぶの水を料理に使っていたような事件などは本当にあったみたいですし。

 ただ、逆の可能性もあるのですよね。本当にこれがやらせであるということも。ただ、上のようにどうしても一度報道されてしまった以上、「真実ではないか」という疑念はつきまといます。今回の件ではなくても、例えば有名な松本サリン事件では、オウムの報道が周知されるまで、第一発見者の河野義行さんが犯人扱いされましたし、その他の冤罪事件もそうです。ここに報道の力、言い換えれば恐ろしさを感じます。

横井軍平氏が設立した株式会社コトは今どうなっているのか

 「横井軍平」という名前を聞けば、ある程度ゲームに詳しい人ならぱっと業績が答えられる名前だと思います。

 ゲームを知らない人のために説明すると、横井軍平氏は、任天堂がまだただの花札会社だった時から「ウルトラハンド」などを作成、「ゲーム&ウォッチ」を開発し、任天堂を大きな会社にと成長させ、さらにファミコン及びのいくつかのソフト(「バルーンファイト」「ドクターマリオ」など)の開発に携わった上、ゲームボーイを開発し、任天堂を大会社に成長させた立役者の1人です(ちなみに失敗と言われている「バーチャルボーイ」も、個人的にはコンセプト自体は悪くなかったと思っています)。任天堂ならず世界中の有名人となっている、「スーパーマリオブラザース」や「ゼルダの伝説」の生みの親、宮本茂氏の師匠とも言われています(参考:任天堂 岩田聡社長インタビュー

 私はゲーム好きで『ゲームミュージックなブログ』なんてブログもやっています。で、どっかの板のようにどのハードの信者でもないつもりですが、横井軍平氏の考え方、特に「枯れた技術の水平思考」は好きです。これを語ると長くなるので、それについては以下を読んでください。

 ■横井軍平コンピュータ偉人伝さん)

 ■横井軍平 - Wikipedia

 横井氏は「50を過ぎたら好きなことだけをしたい」と任天堂を退社後、株式会社コトを設立。そしてワンダースワン開発に携わり、自らもソフト開発を行っておりました。しかし、任天堂退社から1年後の1997年10月4日、自動車事故でこの世を去りました。このことは、横井さんを知っている方ならご存じの方も多いでしょう。しかし、その設立した株式会社コトが今どうなったか、ご存じの方は少ないのではないでしょうか。それが気になったので、今回ちょっと調べてみました。

株式会社コト、健在

 さて、結論から言うと、今もちゃんと存在しております。そしてgoogleでもちゃんと検索の一番上に出てきます。

 ■株式会社コト

 一番上,企業ロゴの横に書かれている「枯れた技術の水平思考」が嬉しい。

 設立した人があまりに偉大で、さらにそれを亡くした場合、会社の経営自体が立ちゆかなくなるパターンはよくあるので、正直安心しました。いや、あるとは思っていましたが、今まで出した製品の権利管理会社になって、製品を作っていないという例は、業界では珍しくないので。

 さて、そこを見て製品を調べたところ、最近ではゲームソフト系は(名前が出ているものでは)それほど多くないようです。ただ、ワンダースワンで出た「GUNPEY」はバンダイナムコゲームスでリメイクされているので、それの監修に携わっているようです。

 音をつなごう!グンペイりば~す♪

ホビーや半導体ソリューションの会社

 メインの事業を見ると、どうやらゲーム以外のホビー、半導体ソリューション、装置ソリューションが多いようです。というか、ソリューションを生かしたホビーを開発しているようですね。たとえば「棒ゲー」というのは、昔小学生の時に、掃除のほうきを手の上に垂直に乗せて、何秒間倒さないでいられるか、というのをそのままホビーにしたような感じみたいです。

 ■棒ゲー

棒ゲ~ (男トーキング) 棒ゲ~ (女トーキング)

 あと、バンダイのおもちゃらしいTVにつなげて遊ぶドラゴンボールのゲームも。

Let’s!TVプレイ ドラゴンボールZ スカウターバトル体感かめはめ波 ~おらとおめぇとスカウター~

 テレビゲームではありませんが、このような場所で製品を開発しているようです。というかテレビゲームより、なんとなくこういったおもちゃのほうが、横井さんの魂を感じる気がします。

がんばってね

 経営陣を見ると、任天堂出身の人からそうではない半導体畑の人までいろいろなところから集まっているようです。別にかつての任天堂みたいに大きくなる必要はないと思いますが、面白い製品を作ってくれる会社であればいいなと思ったりします。それは横井氏がウルトラハンドやゲーム&ウォッチを作り出したように。

悪徳商法?マニアックスのgoogle八分とうとう解除?

 臨時更新。

 最近、近所にケーブルテレビ(J-●OM)業者を名乗る人が現れて、「都市部にビルが建ったので、ケーブルテレビが電波上の問題で使えなくなる」という、ちょっと考えれば矛盾していることを言いつつ、勝手にとある老人宅にはしごをかけたという話を聞いたので(けど、うちの人間がすんでのところで止めたらしいです。正体を聞いたらそのケーブルテレビの委託業者と言って、名刺を出せと言ったら、ないとかでそのまま逃げたらしい)、それと似たようなことが起きていないかを調べるために悪徳商法?マニアックスで調べようとしました。しかし、この前書いたように悪マニはgoogle八分されています。

 ■悪マニvs株式会社ウェディング問題(google八分問題)はそれからどうなったのか

 で、google八分されていても結局は関連サイトから伝っていけるので、それで行こうとして検索したのですが……あれ? 先頭に出るのですけど……

 ■google検索「悪徳商法」

 ■google検索「悪徳商法マニアックス」

 ということは、とうとうgoogle八分が解消されたのかな?

 でも、「Google 宛に送られた法的要請に応じ、このページから 1 件の検索結果を除外しました。」は残っているのですよね。謎。

 まあ、解消されたのならそれはそれでよかったのではないかと。

1ch.tvはそれからどうなったのか

 今日は、ほかのサイトでまとめてあったものの紹介。水曜更新分は、こういったほかのサイトでまとめてあったネタや、Wikipediaに書いてあったネタの紹介にしてみようと思います。

 ■教科書には載らない「1ch」の歴史ちゆ12歳さん)

 もういちいち書くまでもなく、ちゆさんはテキストサイトの超有名的存在です。最近は更新が激減していますが、それでもたまに書かれているエントリーの精度、そしておもしろさは群を抜いています。で、上のは去年書かれたもの。ネットではある意味有名な1chの歴史とそれからどうなったかがしっかりと書かれています。
 当時、私もネットをしていましたので、この経緯を見ていました。その当時これを取り扱ったサイトはもうほとんどなくなってしまいましたね。

 さて、これが書かれてから1年以上経つわけですが、その間1chはどうなったかというと、全く動きがありません。

 ■1ch.tv

 スパムスクリプトが書かれ、今年人力で書き込まれたものを探すほうが苦労します。(追記:でも、見直したら意外と消えている感じ。もしかしてちゃんと管理されているのかな?)

 個人的には、参入の仕方、動機、そして運営方法などが、2000年近くいくつも出現して、そして潰れた数々のITベンチャー企業並に甘かったのではないでしょうか。結果としてこのようになってしまいましたが、1chの記者制度がきっかけで、それを参考にして2chの+板における記者制度が始まったともいわれていますし(詳細は不明)、全く存在意義がなかったわけではないと、思います。

 ちなみに上のちゆ12歳さんの記事では、最後以下のように締めくくられています

終わりのないのが終わり。

 まさしく。今年の10月で、1ch.tvは7周年となります。

セガBBSはあれからどうなったのか

 今日は(今日も?)ニュースのこれからってより、歴史書的ですな。まあ、これはインターネットの歴史上、書いておかなければいけないかなあという気がしたので。

日本のインターネット初期にあったセガBBSという存在

 インターネットが日本で普及し始めたのは、Windows95発売後。正確に言えば、ネットスケープナビゲータからインターネットエクスプローラへの以降が進み(IE3~4のころかな)、インターネット対応がそれまでと比べ比較的簡単になってからです。年にして、1996~1997年頃でしょうか。ただ、当時は企業でもホームページを持っていないところが多く、ましてや遊べるサイトやコミュニティーもほとんどありませんでした。故に、個人が運営するようなページに、趣味ごとに分かれて利用していたような感じなのですよね。

 でも、やはり当時から大勢の人が集まり書くことによる交流が出来るもの、すなわち掲示板(BBS)は需要がありました。それに応えていたのが当時まだ存在したニフティサーブなどのパソコン通信ですが、それは流れとして、インターネット内でも望まれるようになります。しかし、当時はインフラが貧弱で、自らそんなところを設置できる人(組織)は限られていました。しかし、その需要に応えたサイトも出始めます。そして当時人が集まっていたのが、日本で出来たばかりのYahoo!の掲示板。そしてもうひとつは、セガBBSというところ。

 名前からわかるように、これはゲーム会社である株式会社セガの公式サイト内にあった掲示板です。今では管理の大変さや、使用頻度の低さからすっかり使われなくなったメーカー掲示板ですが、この頃はヒット数を増やすのに有効な手段として、多くのメーカーに設置されていました。しかし、当然ながらその話題は、だいたいメーカー周辺のことに限定されていました。たとえばゲームソフト会社なら、そのゲームことについてとか。しかしながら、このセガBBSは、自社のゲームの話題のみならず、漫画やアニメ、その他趣味など、かなり多くの娯楽について語ることが許容されていました。もちろん主にはゲームファンでしたが、ここへの参加者はメーカーのBBSとしては異例の集まりとなっていました。

 さて、このセガBBSの歴史については、以下のサイトさんで詳しかったので、それをセガの歴史と含めて書いてゆきたいと思います。

 ■セガBBSの歴史

セガBBS誕生

 正確なオープンは私もよくわかりませんが、新BBS形式に移行したのが 1996年10月22日。この時にどっとカテゴリーが増えました。ちなみに当時のセガはアーケードが『バーチャファイター』シリーズなどの大ブームで好調、そして自社ハード『セガサターン』も、ライバル『プレイステーション』とまだ接戦を繰り返しているという時期でしたが、『ファイナルファンタジー7』がPSで発売されることが発表され、ややその影響が出てきた? と思わせる時期でした。

1997年

 そして次の年、1997年にかけて、カテゴリの数が増え続けます。もっともあとの掲示板(2ちゃんなど)にもあるように、一つのカテゴリであまり関係ないことを話す人により、新カテゴリ設立の要望が高まった故にという感じですが。しかしこの年、セガ本体のほうは、サターンのペースが落ち始めます。そこで、同じく経営が落ち込んでいたバンダイとの合併話が出ますが、バンダイ社内の反発やたまごっちによる持ち直しにより、白紙撤回となりました(『セガバンダイ』事件)。唯一の明るい材料は、CM『せがた三四郎』がヒットしたことでしょうか。

1998年

 そして1998年、セガサターンは事実上負けが決定し(個人的には大変好きなハードだったのですが……)、セガは新ハード、『ドリームキャスト』の発表をしました。そのため、セガBBSでも 5月22日 「Dreamcast」カテゴリが開設され、その期待で連日大盛況となりました。そして、 11月27日、いよいよドリームキャスト発売。同時にセガBBSでも 「目出度い!ドリームキャスト」というおめでとうを書くためのカテゴリが設立されました。おそらく、ここらへんがセガBBSの一番盛り上がっていた時期だったのでしょう。その後、ドリキャスのネット機能で、ここに書き込む人も多く出始めました。

1999年

 1999年、掲示板は多少禁止事項が増えたりはしたものの、ドリキャス接続の需要もあり、割と安定していました。ただ、ドリキャスのほうが歩留まりに悩まされたり、独禁法問題が出てきたりと波乱だったようです。しかし本当の波乱は後半、とうとうPS2が発表されてしまったことでしょう。ただ、まだこの時点では負けムードにはなっていませんでしたし、掲示板は普通に機能していたように記憶しています。

 そして同時期、個人の運営する大規模掲示板というのが多く出始めてきました。そのうちのひとつ、「2ちゃんねる」が、1999年5月30日、誕生します。

2000年以降

 いよいよ、2000年3月4日、プレイステーション2が発売されると、ゲームハードの一般的な注目はそちらにいってしまいます。ただ、セガのファンは熱心な人が多いので、それでもファンの支持はかなりありました。が、セガの経営的には苦戦を強いられていたようです。

 そして掲示板もそれに合わせるように、だんだんと書き込みが減ってきました。それは当時、盛り上がり始めていた2ちゃんねるなどの影響もあるでしょう(ただ、このころの2ちゃんねるはアングラ的な空気があったために、ほかのページで同じような口調で書くこと、そしてリンクすることもあまり好まれていませんでしたが)。

 とうとう2001年1月19日、現状にあわせるかのように、セガの製品に直接関係のないカテゴリが、大量に閉鎖されます。ここに本当に初期のように、セガ製品のみのBBSとなってしまったのですね。

 それにあわせるかのように、2001年3月、セガ、家庭用ハード撤退を表明。長いセガハードの歴史に幕を下ろすこととなります。

 その後、2ちゃんねるが浸透し、セガBBSの利用は減り続け、本当にセガ製品のみのファンが集まる、一般的なメーカーのページ同様になります。ただ、このころになると管理の大変さや、BBSで客を引くことへの疑問からか、メーカーBBS自体がなくなってきていましたが。

セガBBS実質閉鎖

 そして細々と続いたセガBBSも、とうとう2005年の秋、統合という形で消滅しました。しかし、どれだけの人がこのことを知っていたでしょうか……

 ■2005/09/12(月) セガBBS、ついに完全閉鎖へ (神聖マルチ王国さん)

おわりに

 昔を思い返すと、ここで書き込んでいた人はかなりいるみたいです。以下のを見てみても。

 ■昔、セガBBSを荒らしてませんでしたか(電撃速報さん)

 インターネットは進化し続け、社会情勢も変わります。あのことはスクウェアとエニックスがくっつくとも思いませんでしたし、ブラウザにタブが出来るとも思いませんでした。おそらく、また10年後にはすっかりこういったものの周辺も変わっているのでしょう。もしかしたら2ちゃんねるも、「ああ、昔書き込んでたな」とか言われたり、ニコニコ動画も「ああ、動画初期にはそんなのあったな」なんて思い出しているのかもしれません。

このブログを始めてわかった問題点とか

 水曜なので、テーマに対しての調査ではない更新。

 さて、なんとなく面白そうなのではじめてみたこのブログですが、やっているうちに、何故、今までこういうブログがなかったのか、そしてどういった問題点があるのかというのが見えはじめてきました。もし似たようなサイトを作ろうとしている人が参考となるように、ちょっとそれについて書いてみようと思います。

その後の情報がない

 ネタは、ネット巡回での思いつきか、一昔前のPC雑誌(週刊アスキーなど)を読んで、昔あって、今気になるものを探してみます。しかし、あるものについてその後を追っても、その情報が全くないことが多いのですよね。たとえば、大炎上したサイトがその後どうなったかというのを調べようとした時、たいていはサイトを閉じてはいおしまいなのですよね(ごく一部、それ以上の展開がありますけど)。とはいえこれはある程度予想していたので、別にそんなにマイナス要因ではなかったりします。それ前提で「調べればわかりそう」という前提のネタを探す必要があります。

「その後」がたいしておもしろくない場合も多々ある

 「その後のニュース」といっても、たいして面白くない、というか変化がない場合も多々あります。例えば謝罪会見以降、別に淡々と営業をしているとか。そうなると書いてもおもしろくもないのですよね。

 ただ、これも予想していたので、このブログを「その後のニュース」だけではなく、「インターネットの歴史を扱う」ということにして、歴史書を読むように楽しめる方法をとっています。もし、その後のニュースだけなら、先日の悪マニも、1/4の長さで終わったかも。だけど経緯をふまえて説明すれば、前述のような楽しみ方も出来ると思うので、まあこれも大きな問題ではありません。

すでに書かれている(特にWikipedia)

 実はこれが始めてから一番ぶち当たっているもの。つまり、ネタを調べて検索をかけたら、すでにWikipediaなどでまとまった情報が書かれている場合があるのですよね。これは先日MP3の件で書いた「コピーコントロールCD - Wikipedia」などがあてはまります。そこでまとまっている以上、改めてここで書く必要はないと。

 こう考えると、今までこのようなサイトがなかったのは、Wikipediaが十分その役目をはたしていたからではないかとも思えます。

これからの方針

 ただ、まだWikipediaにも書かれていない、そして部分的には書かれているけど、項目が別でまとまっていないものというのは多数あると思うのですね。ですので、Wikipediaとは別にまとめあげるという点で、何かかけそうな気がします。しかし、週一に絞ったのは正解でした。じゃないと、たぶん今、ネタ切れ起こしているし、精度がかなり悪くなっていただろうし。

 しかし、Wikipediaやほかのサイトに載っている情報も、ニュースサイト的に載っけてみるのも面白いかなという気がします。ですので、日曜以外の更新で、それをやってみようかなとも思います。たとえば○○はどうなったか→ここを参照とか。そうすれば、誘導的な役目は果たせるのかもと。

 ともあれ、いまだに試行錯誤中なブログですが、何卒よろしくお願いいたします。

悪マニvs株式会社ウェディング問題(google八分問題)はそれからどうなったのか

 「google八分」という言葉をご存じでしょうか。これはグーグル八分 - WIkipediaにもありますが、現在世界でかなりのシェアを持つ検索エンジン、Googleのデータベースから何らかの都合ではじかれ、検索結果に出なくなる現象を指します。検索エンジンは現在ではサイトを知る方法として非常に有力な手段ですので、そこの表示されないとなると、一種の検閲行為にも当たるのではないか、と物議を醸しています。

 これが日本で広く知られるようになったひとつの事件があります。それが「悪徳商法?マニアックス」が、株式会社ウェディングに訴訟を起こされた一連の流れ。

事の起こり

 悪徳商法?マニアックスは、日本のインターネットではわりと歴史が古く、1997年頃から存在しました。そこの掲示板では、悪徳商法に対しての告発などが行われ、その手のものに困ったユーザー、予防したいユーザーが調べたいときにによく読まれていました。当初は悪徳商法の告発を目的としながらも、ややアングラ的な感じ(犯罪的な意味ではなく、昔の2ch的な感じという意味で)を漂わせている面もありました。それは、管理人のbeyond氏が、正体不明の人物みたいな感じを漂わせていたこともそのひとつでしょう。

 さて、このサイト、名前が出てきた会社にとっては(それが悪徳かどうか問わずに)たまったものではないので、削除要請がかなりあったようです。しかしある時、ここ(正確には、同氏の運営する匿名掲示板(仮))に悪徳商法と書かれたブライダル会社が、削除要請を行ってきました。

 ■株式会社ウェディングに関する情報を募集しています(2003年12月13日)

 ここによると、

11月27日にウェディングより削除要請が来ました。 それに対し、「法人の削除要請は公開で」「掲示板が嫌なら、自社サイトに公開質問状を」と返答したところ、「訴訟をもって糾弾すると共に、捜査関係機関に 申告し、被疑者を訴追する」と言う返事を貰うとともに、プロバイダに対し当方の契約者情報を開示せよと言う「発信者情報開示依頼書」が届きました。

とのこと。そこでここ(悪徳商法?マニアックス)に載せたことで、検索順位が一気に上がり、「株式会社ウェディング」で検索すると、悪マニが上の方になるという事態になりました。募集したことで、こんなのまで書かれましたし。

 しかし、同じ悪マニの記事。

「株式会社ウェディング」の検索結果について(2003年12月29日)

googleで、キーワード「株式会社ウェディング」にて検索すると、27日頃までは当サイトのトピックスが2番目に表示されていたのですが、28日になると無くなっていました。どうも、トピックス自体が検索できなくなったようです。何故なんでしょうね?

Google八分

 そして年明けて新年。

 ■google の検索結果から削除されました(2004年1月6日)

 ■googleから、削除された理由(わけ)(2004年1月15日)

 ■Google Japanがクレームのあった検索対象を結果から除外(スラッシュドット)

 ここに、「Google八分」が認識されました。と同時に、この周辺が非常に騒がしくなります。まず、ウェディング社の削除要請などが盛んになります。

 ■株式会社ウェディングがはてなダイアリーに圧力?(スラッシュドット)

訴訟

 そしてとうとう、悪マニの管理人が訴えられてしまいました。

 ■株式会社ウェディングが「匿名掲示板(仮)」を名誉毀損で提訴(スラッシュドット)

 ■株式会社ウェディングが、匿名掲示板(仮)に6,000万円請求 (2004年3月1日)

 数日後、名誉毀損容疑で刑事告発も受け、家宅捜査を受けます。

 ■匿名掲示板(仮)が、家宅捜索されました(2004年3月11日)

ネットでの動き

 しかし、さすがにこれを素人つぶしの請求金額(6,000万円)含め、横暴と感じた人は多く、多くのネットユーザーがこれに抗議の意を示します。そして以下はそんな時に間雄志によってまとめられたもの。

 ■株式会社ウェディング vs 悪徳商法?マニアックス

 ■カウントダウン・ウェディング・まにあっくす

  ※同社が、自作自演サイトを用意して、自社を褒め称えるサイトを作っていたことから出来たもの。それとこの件を避難するサイトの順位を比較していた。

 ■angelicanalの日記

 これにより、逆にウェディング社がマイナスイメージで大きくネットに広がることとなります。

 その折、とうとう今まで正体が謎だったbeyond氏が実名を公表します。

 ■管理人Beyond の実名を公開します(2004年3月11日)

 今まで正体が謎であったBeyond氏が実名を公表したことを『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』には「あのBeyond氏が、という点に時代を感じた」と書かれています。

 同時に、「悪マニBeyond氏と一緒に、ウェディング問題を考える会」が結成されます。これの委員には、紀藤正樹弁護士、まぐまぐの深水英一郎氏山口貴士弁護士などがおり、話題となりました。

告訴取り下げ~請求放棄

 4月12日、同社から告訴の取り下げが行われました。

 ■株式会社ウェディングが、訴訟を取り下げました(2004年4月12日)

 しかし、取り下げの場合は被告人の同意もなければいけないのですが、それをBeyond氏がしなかったために、続行。

 ■取り下げの不同意書(2004年4月25日)

 その後同社が再度請求できない「請求放棄」を行ったために、この件は終了となりました。

 ■株式会社ウェディングが、請求放棄を行いました(2004年6月2日)

 そして刑事事件も不起訴となり、この件は一応終了しました。

 余談ですが、この間にWinny作者47氏が、調査区件法違反ほう助の疑いで逮捕されています(5/10)。このあたり、インターネットの歴史で激動の春だったのかもしれません。

その後

 その後、「悪マニBeyond氏と一緒に、ウェディング問題を考える会」は2005年2月26日をもって「インターネット上の表現の自由を考える会」に名称変更(今でも活動があるのかは不明)。そして株式会社ウェディングは社名を変えたため、今ではその名前は存在しません。そしてBeyond氏は、google八分対策のソフトを作って、IPAが採択した未踏ソフトウェア創造事業に選ばれたりしています。

 ■グーグル八分発見システムが未到プロジェクトで採択(スラッシュドット)

 しかし、Google八分はまだ解除されておらず、「悪徳商法」「株式会社ウェディング」で検索しても、Google八分を示す「Google 宛に送られた法的要請に応じ、このページから 1 件の検索結果を除外しました。ご希望の場合は、ChillingEffects.org を除外するに至ったクレームを確認できます」が表示されます。(ただ先日検索したときには、いきなり悪マニが1位だったのですがなんでだろ?)

終わりに

 ただ、ある程度ニュースになり、ほかのサイト(ニュースサイトなど)で紹介されたサイトがgoogle八分となっても、それを完全に隠蔽することは不可能なのですよね。というのは、たとえその本サイトが一番上に来なくても、1ページ目に、それを消化した関連サイトが上がってくる可能性が大きいからです。たとえばそれがはてなブクマで注目された場合、そのはてブページとか、ニュースサイトのその記事を紹介した日とか。となると、結局はそこからgoogle八分となったページに辿れますから、ほとんど解決にはならないはずです。実際、悪徳商法?マニアックスも、その関連サイトやリンクサイトが上位に来てしまうのですよね。その上、google八分されたことが判明した場合、ネット界隈で騒ぎになる可能性も高いので余計話が広がる可能性もあります。ついでに、googleの関連検索は遠慮なしに一番調べられているものが出てきますので、そこでもより目立つ可能性があります。最近でも、google八分の話はたまに聞きますが、上のような意味で、すでにそういった規制は、googleなど検索エンジンでも不可能になっているような気がします。

 この事件はインターネットの問題について、いろいろなところで考えさせられた気がします。その面では収穫があったのではないでしょうか。

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